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六十二.どうやらコキュードスを追う準備が整ったようです

 王子は生きていた。そして、こうなってしまった事の顛末を話してくれた。


 ブライツをこの村へと寄越したのは、誰であろうアルシュバーン王国第一王子――アルバート・ロード・アルシュバーンその人だった。


 フルーティ領の南西、西の森で騎士団員が消息を絶った。何か国に危険が迫っている事をいち早く知った第一王子自ら、弟であるブライツ王子へ調査を頼んだのだと言う。


 騎士団員の痕跡を辿っていった先、メルキュア領にあるこのカンターメン村へと辿り着いた。例のごとく危険を察知したブライツは一人残り、既に騎士団長であるジークは王都の護りのため帰還済。前回の反省を活かしてと本人は言っているが、相変わらず無茶をする。


「まぁ俺にはこのホワイトとアップルが居るからな。心配はしていなかったぞ!」

「馬鹿っ、そんなんだから氷漬けになっちゃうんじゃない!」

「なんだ、心配してくれたのか?」

「当たり前でしょう。無茶しないの!」


 凍りついたブライツの胸は冷たかった。どうやら聖獣ホワイトの力でもわたしの力でも解呪は不可能。この状態でブライツがどうやって生き残ったのか?


 話の続きはこうだ。


 村に辿り着くと広場の中心に何やら人だかりが出来ていた。ブライツが近づこうとした次の瞬間、巨大な漆黒の柱が天上まで伸び、突然氷の竜のような姿をした氷魔神コキュードスが顕現したのだという。


 何やら村長らしき人物がコキュードスへ話しかけていたが、コキュードスは大気が凍るほどの吐息ブレスを吐き、周囲は一瞬にして氷漬けになった。ならば、村人達はどうして氷漬けにならなかったのか?


「予め、聖なる魔水晶ホーリークリスタルへ貯めてくれていたアップルの魔力を借りて、ホワイトを召喚しておいたのさ。村人を避難させる間、ホワイトはコキュードスと対峙してくれていたんだぞ」

「わんわんわん!」


 ホワイトもすこく頑張ってくれたらしい。サンクチュアリへ戻ったらホワイトへご馳走をあげないといけないわね。頭を撫でてあげると尻尾を全力で振って喜びを表現するホワイト。


 村人を避難させたあと、ホワイトと合流したブライツ。コキュードスと闘おうとしたらしいのだが、どうやら聖剣でもコキュードスの体表へ傷をつけることは不可能だったんだそう。


「どうやらあの氷が厄介みたいでな。ワンころと俺の合わせ技でも魔を浄化する力が通らないみたいでな。そのうちに奴の氷の呪縛とやらにハマってしまい、この通り動けなくなったという訳さ」

「わんわんわんわん!」


 少しずつ生命力を蝕んでいくタイプの呪縛とはいえ、もしかすると聖なる魔水晶ホーリークリスタルの結界が無ければ氷漬けになった時点で即死だったのかもしれない。


 それにしても、ブライツとホワイトの力を持ってしても傷ひとつつける事が出来なかったという事は、恐らくコキュードス自身も氷の結界のようなもので護られている可能性があるということ。それを撃ち破らなければ、コキュードスを倒すことは出来ないのだろう。


 ブライツを氷漬けにしたあと、どうやらコキュードスは北東へと向かったらしい。つまり、王都と神殿が危ないということ。


「アップル様、急いだ方が良さそうです。グレイス様には既に報告済です。あちらからも援軍・・が向かいます」

「ルージュありがとう。助かるわ」


「そのメイドさんは知り合いか?」

「ええ、グレイス専属のメイド。ルージュさんよ」

「お初にお目にかかります、ブライツ様」


 わたしと王子が話している間、ルージュは既にグレイスと連絡をとって手を回していたみたい。やはり頼るべきは有能なメイドだ。ブライツへ恭しく一礼するルージュ。王子も軽く自己紹介をしていた。氷漬けのままだけど。


 わたしも神殿に居るクランベリーへ連絡を取るべく魔法端末タブレットを開く。しかし、何故か通信が繋がらない。コキュードスの影響? 仕方がないので『コキュードスが復活してしまったため、緊急事態に備え、わたしが戻るまで準備をしておいて欲しい』というメッセージだけ送っておいた。


 さて、村人はわたしの創った結界を避難場所へ構築しておいたから問題ないとして。問題はこの動けない王子ね。


「ははははは、心配するな。俺は動けないだけで元気百倍だからな」

「いや、駄目でしょう。流石にこのまま放置は……」

「わんわんわん!」


 どうやらホワイトが村人の避難している屋敷と王子を護衛すると言っているようだ。


 氷の像となった王子を抱えようとしたのだが……いや、これは重い。そして、冷たい。


「ブライツ王子。少し失礼します」

「え。ルージュさん、え!? ちょ、待っ……ぬわーーーーー」


 王子が驚くのも無理もない。流石、さっき封印の洞窟で氷の巨像を投げ飛ばした・・・・・・だけある。王子を片手でひょいと持ち上げてしまったのだ。それにしてもルージュさんって、戦闘時の口調と普段の口調も違うのよね。何かとギャップが凄いメイドさんである。


 こうして王子を結界で覆っている屋敷の敷地内まで運び込む事が出来た。この中ならばコキュードスの眷属か何かが攻めて来ても問題ないだろう。ホワイトの警護もあるのでひと安心ね。それと、屋敷内には内側からも外へ出られないようもう一段階結界を張っておく。村人のみんなを一時的に閉じ込めてしまう事にはなるけれど、中には子供達も居るため謝って結界の外へ出ないようにするための安全策だ。


 ……まぁ、もうひとつ念のための意図はあるんだけど、そこは置いておきましょう。


「本当なら俺も一緒に戦いに行くべきところを……すまない、アップル」

「いいわよ。今回も民を護ろうとしての行動でしょう。ただまぁ、王子にはもう少し自分の命を大切に思ってもらいたいところね。あなたが居なくなると哀しむ人はたくさん居るんだから」

「ん? それは俺が居なくなるとアップルは哀しんでくれるということか?」

「当たり前でしょう! ……って、そうじゃなくて、あなたは少なくとも民から慕われてるって事を言いたかっただけなんだからねっ!」

「ははははは、そうだな! 民のため、アップルのため、俺は死なない。此処に誓おう」

「もう、氷漬けの状態で言われても説得力ないわよ」


 これ以上、此処で王子とやり取りしていても時間の無駄ね。もう、冷たい氷を前に何熱くなってんだか、わたし。

 わたしと王子との会話を横で見ていたルージュは会話が終わるタイミングを見計らってくれていたようだ。


「アップル様、コキュードスの残滓を追って、王都へ向かいます。空間転移でもいいのですが、魔力を温存しておきたい故、我の眷属を召喚します」


 そう言うとルージュは指笛を鳴らす。遥か上空、どこからともなく漆黒の翼に身を包んだ巨大な鳥が舞い降りて来た。


八咫烏アポストロ=クロウのヤミィです。以後、お見知りおきを」

「クェエエエエエ!」


 またすごい眷属が出て来たものだ。と、一瞬思ったけれど、わたしが飼っているホワイトの正体も伝説の聖獣グリフォンなんだし、似た者同士という事にしておいた。


 それにしても。


 八咫烏、百人乗っても大丈夫って言えるくらい大きな背中だ。黒い背中の羽毛は思っていたよりも温かく、モフモフしている。そっと撫でてあげるとぱっちりした黄色いお目目を一瞬細めていたので、どうやら喜んでくれたみたい。


「さぁヤミィよ。この場に充満するコキュードスの魔力を追うがよい」

「クェエエエエエ!」


 漆黒の翼は大空へと舞い上がる。だんだんと小さくなる王子の姿を見届けたあと、わたしはルージュと共にヤミィの背中に乗ってコキュードスの行方を追う。


 ――クランベリー、ジーク。皆が無事であることを祈って。


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