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六十三.どうやら神殿は大変なことになっているようで

 八咫烏アポストロ=クロウのヤミィの背に乗り、アルシュバーン国王都へ向かうわたしとルージュ。国の上空は禍々しい瘴気を帯びた厚い雲に覆われている。もしかすると、王都は既に、コキュードスが放つ〝氷の呪縛〟の犠牲になっているかもしれない。急がないと……本当に大変なことになってしまう。


 曇天と並行に漆黒の烏は風となり王都へ向かう。国民の避難は神殿と騎士団によってきっと行われている筈。神殿はわたしの創った結界で護られている。コキュードス相手にどのくらい持つかわからないけど、まだみんなが無事であると信じたい。


「駄目ね。クランベリーにもシスターミリアにも連絡が繋がらない」

「アップル様、王都が見えてきました」

「あ、あれは……!」


 街は無事だった。しかし、上空は禍々しい瘴気に覆われ、コキュードスが上空を飛行したのだろうか? 街並みの一部が凍り付いていた。人々の気配がない。外で凍り付いている人の姿も見えない。という事は、みんな無事に避難出来たのだろうか?


「この街が凍った先にコキュードスが居るようです」

「そう……みたいね」


 コキュードスの目的地がはっきりした。そう、やはり・・・そこへ向かうのね。


 目的地へ近づくに連れて、凍てつく空気は肌へと張り付き、重たく肩へ伸し掛かる瘴気に気を抜くと意識を持っていかれそうになる。


 そして、わたしの願いも虚しく、神殿・・を覆っている筈の結界は消滅しており、神殿は氷の神殿と化していた。


 コキュードスは神殿の何処へ潜んでいるのか? 皆は果たして無事なのか? 神殿の入口前へ降り立ったわたしは、ルージュを連れて神殿の礼拝堂へと向かう。


「シスターミリア! ラズベリー! みんな!」


 礼拝堂へ向かう途中の回廊。皆が氷漬けになっている。氷の像と化したミリアへ手を触れてみる。大丈夫……まだ息はある。わたしの浄化の力を持ってしても溶けない氷。やはりこの氷の呪縛……一瞬で死に至らしめる事が目的ではないみたい。


「周囲の瘴気が邪魔でコキュードスの魔力が感知出来ませんね」

「そうね。取り敢えずこの瘴気だけでも祓い・・ましょう」


 わたしは目を閉じ、祈り始める。氷の呪縛が少しずつ生命力を蝕むものであったとしても、この禍々しい瘴気に長時間晒されるだけで人間の精神が壊れてしまうのだ。神殿全体を覆う闇の力へと意識を集中する。そして、両手を広げ、言葉を紡ぐ。


「女神クレアーナの加護の下、聖女アップルは示す。生きとし生ける者へ救いの風を。憎しみは光と共に、哀しみは導きと共に」


 ――この地を満たせ! 聖風の導きセイクリッドブリーズ


 一陣の風が、わたしの身体をすり抜け回廊から神殿の中、外へと駆け抜け拡がっていく。煌めく光は禍々しく神殿を覆っていた瘴気を浄化していく。ちなみにこの風は魔族にも有効であるため、ルージュには予め影響がないよう、彼女の身体を結界で包んでおいた。


 絶望の色に染まっていた神殿が清浄な空気へと変わっていく様に、ルージュは目を輝かせ、瞳を爛々と煌めかせた様子でわたしを見つめ返して来た。


「アップル様! 流石、見事なEXスキルでございます。嗚呼、我には到底出来ない芸当でございます!」

「ありがとうルージュ。さぁ、礼拝堂へ向かうわよ。やはり礼拝堂から強い魔力を感じるわ」

「畏まりました。どこまでもついて参ります!」


 ルージュの距離感が近いのが非常に気になるが、恐らくこの子、グレイスを崇拝する気持ちとわたしを重ね合わせているんだろう。ルージュにとってわたしはグレイスの妃らしいし。うーん、これ……グレイスからのアプローチ断った時どうなるんだ?


 まぁ、それはさておき眼前の危機へ集中しよう。


 神殿を覆っていた瘴気を浄化したと言っても、コキュードスという強力な魔力と瘴気を垂れ流している根源を絶たない限り、何も解決しない。


 わたしは重々しく閉ざされていた礼拝堂の扉をゆっくりと開く。礼拝堂の中は氷で覆われており、ステンドグラスは光を乱反射する氷の装飾に変わっている。


 懺悔室へと続く横の扉は氷によって閉ざされている。そして、礼拝堂中央、祭壇の前で氷漬けになることなく祈りを捧げている人物を見つける。そして、扉の閉まる音に反応した彼女・・は振り返り、わたしの姿を見た瞬間、双眸そうぼうに雫を浮かべたままこちらへゆっくりと近づいて来た。


「アップル様? アップル様なのですか!」

「クランベリー! よかった! 無事だったのね!」

「アップル様! アップル様ぁああああ!」


 礼拝堂の中央、駆け寄るわたしとクランベリー。わたしはクランベリーと抱き合おうとした。


 しかし、礼拝堂の中央でとあるもの・・・・・により、クランベリーの身体が弾き飛ばされることとなる。それは……。


 ――魔回避維持結界ソーシャルディスタンス


「クランベリー……どうして? あなた、クランベリーよね?」

「勿論ワタクシは正真正銘クランベリーですよ!」


 魔回避維持結界ソーシャルディスタンスは闇の魔力を自動で弾く。わたしは直様、彼女の身体を解析する。クランベリーの魔力へ絡みつくように闇の魔力が覆っている。これは……コキュードスの魔力ではない。


「クランベリー、コキュードスはどこ? みんな氷漬けになっているの。早く助けないと大変な事になる。それにあなたも……」

「ワタクシは正気ですので問題ありません。それから氷漬けになった子達も、心配要りませんよ? あと民の命も保証されています。アップル様、さぁ、ワタクシと一緒に向かいましょう、あの方の下へ」


「あの方って誰? コキュードスじゃないわよね?」

「あの方はコキュードス様とも契約したのです。コキュードス様は世界を新しく創り変えるためのなんですよ。そして、ワタクシは、その新しい世界でアップル様と一緒に……」


 愉悦に満ちた表情で両頬に手を当て、舌舐めずりをするクランベリー。クランベリーは妄想する事もあるけれど、心優しいシスターだ。こんなの……いつものクランベリーじゃない!


「クランベリー! そんな闇の魔力に負けるあなたじゃないでしょう! わたしが目を覚まさせてあげるから!」

「アップル様、この闇の魔力・・・・は危険です。ここは我が……」


 それまで様子を見ていたルージュがわたしの前へ出る。次の瞬間、それまで頬を赤く染めていたクランベリーの表情が曇る。髪色と同じ、深紅色クランベリー色の魔力のオーラが身体から漏れ出ている。


「アップル様……その女、誰?」

「心配ないわ。この人はグレイスの侍女、ルージュよ。わたしたちの味方だから」


「アップル様から離れろ……離れろ離れろ離れろ!」

「クランベリー、だめ!」


 クランベリーが両手を前へ出すと、闇の魔力を凝縮させたような魔力弾が放たれる。しかし、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスにより、魔力弾はわたし達のところへ届く事はなく、手前で弾かれる。


「そう……ですか、アップル様……そいつを庇うのですね。そっか。アップル様はそいつに洗脳されて、じゃあワタクシがなんとかしないといけませんね……」

「クランベリー、闇に呑まれちゃダメ!」


 深紅色のオーラが彼女の身体を覆い、黒い火花が飛び散る中、彼女の姿が見えなくなってしまう。やがて、彼女の姿が見えた時、彼女の姿は変わり果てており……。


 二本の角が映え、深紅色の髪色と同じ肌の色。シスター服は露出が強調されたような黒いピッチリとした服に短いスカートとガーターベルトへと変化してしまっていた。


「アップル様ぁあああ。見てください。これがワタクシの産まれ変わった姿♡ダークチェリーです。さぁ、神殿の中庭へ来てください。あの方・・・もお待ちですよぉー?」

「クランベリー、待って、クランベリー!」


 深紅色のオーラに包まれた彼女はその場から姿を消す。どうしてこんな事になってしまったんだろう……彼女を助けてあげないと……。クランベリーが言っていたあの方……あの人・・・にも話をしないといけない。


「アップル様、大丈夫です。参りましょう!」

「そうね、ありがとう、ルージュ」


 わたしの大切なクランベリーをこんな姿にして……許さない。王子もクランベリーも、みんな。絶対助けるから、待っててね――


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