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六十四.コキュードスを召喚した人物はまさかの……

 何者かの力により、クランベリーは闇の魔力に呑まれ、魔族のような姿――ダークチェリーへと変化してしまった。


 そして、ダークチェリーと化した彼女は神殿の中庭で待っていると言い残して礼拝堂から姿を消してしまう。


 わたしは今、ルベルのルージュと共に礼拝堂を出て、回廊を抜けて中庭へと向かっている。


 彼女があの方と呼ぶ人物。それが誰なのか? まぁ、早い段階でわたしは予想していた。まさかとは思っていたのだけれど、あのコキュードスを封印していた洞窟で魔法端末タブレットで解析した魔力の残滓。解析の結果、その人物の魔力の可能性が99%という事だった。


 に罪を擦り付けている可能性も視野に、わたしは動いていたのだが、先程のクランベリーの発言からして、コキュードスを封印の洞窟から連れ出した人物は恐らく彼で間違いないだろう。


「この先、相手が何を仕掛けて来るかわからないわ。気をつけて、ルージュ」

「承知致したました、アップル様」


 まずはあんな姿になってしまったクランベリーを救わなければ。意を決して神殿の中庭へと飛び込む。


 刹那、わたしの吐く息は冷たく白い結晶となり、中庭の噴水も花壇も女神像も全てが氷漬けとなり、銀世界と変わり果てた空間がわたし達を出迎える。


お帰り・・・。クレアーナ教信仰の鏡、民の太陽である聖女アップル。よく戻ったのぅー」

「ただいま戻りました。一体どういう事か、説明してもらえますか? マロン司祭・・・・・


 此処、アルシュバーン国の神殿を若き日より任され六十年以上、神殿の司祭を勤めているマロン司祭。


 わたしが聖女としてこの神殿の神事を任されるようになった後も、王家の貴族達からはいつもヨボヨボ司祭と一蹴されながらも、いつも長い白髭を弄りながらニコニコ微笑み、礼拝堂へ訪れる民を優しく導いていた存在だ。


 そんな民からの信頼も厚く、悪い噂など一度も聞いた事のないマロン司祭。銀世界の奥、いつものミトラと聖装を纏った彼から闇の魔力は一切感じない。


 一方、司祭の隣にはダークチェリーと化したクランベリーが愉悦に満ちた表情でこちらへ向けて微笑んでいる。


「その顔は、全てを悟ったといった表情じゃの、アップルよ」

「ええ、クランベリーをそんな風に洗脳・・したのも、氷魔神コキュードスを魔族の国シルヴァ・サターナにある封印の洞窟・・・・・からアルシュバーン国のカンターメン村へ召喚したのも、全てあなたの仕業だって事までは理解しているわ、マロン司祭」


 わたしの発言にマロン司祭の表情が曇る。それはそうでしょうね。普通に考えて、司祭はわたしが追放された先、隣国カスタードのメロンタウンから危機を察知して来たと思っているでしょうから。


 コキュードスがシルヴァ・サターナから召喚されたなんて事実、予想出来る訳がないもの。


「待て、アップルよ。どうしてコキュードスが封印されていた場所まで知っているのじゃ」

「さぁ? どうしてでしょうね?」

「ん? それにそこに居るメイド……隠しているが魔族じゃな……まさかアップル。お主魔族と繋がっておるのか!?」

って事はマロン司祭、あなたも誰かと繋がって居るのね?」

「くっ、相変わらずアップルは小聡明あざとく賢いのぅ〜」

「で、マロン司祭。クランベリーをそんな姿にして、コキュードスを召喚してどうするつもりなの?」


 どうやらマロン司祭。自分がやったことを隠すつもりはないらしい。コキュードスを召喚した理由を淡々と語り始めた。


 神殿に併設されている図書館。この世界の史実や理を記した本の中に、かつてこの世界を脅かした超級の魔物について書かれてあったのだと言う。


 一見、平和に見えるこの国も、裏では貴族同士の争いや、野生の魔物の存在。人間の心理を言葉巧みに誘導し、陰から牛耳ろうとする魔族の存在など、危機と隣合わせなのだ。


「コキュードスはのぅ〜、この国を統制するためのくさびとなるのじゃ。アップル、そなたが来る事も想定済じゃよ。お主と王子は民のためにコキュードスと闘い、命を落とした事にする。民は哀しむじゃろうよ。しかし、そこへ英雄が現れるのじゃよ。彼がコキュードスの力をぎょし、我々の武器として統制することに成功したと民に報告するのじゃ」

「では第一王子・・・・、アルバート・ロード・アルシュバーンもあなたとグルなのね?」

「いいや、王子は無関係じゃよ? コキュードスの噂だけは信者を通じて彼の耳へ届くよう誘導したがの」


 第一王子が無関係? これは意外だった。今回の件、ブライツ王子をあの村へ派遣させた時点で彼が黒幕だと予想していたのだ。


 つまり、マロン司祭はコキュードスの噂を流す事で、アルバートの心理を巧みに誘導し、ブライツがコキュードスと戦うよう仕向けたという訳か。


「そういう事ね。で、どうするの? コキュードスを使い、わたしを氷漬けにするの?」

「いいや、アップルよ。ここで提案がある。取引をしよう。此処に居るクランベリーを大切に思うなら、全てを忘れて彼女と二人、遥か遠く誰も知らん国で暮らさんか? 要求を呑むなら民の命も助けると約束しよう」


「アップル様ぁあああ〜♡ワタクシと一緒にぃいい、ランデブーしましょう〜♡」

「大丈夫よクランベリー、ランデブーしなくてもわたしはあなたを今から助けるから」


 わたしはクランベリーへ向かって微笑む。そして、マロン司祭へ同じく笑顔で返答する。


「お断りします。心配せずとも今からわたしがクランベリーを救い出し、氷魔神コキュードスも倒します。マロン司祭はそこで黙ってみていてください」

「そうか、残念じゃよ。ダークチェリーよ、そういう事みたいじゃ。お主の大切なアップルは操られて・・・・おるようじゃ。お主の力で救ってやるとよい」


「分かりましたぁ〜マロン司祭。ワタクシがアップル様をたすけます!」


 マロン司祭の言葉にクランベリーが一歩、二歩と前へ出る。わたしの横で黙ってやり取りを静観していたルージュが前へ出ようとするもわたしは彼女を制止する。


「大丈夫よ、ルージュ。クランベリーの相手はわたしがする。それよりコキュードスがいつ出て来るかわからない。マロン司祭の動きを警戒しておいて」

「畏まりました。ではあの司祭の相手は我が致しましょう」


 軽く会釈をしたルージュはその場から姿を消し、マロン司祭の背後へと廻り込む。そのまま恭しく一礼した彼女はマロン司祭へ挨拶する。


「我はルベルのルージュ。マロンとやら、我が直々に相手してやろう」

「ほう。アップルをそそのかす魔族の侍女よ。あまり儂をあまく見らん方がよいぞ?」


 庭園の奥へと移動するマロン司祭とルージュ。そして、噴水の前へと移動したわたしはダークチェリーと化したクランベリーと対峙する。


「アップル様ぁあああ♡ずっと遠隔リモートでしか逢えなくてぇ、ワタクシ寂しかったんですよぉ?」

「わたしもよ、クランベリー。早く元の姿に戻してあげるからね」

「それは駄目です♡アップル様は今からワタクシと一緒に背徳の世界へとちるんですから♡」


 クランベリーはそう言うと掌へ漆黒の魔力を纏った鞭を顕現させる。うっとりと微笑むクランベリーに対し、わたしは祝福の杖ブレスワンドを取り出す。


「さぁ、始めましょうかクランベリー?」

「はい、アップル様! ダークチェリー、いきます♡」


 魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを保ったまま、わたしとクランベリー、二つの魔力がぶつかりあった。

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