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六十九.どうやら魔王様の本気は規格外のようです

「魔王グレイス……グレイス・シルバ・ベルゼビュートォオオ!」

「あのまま檻の中で大人しくしておけばよかったものを、どうして出て来た?」


 わたしを護った人物が宿敵の魔王であると気づいたコキュードスがグレイスの名を叫びつつ先程まで放っていた巨大な氷塊ひょうかいを放つ。グレイスはコキュードスを見上げたまま右手を前へ出し魔力を凝縮して創り出した火球を放ち、コキュードスの放った氷塊を相殺してしまう。あれは確か、教会で初めてグレイスと相対した際、彼がわたしへ向けて放った崩壊の焔球カカタストロフレアだ。


「忌々しい封印よ。でももう終わり。貴様を滅ぼし、世界は破壊と混沌の時代を迎えるのダ」

「今日はよく喋るな。あまりわめくと駄々を捏ねる餓鬼に見えるぞ」

「笑止!」


 背後に立つクランベリーとわたしが被害をこうむらないよう、グレイスはコキュードスの攻撃を全て相殺している。コキュードスの氷塊は、神殿全てを凍らせ、周囲の生命全てを絶ってしまう程の攻撃。一方グレイスの闇と炎を織り交ぜて放つ火球は、一発一発が対象を跡形もなく消し炭にしてしまう程の一撃。どちらも超級クラス。


 それをまるで対話するかのように交互に放つコキュードスとグレイス。氷魔神と魔王だからこそ為せる技。もしわたしだったら結界で相手の攻撃を防ぎつつ、リモートによる魔法で相手の瘴気を浄化させるやり方で攻めていたんじゃないかと思う。相手は力だけでEXスキルである魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを打ち破るほどの相手。


 幾らわたしとクランベリーの相性がよくても、あのままコキュードスを倒す事は難しかったかもしれない。


「さて、ここではお前も本気を出せまい? 場所を移そう」

「ふん、いいだろう。墓場の場所くらい選ばせてやる」


 火球と氷塊が飛び交う中、グレイスが場所の移動を提案する。わたしもこのまま攻撃範囲が広がっていった場合、神殿ごと消滅してしまうんじゃないかと懸念していた。彼は最初からそのあたりの事を考えていたのかもしれない。


「そこの娘。自我は保っているようだが、人間を捨てたのか?」

「アップル様よりお話は窺っております。その御姿でお逢いするのは初めてですね。いえ、闇の力を取り込んだ結果こうなりました。ワタクシは正気ですし、人間を辞めるつもりはありませんので、ご心配に及びません」

「そうか。では余がアップルを妃へ迎え入れた際にはお主も魔国へ招待してやろう」

「ご厚意として受け取っておきます。最終的にはアップル様の意思を尊重致します故」

「そうだな」


 あのー、わたし置いていかれてません? てか、よく片手で火球放ちながら首だけこっち向けて会話出来ますよね? 全てを悟ったような笑顔のクランベリーと突然彼女への勧誘を始めちゃったグレイスに思わず突っ込みを入れたくなるわたし。


「さて、アップル。お前には一緒に来てもらうぞ」

「あ、はいはい。で、どこへいくつもりなの?」

「シルヴァ・サターナへ転送する。余一人でも問題はないが、お前の浄化の力が必要になるかもしれぬ。念の為だ」

「わかったわ。クランベリー、留守を頼めるかしら?」


「畏まりました。アップル様、無事に還って来て下さいませ」

「大丈夫よ、もう負ける気がしないわ」


 クランベリーへ軽くウインクをした後、コキュードスへと向き直るわたし。外套を翻したグレイスがそれまで火球を放っていた右手を天上へ向けた瞬間、漆黒の渦が顕現し、そのまま巨大化していく渦はわたしとグレイス、そしてコキュードスの体躯をも呑み込んだ。




 わたし達を出迎えたものは黄昏色の空と赤銅色の大地だった。グレイス曰く、此処はコキュードスを封印していた洞窟の西側に位置している荒野らしい。


 生きている植物も生物も見当たらない。果てしなく続く空の先は地獄かはたまた魔界か。大気に満ちた闇の魔力を浴びたが最後、並の人間は正気を保てなくなるだろう。常時、自身の魔力による結界で護られているわたしは特別だ。


 闇の魔力に覆われた大気は氷魔神にとっても悪くないらしく、大きく息を吸い込んだコキュードスは、闘いを愉しむかのように上空で翼を大きく羽搏はばたかせ、こちらへ目を向けた。


「サァ、絶望せヨ」

「来るがいい」


極氷衝テラフローズ――驚天動地」


 黄昏色と赤銅色の世界に顕現する白。


 それは一瞬の出来事。コキュードスとグレイスが対峙している間の空間全てが一瞬にして白く凍る。巨大化した無数の結晶が鋭い刃となり、わたしとグレイスへ襲い掛かっていた。


 結果、わたしの周辺以外は全て凍り付いている。なぜ、わたしへ刃が通らないか? 簡単なことだ。こちらへ移動する際、魔力を消費し、先程壊された魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを復活させておいたのだから。


 って、グレイス凍ってない!? 大丈夫? と、一瞬考えたんだけど、氷の中で彼は嗤っていたものだから、『嗚呼、攻撃をわざと受けたのね』と解釈しておいた。


 グレイスの身体に刃によるキズは一切なく、氷像と化していた彼を覆う氷がだんだん融けていく様子が見て取れる。その様子を見ていたコキュードスが瘴気と魔力を圧縮させた氷刃ひょうじん魔王グレイスへ向けて放った……のだが!?


極氷刃テラフローズ――一点突破」

「――破滅の神殺槍コラプス=ロンギヌス


「ガッ!?」


 体躯を貫いたものは、グレイスへ向けて放たれた氷の刃ではなく、コキュードスの上空へ突如顕現した赤黒い槍だった。コキュードスの体躯へ真っ直ぐ突き立てられた槍は氷魔神の身体を易々と貫通し、そのまま地面へと落下する。


「これも返すぞ」


 グレイスはあろうことか、氷刃の先をで掴んで高速回転していた槍の勢いを殺したあと、氷刃を落下した氷魔神へ向けてそのまま投げ返したのだ。


「嘗めるなァ!」


 全身から放つ威圧で飛来する氷刃を砕き、神殺ロンギヌスの槍をそのまま瘴気で凍らせようとするコキュードス。が、何だか様子がおかしい。槍で貫いたくらいで殺られる魔物ではないと、わたしは考えていた。あれは……コキュードスの瘴気と魔力を吸収している!?


「まぁ、そういう事だ。あの槍をどうにかせねば、奴はこのまま自滅する」

「そういう事だったのね」


 槍を凍らせようと瘴気を放出すればする程、コキュードスの魔力と瘴気はあの槍に奪われるのだ。そして、グレイスが手を翳すと、蒼白い魔力の奔流が槍から彼に流れていくではないか!? つまり、吸収した魔力を還元出来るという事ね。


 これは相手が強ければ強いほど有効な技だ。EXスキルであることは間違いない。


 規格外の強さ――


 そう考えると、最初に彼と対峙していたときって交渉が成立したからよかったものの、あそこで彼に気に入って貰えてなかったらきっと消されてたわね。改めてグレイスは魔王なんだと実感した瞬間だった。


「凍らせた民衆を解放し、余に服従すると誓え。そうすれば生命だけは助けてやる。その場合、余に二度と歯向かわないよう、強制隷属させてやるがな」

「貴様ァァァ……どこまでも……。憎い……憎い……ニクイニクイニクイニクイニクイ! ユルサンユルサンユルサンユルサンユルサンゾォーーグレイス・シルバ・ベルゼビュートォオオ!」


 ――パリィイイイイン!


 刹那、神殺槍ロンギヌスが割れた。瞬間的に増幅した瘴気で凍らせたんだろう。流石、コキュードス。氷魔神を名乗るだけのことはある。って、感心している場合じゃないわよね。


 焚き付けたのはグレイスだ。まぁ、こうなることは予想出来た筈。わたしの魔力は半分以下に減っている。残りの瘴気の浄化、その前に攻撃へ備える結界の準備もしなければいけない。


 そして、怒りの咆哮をあげたコキュードスの全身が禍々しい瘴気を帯びたかと思うと、全身を震わせ白い光を纏い……そのまま放った!


究極氷焉フィーネ・コキュードス――絶対零度」


 グレイスが何かしようとしているっぽいけれど、わたしはわたしで動かなきゃと、このときのわたしは無我夢中で。両手を前に出したわたしは魔回避維持結界へ、今までにない膨大な魔力を送り込んだのだ。


魔回避維持結界ソーシャルディスタンス――絶対検疫門キュアランティーガード!」


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