扉を開けるとそこは吹き抜けになっている開けた場所でした。上部の吹き抜け部分はどうやら見えない結界で閉ざされているみたい。
しかし、氷魔神コキュードスが居たであろう正面、蒼い炎で出来た牢獄が見えるのだが、本来なら内部から溢れ出すであろうコキュードスの禍々しい瘴気は感じられない。
むしろ先ほどわたしたちに襲いかかって来た氷像が居たエリアの方がよっぽどコキュードスの魔力を感じたくらいだ。
「ルージュ様! 大変です。こちらへ!」
蒼い炎を調べていた鳶色髪の侍女グレンダがルージュを呼ぶ。近づいてみると、炎の一部、人が一人入れるくらいの大きさに穴の空いている箇所を発見する。
わたしはすぐに穴の空いている箇所へ手を翳し、魔力の残滓を解析する。そして、すぐにその違和感に気づく。
「――これは!」
「……アップル様、急いだ方が良さそうですね」
「ええ。いきましょう!」
予め、グレイス専属執事のフォメットさんから、コキュードスはグレイス特製の
しかし今、そんなEXスキルで創られた牢獄に穴が空いている。これは緊急事態に他ならない。
「静かね……」
静寂――燃え滾る炎の音も空気の揺らぎも氷魔神の気配も感じられない。聞こえるのはわたしたちの息遣いだけ。無音の空間。
やがて広い牢獄の内部を進んでいくと、コキュードスを封印していたであろう場所へと辿り着く。しかし、そこは既にもぬけの殻。
僅かに残るコキュードスの瘴気と魔力の残滓。そこから導き出される結論は……。
――何者かによって氷魔神コキュードスの封印は解かれたという事。
「ルージュ、空間転移の準備は出来る?」
「勿論です、座標は?」
「ここに転移魔法の形跡が残っています。今から魔力の残滓を解析し、転移先を捕捉します!」
幸いまだ封印が解けてからそんなに時間が経っていないようで、魔力の残滓が残っているみたいだった。わたしは素早く魔力の残滓を解析し、
魔国の奥地だけあって、魔法通信は出来ない状況のようだけど、解析した
『EXスキル――
「やっぱり。アルシュバーン国だわ。ルージュ、此処へすぐに転移出来る? あとグレイスにも伝えておいて!」
「畏まりました。すぐに!」
アルシュバーン国、神殿と王宮のあるフルーティ領より南西に位置するメルキュア領にある小さな村を差していた。
ルージュはグレイスへ素早く今の現状を報告し、空間転移魔法の準備をする。転移先はグレイスへ伝えておいた。これでグレイス達も緊急事態に備え、準備を始める筈。先に飛んでおいて問題ないだろう。
地面に幾何学模様の魔法陣が展開され、侍女部隊三名とわたし、ルージュの五人は魔法陣の中で順に手を取り合う。
「アップル様、では、参ります。我の手を離さないようお願いします!」
「ええ」
「はわわわわ、ルージュ様ぁああああ、何処までもついていきますー」
「フレイ、有事だ。静かにしろ!」
「旅ハ道ヅレ」
ルージュの右手を握る位置をゲットしていたフレイが一人蕩けるような表情をしていたため、グレンダがツッコミを入れていた。この三人、魔族と思えないくらい人間味があってなんか親近感がわくわね。
「では参ります! ――
◆
転移先でわたし達を出迎えたのは優しく大地を照らす陽光だった。
夜中に魔国へ転移していたんだけど、どうやら夜通し封印の洞窟を探索していたらしい。十階層まで潜って戦闘まで終えたんだから仕方ないとは言え、コキュードスが既にアルシューン国を脅かしていないかが心配だ。それよりももっと懸念される事項……それは、魔力の残滓を解析した結果――
――わたしの知っているある人物が封印を解いた可能性があるということ。
急がないと大変なことになりそう……って、これは!?
村の入口に来たわたし達が驚愕する。村に入った瞬間、全身が震えるほどの冷たい空気がわたし達を出迎え、大地も、木々も、家屋も、全てが真っ白な氷の世界と化していたのだ。
「大変! 村の人達は……!?」
まだ寝静まっているから人の気配がしないという訳ではない。フレイ、グレンダ、レイクが周囲を警戒しつつ家屋を捜索するも、どうやら家の中にも人は居ないらしい。どういう事だろう? 白い大地を進むと、地面に転がっている小鳥を象った氷の置物を見つける。いや、違う。これは氷の置物じゃない。きっと、元々生きていた小鳥が凍り付いたものだ。
わたしはそっと凍り付いた小鳥に手を触れる。思わず手を押さえたくなるほどの〝何か〟がわたしの脳裏に流れ込んで来る。憤怒、怨嗟、愉悦……溢れ出る負の感情。間違いない、これはコキュードスの
……マズいわね。
わたしは、周辺の魔力を感知し、生存者が居ないかを急いで探す。すると村の中央にある広場に、強力な聖の魔力を感じる。もしかして、誰かがコキュードスと戦ったあと!?
「ルージュ、みんな、急いでついて来て!」
凍った大地を踏みしめる音だけが辺りに響く。吐く息が白い。
ええ、だいじょうぶ、だいじょうぶよ、アップル。ほら、人の姿が見えて来た……でも、いつもの蒼い髪じゃない。
「もう……あなたって人は……どうして……!」
快活そうな笑顔はそのままに、全身真っ白に凍り付いた王子――ブライツ・ロード・アルシュバーンは、真っ白に輝く剣を掲げたまま氷の大地に佇んでいた。