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七十.わたし、魔王様と濃厚接触してしまいました

 魔回避維持結界ソーシャルディスタンス――絶対検疫門キュアランティーガード


 魔回避維持結界は本来、わたしの周囲を自動発動で護る闇の魔力に対する結界。その真髄は、私の魔力とEXスキル――遠隔操作リモートによって創り出された結界の外から内への侵入を阻む絶対防御だ。


 絶対検疫門キュアランティーガードは、わたしの膨大な魔力を結界へ注ぐ事で絶対防御の術式を強制的に反転・・させる。外から内ではなく、結界の内から外へ放出される攻撃――闇の魔力とそれに付随する瘴気、周囲へ害となると判断されたもの全てを・・・遮断する。


 コキュードスの放った究極氷焉フィーネ・コキュードス――絶対零度。

 一瞬にして空間を支配し、周辺一帯に存在する生きとし生ける全ての生命を絶つ、氷結系スキルの中でも最高峰クラスのEXスキル。


 これがかつて氷魔神が神と呼ばれた所以であり、一国を一瞬にして氷漬けにして滅ぼした絶望の一手。これに対抗出来るスキルは同じEXスキルしかない。だからこそ躊躇なくわたしは奥の手を発動したのだ。


「成程、魔回避維持結界をドーム状に反転させる事で奴を閉じ込めたのか。これは興味深いな」

「ちょっとグレイス。感心してないで、手伝って下さい」 


 わたしが結界を発動するとほぼ同時、グレイスは掌の上に蒼い炎を顕現させていたのだが、わたしがグレイスとは違う・・やり方でコキュードスの攻撃を封じようとしていた事に気づき、その炎を引っ込めたらしい。それは、封印の洞窟最深部で視た対象を焼き尽くすまで消えないとされる蒼い炎――蒼き冥葬の焰ニブルヘルフレアだ。 恐らく以前封印した時と同じ、冥府の牢獄ニブルヘルプリズンでコキュードスの攻撃ごと閉じ込めようとしたのだろう。


「流石はアップル。余の炎では恐らくあの攻撃全てを押さえ込む事は難しかったであろうぞ」

「完全に押さえ込めてはいないわ。どこまで持つか……くっ!?」


「憤怒、憎悪、怨嗟。人間如キが止められると思ウナァアア!」


 気を抜くと一瞬にして、とてつもない力に両手が持って行かれそうになる。押さえ込むどころか、結界内に渦巻く魔力と瘴気がどんどん大きくなっている。駄目ね、どんどんわたしの魔力が減っていく。これじゃあ一時的に敵の猛攻を喰い止めているに過ぎない。


「アップルよ、ひとつ聞こう」

「こんなときに何よ?」


「普段、お前を囲んでいる魔回避維持結界ソーシャルディスタンスは今、コキュードスを囲んでおり、アップルの周囲にない。間違いないな?」

「そうよ、だからこれは奥の手なの。この状態のわたしは、自身の魔力のみで己の身を護らなくちゃいけないんだから」


「では、このままお前の魔力が無くなるのは不味いという事になるな」

「ええ。このままではジリ貧ね」


「そうか、ならばこうしよう」

「え、ちょっと!? グレイス!?」


 そう、今まで魔回避維持結界により、グレイスとわたしはそれまで一定の距離を保っており、一度も・・・触れるどころか、近づいた事すらなかったのだ。彼と触れる機会があったのは、あくまでサンクチュアリアプリ内でのみであって、お互い生身のこの肉体で近づく事は初めてだった。コキュードスへ集中しなければならない状況下でこの人、何をやってるの? と思ったんだけど、グレイスは結界へ向けていた両手の手首へと自身の手を添えたのだ。


 初めて触れるグレイスの手は思っていたよりも温かく、コキュードスが創り出す氷の世界を溶かすような、魔王とは思えない程の優しい温もりを感じた。そして、変化が訪れる。わたしの掌を通じ、わたしの身体へ何かが流れ込んで来たのだ。いや、解析しなくても分かる。これは……グレイスの魔力だ。


 一面銀世界の大地をひとしきり歩いた後、お家へ帰って来て飲む玉蜀黍のスープ。段々と身体に染み渡る温もりが活力を蘇らせてくれるような、そんな体験。一度はした事があるのではないだろうか? 


 温もりが力となり、そのままわたしは結界へ力を注ぎこむ。外へ向けて震動していた力が再び内へと向いていく。結界の中でコキュードスがたけり、咆哮する。無理もない。結界に浄化の力を籠めた事により、瘴気が吸い出されているのだ。


「アップルよ、聖の魔力へ転換するのではなく、そのまま闇を取り込め。喜べ、余とお前、初めての共同作業だ」

「だからこんなときに何を言ってるのよ……んんっ!?」


 ――え? ちょっと、嘘でしょ!? 


 このときのわたしは、思わず目を閉じていた。


 わたしの顔の柔らかな部分とグレイスの柔らかい部分が重なっていた。聖女と魔王の口吻くちづけ。わたしの口元から何か、今までにない奔流ほんりゅうが身体中を駆け巡り、脳内へと到達する。真っ暗な世界に落ちていく身体。でも、何故か心地いい。欲望や憎悪、憤怒や怨嗟。そういった負の感情だけが闇ではない。


 口元から流れ込むグレイスの魔力が教えてくれる。闇の制し方を。光あるときに闇はある。月の光は闇があるからこそ輝き、地上を照らし続ける。聖女と魔王が濃厚接触なんて……本来考えられないことだけど。ふふ、あられもない欲望に呑まれてしまってはいけないが、感情を制御し、たまには遊戯あそぶもいいのかもしれないわね。って、だいじょうぶよ。わたしはまだ彼の魔力に呑まれてはいないわ。


 後から聞いた話だが、このときのわたし、いつもの銀髪に一部グレイスと同じ紅い髪色のメッシュがかかっており、右眼は碧眼へきがん、左眼は紅眼こうがんへと変化していたみたい。


 ゆっくりと双眸そうぼうを開けたわたしの前にはグレイスの甘いご尊顔マスク。この容姿と絶対的な力でどれだけ魔国の女性を堕として来たんだか。


「わかったわ。ありがとう、グレイス」

「そうか。では、始めようか」

「ええ」


 互いの触れていた部分を話したあと、優雅に微笑んだわたしは、再びコキュードスへ向けた両手へ力を籠める。そして、グレイスが両手首へ手を添えたところで、それまで聖の魔力として転換し、送っていた魔力の一部を、グレイスから受け取った闇の魔力そのものを攻撃魔力・・・・へと転換する。


 解析せずともコキュードスを前回封印した方法まで、流れ込んで来た魔力が教えてくれた。闇を制し、負の感情全てを圧倒する力。それを静かに揺らぐ蒼い炎へと転換していく。そして、魔回避維持結界へ送り込んでいた浄化の力と混ぜ、結界内にて爆発させる。


「時は満ちたり。絶望の蒼と希望の白。はじまりはおわり。おわりははじまり。我は厄災を御し、魔の者と共に逝こう。滅びのは未来を創造し、聖者が民を導く世界へ」


 謳うように言葉を紡ぎ、うたへ乗せて結界へ魔力を送っていく。コキュードスを包み込む巨大な結界へ魔力の奔流ほんりゅうが生き渡った瞬間、グレイスとわたしは軽く頷き、そして、


「「冥葬と聖浄の融合ニブルヘル=カタルシス=ユニゾン!」」


「貴様……魔王と人間如きがぁあああ、嘗めるナァアアア……ア? アガ……アガガガガァアアアア!?」


 白く眩い輝きを放つ結界の中で、蒼い炎がただ静かに、絶対零度の冷気を呑み込んでいく。あおは氷魔神の圧倒的な破滅の力をも相殺し、しろは憤怒や憎悪、怨嗟といったあらゆる負の感情を取り込んだ瘴気を浄化していった。


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