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六十一.どうやら神殿でも何かが始まっているようです

 フルーティ領より遥か南西、メルキュア領の小さな村にてわたしが氷漬けの王子と対峙していた頃、すっかり夜が明けた神殿の礼拝堂と懺悔室は、信者の方々で賑わっていた。


 礼拝堂には神殿の司祭であるマロン司祭。普段貴族の間からヨボヨボ扱いされている司祭だけど、年齢を重ねた分だけ神殿に務めている彼の民からの信頼は厚かったりする。


 懺悔室へ向かう待合室の誘導役は、シスターミリア。深紅色の髪をしたクランベリーが普段目立っているが、優しい面持ちで民へ接するおっとりした表情の彼女も民からは人気だったりする。


 とはいえ、わたしが不在の時、一番頼りになるのはやはりシスタークランベリー。今日はわたしの代わりに懺悔室の聞き手役を務めてくれているみたいね。


「あらリリン、ご機嫌よう。今日はどうなされたのですか?」

「あ♡ クランベリー様! 今日はアップル様じゃないんですか?」

「ええ、アップル様は火急の用があり、本日はワタクシクランベリーが相談相手を務めます」


 懺悔室にリリンと呼ばれた子の可愛らしい声が響く。クランベリーが聞き手役と知り、表情が緩む。


 どうやら晴れて女の子同士恋人になったドロップとはうまくいっているみたい。


「そうだったんですね! クランベリー様。ホワイトリリィ通りを紹介いただきありがとうございました! お陰様で、同じ境遇を持ったお友達もたくさん出来ました!」

「あらーー、それはよかった。では、通りの奥にある白猫カフェにはもう行かれましたか? あそこの店主であるカズンもクランベリー教の一員なんですよ?」


「ああ! やっぱり♡カズンお姉様・・・とっても優しいですよね。あそこはお友達もいっぱい来るので情報交換も出来るし、素敵な環境です。それに……」

「それに?」


 下を向いたまま暫く自身の指を絡ませながらモジモジした後、リリンは頬を赤く染めつつクランベリーへ報告する。


「カズンお姉様には……色々と教えてもらいました♡」


 今、キマシタワーとクランベリーの心の声が聞こえた気がする。


「ふふふ、それは、神殿で告白する内容ではありませんわよ?」

「あ、そうでした。今のは聞かなかった事に!」


「女神クレアーナ様は愛についても民の意思を尊重しています。リリンは自身の思うまま、ドロップと輝かしい未来を描きなさい」

「ありがとうございます、クランベリー様♡」


「その明るい表情があなたらしいですわよ?」

「は、はい!」


 と、日常生活の話を終えたところで、真剣な表情へ戻ったリリンが本題に入る。


「えっとクランベリー様。今日はわたしの話じゃなくて、わたしの従妹の話なんです」

「聞きましょう」

「クランベリー様はフルーティ領より南西に位置するメルキュア領のカンターメン村の噂は聞かれたことありますか?」

「いえ、メルキュア領から懺悔に来る方は少ないですので、初めて耳にします」


 リリンはカンターメン村の話を始める。アルシュバーン国は基本クレアーナ教だ。しかし、メルキュア領にはクレアーナ教の教会が少なく、クレアーナ教の信仰が届いていない場所が存在する。それがカンターメン村なんだそう。


 カンターメンの民は他との交流を避け、呪術を信仰しているらしい。リリンの従妹はたまたまカンターメンへ嫁いだそうなのだが、最近村の者たちが怪しい呪術をしている様子が怖くなり、リリンへ手紙を書いたのだそう。しかしそれ以来、従妹とは音信不通。村には魔法端末タブレットもなく、何か危ないことが起きていないか心配になり、こうして相談しに来たそうなのだ。


 わたし、アップルよりアルシュバーン国を脅かす魔物復活の可能性を聞いていたクランベリーは考える。このタイミングでのこの話。偶然なのか、はたまたわたしの話と関係があるのか? いずれにせよ、有事に備えた動きを早めなければとクランベリーは考える。


「リリン、教えてくれてありがとうございます。アップル様はお城の騎士団の方々とも交友があります。すぐに何か起きていないか調査する事に致しましょう」

「ありがとうございます。従妹が無事だといいのですが……」

「心配には及びません。ワタクシ達には聖女アップル様も居ます。きっと杞憂に終わりますよ」

「それを聞いて気持ちが楽になりました。よろしくお願いします」


 リリンは立ち上がり一礼したあと、クランベリーと握手をする。そして、クランベリーの耳元へ誰にも聞こえない程度の声で話す。


「クランベリー様……――」

「――!? 承知致しました。報告ありがとう」


 笑顔を取り戻したリリン。懺悔室を出る直前振り返った彼女はクランベリーへひとこと。


「あの! クランベリー様主催の【〜深紅に染まれ、愛は百合を救う〜第37回クランベリー百合集会・・・・】もまた、楽しみにしてますから!」

「ええ。その件はまたご連絡・・・しますね」


 何やらクランベリーにも、わたしの知らない秘密があるみたいです。まぁ、そこはクランベリーのプライベートですので、そっとしておきましょう。


 このあと午前中の公務を無事にこなしたクランベリー。魔法端末タブレットに届いているわたしからのメッセージに気づく。そして、誰も居なくなった懺悔室でひとり悶え始める。


「あああああ、公務に夢中でアップル様からの愛のメッセージを二時間・・・も放置してしまいましたぁあああああ。アップル様申し訳ございませんんんんん!」


 一通り悶えたあと、クランベリーはわたしからのメッセージを確認し……そして、驚きの表情となる。


『いま、わたしはフルーティ領より南西にある、メルキュア領の小さな村に居ます。調べたらカンターメンって言うらしいわ。時間がないので簡潔に伝えます。超級の魔物――氷魔神コキュードスが復活しました。王子は一緒に居ますが身動きが取れません。王宮の護りはジークへ任せる形になりますが、万が一コキュードスが王宮と城下町へ攻めて来るかもしれません。わたしが戻るまで、早めの対策をお願いします』


「た、大変です! 悶えている場合ではありませんでした。アップル様、承知しました。すぐに住民の避難誘導を準備致します」


 クランベリーは懺悔室を出てすぐにシスター達を招集しようとしたのだが、それよりも早くシスターミリアが慌てた様子でクランベリーの下へとやって来る。


「クランベリー様、た、大変です! マロン司祭が……マロン司祭が! 今すぐ礼拝堂へ来て下さい!」

「どうしたの? わかりました、すぐに向かいます」


 ミリアを落ち着かせ、クランベリーはすぐに礼拝堂へ向かう。


 わたし――アップルの知らないところで、既に神殿にも何者かの魔の手が迫っているのかもしれません。


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