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五十八.魔回避維持結界《ソーシャルディスタンス》を進化させてみました

 はい、次回の魔王様とのお料理教室は、チョコレートケーキになりました。グレイスが火加減を間違えると、同じチョコレート色でも焦茶色の別の何かが完成しそうで怖いわね……って、そんなことを言っている場合ではない。


 次回のお料理教室はチョコレートケーキにしましょうじゃないわよ。思わずノリツッコミを入れてしまったわたし。


 何せ、魔王城専属メイドさん=紅のルージュとわたしが女子トークを繰り広げている間に、巨大な氷像の放つ吹雪と氷塊は全てメイドのパラソルによって阻まれ、わたしたちの何倍もの巨躯はメイドさんの投げ・・によって一回転してしまったのだから。


「コキュードスサマヘハ……チカヅケサセナイ……」

「なんだ、お主。会話が出来たのか」


 巨大な氷像が身体を起こそうと手脚を動かすも、ルージュは須臾しゅゆの間に閉じたパラソルの先に仕込んだ刃で氷で出来た氷像の四肢を切断。四肢を失った肉体が地面へと沈む。顔だけ起こした氷像が続け様に凍てつく冷気を放つと、ルージュはパラソルを開き回転させ、冷気による攻撃を四方へと分散させていく。


 攻防一体――ただのゴシックパラソルではない。ルージュの魔力をふんだんに籠めたパラソルは、開くと全ての攻撃を弾く盾となり、閉じると先に仕込んだ刃が強靭な肉体をも切断する矛となる。このメイドさん、強いし戦闘スタイルも独特で凄く面白い。


「これで仕舞しまいか?」

「グヌヌヌヌ……」


 顔面へ刃を向けた状態での最終通告。氷像の攻撃手段が尽きた時点でルージュは恐らく止めを刺すつもりなんだろう。


 それにしても疑問が残る。この氷像と言い先程の氷で出来た狼といい、わたし達の前へ立ちはだかった時点で当然グレイスが用意したものではないのだろう。封印が解かれないよう阻む罠であれば、コキュードスを封印したグレイスが用意したものとなる訳だけど、それなら部外者であるわたしはまだしも、ルージュ達を襲う必要はない筈なのだ。ルージュ達もこの罠は初見のようだったし。


 氷で出来た相手なら、コキュードスの眷属という可能性が当然高い訳で、それならば、コキュードスがこの先に封印されている・・・・・・・のならば、眼前に存在する事自体おかしいのだ。


 つまりは既にコキュードスの封印は解けていて……この氷像達の目的がわたし達を足止めする事ならば……!?


「ルージュ! 今すぐ氷像から離れて!」

「え? アップル様? ……はっ、もしや……!?」



「コノサキハ……トオサセナイ……」


 次の瞬間、氷像の全身は眩い光を放ち始め、フロア全体を一瞬で凍らせる冷気と共に……爆発した――



 ◆


「ルージュさまぁああああ! ごぶじですかぁあああ?」

「ルージュ様、ご無事で!?」

「……超絶心配シマシタ」


 横たわるルージュを三名のメイドが取り囲み、心配そうに声をかける。やがて、ゆっくりと双眸そうぼうを開いたルージュは、部下の心配する声に自らの身を起こす。そう、結論から言ってしまえば彼女は無事だった。両の手を握る感触を確かめるルージュ。少し氷による凍傷と、僅かな傷がついてしまっているが、なんとか致命傷は免れたみたい。


 あたりは天上、床、壁一面、全て氷の壁で覆われ、天上からは氷柱つららが鍾乳洞のように垂れ下がり、洞窟内の景色は一変してしまっていた。現状を把握し、何が起きたのかを悟ったルージュは、わたしの姿を目視した後、高速でこちらへと移動した後、深々と頭を下げた。


「我とした事が、アップル様の手間を取らせてしまうとは……とんだ失態でございます。申し訳ございません」

「いえ、わたしがもう少し早く気づいていればよかったんです。ルージュ、頭をあげてください」


「とんでもございません。我の失態が原因でもし、グレイス様の妃になられる御方に傷ひとつでもついていたのなら……さぁ、アップル様、このゴシックパラソルで我の腕を斬り落として下さいませ! さぁ、さぁ!」

「いやいやいや、わたしは傷ついてませんし、斬り落とさなくていいから! ほら、そのパラソルをしまって!」


「アップル様が斬り落とさないのであれば、我が自ら~~」

「ルージュ! 大丈夫だから、ねぇルージューー!」


 とまぁ、こんなやり取りがありつつ、最終的にルージュの凍傷も治癒する形で爆発によるダメージはほぼない状態で戦闘を終える事が出来た。


 あの場で何が起きたのか。


 氷像の目的は恐らく、わたし達を足止めする事。よって、あろうことかあの氷像は、魔力全てを冷気と爆発力に変え、自爆・・したのだ。


 わたしは素早くわたしを含むフレイ、グレンダ、レイク、四名を取り囲む魔法結界を展開。しかし、それだけでは氷像の至近距離に居たルージュを護る事は出来ない。しかもあの場で時間も限られる中、彼女の前まで移動する事すら出来ない。


 では、あの場でわたしは何をしたのか?


「しかし、アップル様。魔回避維持結界ソーシャルディスタンスにそんな使い方が出来るとは思いませんでした」

「あれは一種の緊急回避モードです。対象を取り囲む事で一時的にですが、内側からも外側からも魔力による攻撃を通さなくなる。魔回避維持結界ソーシャルディスタンス――遠隔防壁展開パーテーションモードです」


 本来、EXスキルである魔回避維持結界はわたしを中心に取り囲んでいるもので、わたし自身で打ち消す事は出来ないのだが、自動展開しているという事は、常にわたしは周囲にわたしの魔力を展開している事になるのだ。よって、EXスキル――遠隔操作リモートを駆使する事で、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスの一部を飛ばし・・・、結界で取り囲む事が出来るのだ。まぁ、実際使ってみたのは今回初めてだったんだけど。


 あとは構築する魔力を操作する事で、闇の魔力・・・・以外の属性にも有効な結界へ一瞬にして変化させる事も可能。今回は、闇の魔力に加え、氷属性に有効な結界へと変化させた。若干ルージュが凍傷を受けた理由は、わたしを覆う結界の劣化版にはなるため。まぁ、劣化版とは言え、人一人吹き飛ぶ爆発でさえ防ぐ事の出来る優れものなので、ルージュが驚くのも無理もない訳ね。


「嗚呼、アップル様。やはりあなたはグレイス様の妃に相応しい御方です」

「……えっと、先を急ぐ必要もありますし、その話はまた今度にしましょうか?」

「は!? 我とした事が、申し訳ございません! お詫びに我の腕を斬り落として……」

「斬り落とさんでよろしい!」


 最強メイドさんを窘めつつ、わたしはいよいよコキュードスを封印する結界があると言われる〝封印の間〟の扉を開けるのでした。


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