目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
六十七.クランベリーが更に進化を果たすようです

 ダークチェリーの身体から伸びる植物の蔓。まるで生きているかのようにわたしへ向かって伸びて来る。どうやらわたしの手脚と身体を縛ろうとしているらしい。桃色の魔力を纏った蔓は、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを貫通するらしい。彼女はそれを〝愛の力〟と言っていた。


 しかし、そのまま女の子が全身を縛られ、服を引き剥がされる……というような有りがちな展開にはならなかった。幾ら聖水で全身を覆っていたとしても、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを看破出来たとしても、わたし自身が全身より纏っている魔力には敵わないのだ。さっきダークチェリーに背後から抱き締められた時は、コキュードスと対峙する事を想定し、魔力を温存していたのだ。今は、魔力を温存セーブしつつも、一部開放した魔力で身体を覆っている。


 わたしに触れた蔓は、植物が焼かれるような音と共に先端が消滅する。その度、蔓を放つダークチェリーの顔が歪むも、すぐに愉悦に満ちた表情へと変化する。わたしの魔力が尽きない限りは大丈夫。問題はそれまでに彼女の内部から染み出している瘴気をはらい、内側へ侵食している闇を浄化しなければならない。


「嗚呼、愛の拘束ラブバインドを諸共しないアップル様の魔力。身を焼かれるのがこんなに心地いいなんて……知りませんでした!」


 蔓の触手のスピードがあがった! ますはこの蔓を排除し、彼女にこちらから近づかなければ。


「クランベリー、痛いかもだけど我慢して! ――祝福の聖水ブレスシャワー!」


 それは私の魔力によって創り出した光のシャワー。降り注ぐ光のシャワーはダークチェリーから伸びる蔓を焼き、彼女の体内から染み出している瘴気をはらっていく。染み出した瘴気と彼女から漏れ出した闇の魔力さえ浄化してしまえば、あとは彼女の地肌を覆っている乳液ミルクローションや化粧水と私の魔力とをシンクロさせる事で、きっとダークチェリーをむしばむ闇を浄化する事が出来る筈。わたしはそう考えたのだ。


 先程までは焼かれたとしてもすぐに再生されていた彼女の蔓は、光のシャワーを浴びた事でしなびている。これなら暫くは再生されないだろう。その答えが彼女の表情。ダークチェリーは愉悦に満ちた表情から、少し残念そうな、落胆した表情へと変化していたのだ。


「アップル様……残念です……これでは聖女の触手プレイをお見せする事が出来ません」

「そんなこと、本当はあなたも望んでいない筈よ?」

「そんな事はありませんよぉ~。だってぇ~アップル様の美しい肢体を直接堪能出来ますもの」

「無理よ」

「きゃっ!」


 刹那、ダークチェリーの身体は何かに衝突し、後方へと弾かれた。今のはわたしが攻撃した訳ではない。わたしがただ、高速移動で彼女へ近づいただけ。


 ――そう、わたしが近づく事で魔回避維持結界ソーシャルディスタンスによる結界がダークチェリーへ迫り、彼女を強制的に弾いたのだ。


「触れることが出来たのは一度きり。もう、あなたが闇の魔力を持っている限り、乳液ミルクローションや化粧水だけではわたしに触れることすら出来ないわ」

「なら……! ここにあるアップル様の魔力で創った特製の聖水を全身に浴びて……」

「いえ。だめよ。例え近づけたとしても、このままでは、あなたとわたしの心の距離までは近づけないわ」

「なっ!?」


 懐へ忍ばせていた聖水を振りかけようとしていたダークチェリーの手が止まる。あともう少し。闇の殻に籠った彼女の内なる心へ語りかけ、浄化することで、彼女を元に戻せる――そう思った矢先の出来事だった。


 中庭の地面全体が揺れ、わたしとダークチェリーが対峙している場所とは反対側――ルージュとマロン司祭が対峙していた場所の地面。今まで隠れていた膨大な魔力と瘴気が沸き上がり、全身氷の結晶で出来たかのような巨大な竜の姿をした氷魔神ひょうましんコキュードスが遂に姿を現したのだ。


 呼吸をするだけで凍ってしまいそうな空気。重圧。

 あれは駄目ね。地上に出してはいけない魔物……間違いなく厄災レベルの超級クラスだ。


「アップル様。早くワタクシと此処から出て一緒に暮らしましょう。コキュードス様の蹂躙がもうすぐ始まりますわ」

「いえ。民を守るのがわたしの役目。此処で氷魔神を止めなければ国が滅んでしまうわ。そして、ダークチェリー。いえ、クランベリー。一緒に氷魔神を止めましょう。そうすれば、一緒にまた神殿で暮らせるわよ」


「いえ、ワタクシは誰にも邪魔をされずアップル様とぉ~」

「あら、本当にそれでいいの? わたしたちが護って来た民も、神殿に通っていた信者も、あなたを慕う百合っぷるの子たちも、みーんな凍って消えてしまうわよ?」

「……そんな戯言……言わないでください……」

「そもそもマロン司祭はわたしもクランベリーも此処で殺す気よ? ほら……あそこ!」

「そんな筈はありま……」


 わたしが指差した先、中庭を一望出来る神殿のバルコニーにいつの間にか移動しているマロン司祭は不敵な笑みを浮かべたまま悠然とこちらの様子を眺めている。ダークチェリーにはきっと、わたしだけは幽閉するような形で彼女とわたしでランデブーさせるなどとうそぶき、民の犠牲は新たな世界を創るための尊い犠牲とでものたまったんだろう。洗脳された状態のダークチェリーはマロン司祭の言葉に疑う事をせず、信じたのだ。


 そんな話をしている矢先、コキュードスの一撃により、ルージュの身体が吹き飛び、壁へと激突していた。だが、彼女はコキュードスの巨大な氷の腕が自身に触れる直前、魔力で覆ったパラソルを開いた事で直撃を逃れていた。


 あれだけ攻撃を防いでいたルージュ自慢のパラソルが一瞬にして氷漬けとなり、粉々に砕けてしまった。……時間がないわね。


「ふふふ。あなたが今慕っているマロン司祭と、わたしアップル。あなたはどっちの言葉を信じるの?」

「それは勿論、アップル様に決まっていますわ。でも、アップル様は今、洗脳されて……」

「いいの? いま、わたしと一緒に戦ってくれてクランベリーに戻ってくれた暁には、聖女とシスターの百合デートに百合名所観光に、百合ミュージュカル鑑賞に……なんならまた昔みたく、一緒に温泉も入ってもいいわよ?」


「そんな言葉にワタクシが惑わされ……え? いまなんて言いました? アップル様」

「何度も言わせないで。聖女とシスターではだかのお・つ・き・あ・い。一緒に輝かしい未来をお祈りしましょう」


 (アップル様と百合デート……百合名所観光……百合ミュージカル……百合……温泉……アップルさまのうつくしいおからだ……百合おんせん……あっぷるさまのもも……みのったふたつのかじつ……アップル様のあ……あっぷるさまのアップルが目の前にぃいいいい〜ぬひぃいいい)


「ああああああああああああああ」


 おかしいな……いま、絶対クランベリーが脳裏に描いた言葉が聞こえたような気がしたわ。


 それにしてもアップル様のももとか、アップル様のアップルって……一体なんのことだろう?


 頭を抱えたまま思いきり叫声をあげたダークチェリーの身体から瘴気が吹き飛び、体内からどす黒い靄のようなものが一気に放出されていく。下半身が植物のような身体になっていた彼女の身体が光のまゆのようなものに包まれ、やがて光のひびが入った繭から新たな生命が羽化し、誕生する。


 背中には淡い蒼と紫色を帯びた美しい蝶のはね。肌の色は髪色と同じ深紅色クランベリーのままだが、瘴気や闇の魔力を帯びている様子はなく、深紅色のドレスに身を包んだ彼女はわたしに向かって恭しく一礼する。


「産まれ変わったダークチェリー……いえ、クランベリー――成蝶形パピリオスリーズですわ。アップル様。なんだか心が晴れ渡った気分です。さぁ、何なりと申し付けくださいませ」

「よかった。マロン司祭の洗脳が解けたみたいね。姿が戻っていないのは、どうやら闇を制した結果のようね」

「はい。ご心配おかけしました。あんな栗爺くりじじいの戯言に惑わされてしまうとは、ワタクシの愛もまだまだでした」

「そんなことはないわ。自力でそうやって洗脳を解いたんだもの。さ、此処からは反撃の時間。一緒に全力で氷魔神コキュードスを止めるわよ!」

「はい、アップル様! どこまでもついていきます!」


 これで準備は整った。

 みんな待ってて。今、助けるからね――


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?