魔王グレイス直轄の四天王が一人――紅のルージュ。ルージュ率いる侍女部隊は千名を超え、魔王城及び、周辺の管理と、城に住む魔王幹部や魔物達のお世話をしている。しかし、いざ戦闘へ出ると、上級以上の気性が荒い魔物をその華奢な身体で制し、かつて人間の国を相手に争いをしていた際、ルージュが出向いた街に血の雨が降ったと言われている。
殺戮侍女部隊――その名前だけ聞くと、近寄ることも出来ないくらい怖い存在なのかと思っていたのだけれど……。
「アップル様、おひとつ質問よろしいでしょうか?」
「え? ええ、なんでしょう?」
「いえ、以前お逢いさせていただいた時より一層お肌がモチモチな気がします。何か秘訣があるのでしょうか?」
「ああ、これ。お肌には気を遣っているけれど、特に何か変えた訳ではないの。嗚呼、強いて言えば化粧水を変えた事くらいかな?」
狼の口より放たれ飛来する氷の刃。その刃を
尚、散開した三名のメイド。フレイ、グレンダ、レイクは見事な連携で氷の狼達の猛攻を食い止めていた。三名のメイド達は臨戦態勢なのであるが、ルージュに至ってはほとんどその場から動いていないのだ。自身の魔力で覆ったパラソルを槍のように持ち、氷の刃と狼の牙を捌き、先端についた刃で斬り捨てている。――わたしと女子トークをしながら。
「化粧水? 嗚呼、以前仰っていた手作りの?」
「そうなの。以前はお肌に悪い毒素をなるべく弾くようにしていたんだけど、周囲の水分や魔力を
「それは素晴らしいですね、流石アップル様です。我も是非ご教授願いたいところですが、聖の魔力が籠っているのであれば、我等魔族にとっては毒になってしまいますね」
「いえ、大丈夫よ? 聖の魔力でなくても、結界術をベースに精製すれば、聖水でなく、
「成程、
「今度試作品を作ってルージュに贈るわね」
「ありがとうございます」
咆哮する狼の数はいつの間にか増えていた。どうやら巨大な氷像が放つ冷気が魔力を帯び、狼を産み出しているらしかった。
増殖する狼。飛来する
「――今度またお料理教室を開催していただけますか? 魔王様が新たな
「ええ。いいわよ。今度は何にしようかしらねぇ~」
わたしが次グレイスへ提供するケーキを何にしようか、ルージュと思案していると、産み出す氷の狼を全て捌かれた事に怒ったのか、それまで扉の前で一切動いていなかった
地を
なぜなら、わたしの前でそれまで女子トークを繰り広げていたルージュが、その場から
氷が防がれたことで、遂に巨大な氷像が動く。咆哮と共に放たれる極寒の冷気。もし外界で放たれたなら街は一瞬にして氷漬けだ。ルージュは
「
場を一変させた冷気を呑み込む程の殺気。氷像は彼女へ向けて右腕を振るい、横に払う。軽く飛び上がったメイドは、薙ぎ払ろうとした氷像の腕の上へ乗る。そのまま飛び上がり、回転しつつ口から放たれる冷気を躱す。
しかし、地面へ着地したところを狙った氷像の左腕が迫る。まさか、ルージュがミスをする訳はないわよね? このままでは押し潰され……るかに見えたその瞬間――事は起きた。
「――っ!?」
「物言わぬ氷像よ。お主、宙に浮いた事はあるかえ?」
いつの間にか閉じていたパラソルを横にした状態で左腕を受け止め、そのまま腕をいなすかのようにパラソルを地面へ向けて振り下ろす。地面へ腕が振れる直前、パラソルを添えたまま華奢な腕で氷像の腕を掴み、あろうことか腕を持ったままルージュは氷像の巨躯を持ち上げたのだ!
一回転する巨躯。氷像の背中が地面へ叩き落された瞬間、舞台に激震が走り、わたしもあまりの出来事に唖然とする。相手の重さと力を利用したんだろうけど……このメイドさん……な、なんて力なの。
地面へ伏した巨大な氷像を確認し、こちらへ振り返ったルージュはわたしへ向かってひとこと。
「アップル様。魔王城近くの森にカカオがなっています。チョコレートケーキなんていかがでしょう?」
「そ、そうね。じゃあ、次回のお料理教室は、チョコレートケーキにしましょう」