「終わった……の?」
取り込んでいたグレイスの魔力を全て放出したわたしは元の姿へと戻っていた。同時にコキュードスの周囲を取り囲んでいた
先程の一撃で魔力のほとんどを持っていかれてしまったわたしに、最早戦う力は残されていない。だがそれはコキュードスも同じのようで、怒りを剥き出しにし、こちらを睥睨する氷魔神に、今までのような殺気も、威圧する力も残ってはいなかった。
「貴様ラ……ユルサン……ユルサンゾ……」
「大人しく氷の呪縛に閉ざされた者を解放しろ。そして、選べ。余の軍門に下るか、此処で塵となるか?」
「フッ……完全ニ瘴気消サレタ今、最早呪縛は意味を成さぬ。俺様ガ死ねば自然に解放サレル。だが、魔王グレイス、貴様は別だ。そこの人間諸共道連れにシテヤル!」
刹那、コキュードスの全身が白く眩い光を放つ。氷魔神の体内から顕現する膨大なエネルギー。これは魔力でも瘴気でもない。残っていた生命力全てを持って、グレイスとわたしを消し去ろうとしたのだ。光は周囲全体へ広がっていき、グレイスとわたしを呑み込もうとし……。
「滅せよ――
グレイスの両手から放たれた蒼き炎が侵食する光を逆に取り込み、広がっていく。そしてそのままコキュードスの肉体へと到達した炎は消えることなく氷魔神の体躯、四肢を燃やし続ける。眩い光はやがて全て蒼い炎へと塗り替えられ、肉が焼ける臭いだけがただただ空間を満たしていった。
「ニクイニクイニクイニクイ……ユルサンユルサンユルサ……ギャォオオオン」
断末魔の叫びと共に氷魔神コキュードスは消滅し、こうして激闘となった氷魔神との戦いにようやく終止符が打たれたのだった。
★★★
「アップル様ぁああああああ〜〜ご無事で何よりですよおおおおおおお! クランベリーは、クランベリーはぁーー寂しゅうございましたぁアアアアアア!」
「いやいや、クランベリー。さっきまで一緒だったじゃない。あと、元の姿へ戻れたのね?」
グレイスの空間転移にて神殿へと戻ったわたし。クランベリーが涙と鼻水を流しながら出迎えてくれた。元の姿に戻った事で今まで触れる事の出来なかったわたしの身体へ頬を寄せながら何やら首元をクンクンしていた。いつから犬になったのよ、クランベリー。
神殿を覆っていた氷も全て元通り。戦いによって壊れてしまった中庭なんかは修復が必要だけれど、凍り付いていた者達はみんな元に戻っていた。
マロン司祭を除く、神殿の者達はみんな、一旦神殿の
「アップルの侍女よ? 魔の姿を辞めたのか? 才があるお主は余がアップルと共に連れていこうと考えておったのだが」
「魔王グレイス様。ワタクシが仕えるのは生涯アップル様のみでございます。以前も申し上げた通り、アップル様の意思に全て従いますので。それに、ご心配には及びません。あの姿にはいつでも変身出来るようになりました」
そういうと、クランベリーの身体が
どうやらあの時、瘴気だけを自力で吹き飛ばし、闇の魔力を取り込んだ結果、
「グレイス様、報告します」
「ルージュか、聞こう」
「司祭のマロンとやらは無事に捉えました。今フォメットが拷問をしています。情報を吐くのも時間の問題かと」
「そうか」
途中から戦線離脱していた紅のルージュは、あの後すぐにマロン司祭を捉えたらしい。グレイスの執事であるフォメットまで合流し、コキュードスという最終兵器を失ったマロン司祭に最早勝ち目はなかったよう。
これで国内に潜んでいる闇の一端は洗い出す事が出来るんじゃないかしらね。
「それと、アップル様もご無事で何よりです。今回一緒に共闘させていただき感極まって腕一本献上したい程でございます」
「腕ー本献上しなくてよいわよ? 今度は戦いじゃなくて、お料理教室でもご一緒しましょう?」
「はい、喜んで!」
あとは各方面へ連絡をしたあと、これからどうするかを決めなくちゃね。それと、もう一人。忘れちゃいけない人物が居るんだけど、現地へどう出向こうかと考えていたところ、向こうから
「そろそろ連絡来るかなと思っていたわよ」
『アップル! 俺の氷も村の氷も全部溶けたぞ! コキュードスをやったんだな? アップルなら絶対出来ると信じていたぞ、何とお礼を言ったらいいか……本当に感謝する』
「いいのよ、民をみんなの命を救うのがわたしの役目だし。それより、ブライツ。傷は大丈夫なの? 凍っていたとはいえ、あなたは直前までコキュードスと戦っていたんでしょ?」
『それは問題ない! ホワイトが俺の身体をペロペロしたお陰で傷も元通りさ! まぁ、全身涎まみれだがな。ハッハッハ!』
『わんわんわん!』
よかった。本当によかった――
「ブライツあなた。これ以上一人で突っ走るようなことしたら許さないんだからね」
「ハッハッハ。心配には及ばん。俺にはアップルという頼りになる聖女様がついているからな」
「もう一回氷漬けになっとく?」
「それは遠慮しておく」
「はいはい」
後々村の様子は見に行くことにして、後処理はブライツへ任せる事にした。ちなみに街の方は騎士団長のジークが騎士団員を連れて見回っているみたい。怪我人が居る場合は神殿へ運んでもらう手筈になっているそう。クランベリーが既に色々と動いてくれているみたい。
「ありがとう、クランベリー」
「とんでもございません。ワタクシはいつまでもアップル様と一緒です」
国を覆っていた氷は溶け、いつの間にか陽光が地上を照らしている。ここまで緊急事態が続いていた神殿に、ようやく平穏を告げる鐘が鳴った。