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五十六.どうやらすれ違う必要はなかったみたいです

 わたしが魔国にて洞窟の調査をやっているまさに同時刻、その日の神殿でのお仕事を終え、修道服から寝間着へと着替えたシスターは、心を落ち着かせようと自室にてカモミールティーを口に含んでいた。


 神殿の公務テレワークを終えた後、急遽魔国の調査へ出向く事になったため、彼女――シスタークランベリーには魔法端末タブレットへメッセージを送っておいたのだが、このときの彼女はまだ、わたしからのメッセージを見ていなかったらしい。


「アップル様……どんな有事であろうと民のために尽くす。神殿のシスターである以上、そうあるべきなのに……ワタクシはシスター失格でございます」


 シスターの漏らした息が部屋の灯を静かに揺らす。クランベリーは、アデリーン歓迎会の後なるべく平静を装い公務を全うしていたが、あの一件以来、わたしの姿を見る度に意識してしまい、うまく会話すら出来なくなってしまっていたのだった。


 いつもなら弾む会話も、姿を拝むだけで弾む心も靄がかかったかのよう。クランベリーは自身の魔法端末タブレットを開く。彼女の日課であったサンクチュアリアプリにログインすらしていなかった。


 すると、メッセージが届いているお知らせに気づく。


「え、アップル様? こんな時間に……?」


 クランベリーはカモミールティーを口に含み、ゆっくりとメッセージを開く。幾らすれ違ってしまっているとは言え、自身の仕える聖女からのメッセージをスルーするようなクランベリーではない。


『親愛なるクランベリー、ちょっとグレイスに呼ばれたので緊急で彼の国へ向かいます。明日の公務には間に合わせるから、心配は……』


 ブフォオオオオ――


 ここまで読んでクランベリーは盛大にカモミールティーを噴き出した。慌てて魔法端末へ飛んだハーブティーを拭き取る彼女。


「アップル様がグレイス様の家へお泊まり!? ま、まさか……!?」


 この間のサンクチュアリアプリ内での筋肉質なグレイスの姿を思い出す。どうやらクランベリーはメッセージを途中まで読んだところで、自身のあるじはグレイスの家に呼ばれ、お泊まりへ行ったと勘違いしたらしい。


 わたしの透き通る肌をグレイスが指でなぞる。白いシーツへと二人の身体はゆっくりと倒れ込み……。


「ぁああああああああ! アップル様ぁああああ、それはなりませぬーーーどうせならいっそのこと……ワタ……ワタワタ……ワタクシとぉおおおお!」


 (嗚呼、アップル様……ワタクシを、この穢れた妄想をしてしまうワタクシをいっそのこと)


 思い切り首を振り、あらぬ妄想を掻き消すシスタークランベリー。わたし、アップルはまさか彼女がそんな妄想をしているなんて知る由もないのである。


 心を落ち着かせたところでメッセージの続きを読むクランベリー。


『心配はいりません。彼の国に封印されていた魔物がアルシュバーンを脅かす可能性があります。わたしは調査で向かいますが、もし緊急の際はブライツとジークへ連絡の上、民の命最優先で避難誘導をお願い』


「あれ? もしかして、ワタクシの盛大な勘違い?」


 わたしが民の事を想い、行動するいつもの聖女アップルである事を再認識し、ほっと胸を撫で下ろすクランベリー。彼女には黒幕・・の存在を話しており、グレイスの正体も唯一明かしている。どんな状況にあれ、やはり信頼出来る存在はクランベリーしか居ないのだ。


『クランベリー、こんなこと頼めるのはあなたしか居ないの。わたしにとってあなたは大切な存在だから。


明朝には戻ります。

           アップル』


 暫く画面を見つめていたクランベリーだったが、カモミールティーの残りを一気に飲み干したあと、彼女は思い切り両頬を叩く。そして、真剣な表情で自身へ届いたメッセージを読み返す。


「アップル様、ワタクシとした事が申し訳ございません。アップル様がどのような選択をしたとしても、ワタクシはあなたへ一生仕えると誓ったシスタークランベリー。どうして迷う必要があったんでしょう」


 たとえわたしが王子を選んでも、魔王を選んでも、アップルは聖女であり、クランベリーにとって太陽のような存在。わざわざ自らすれ違う必要はなかったのだ。


「それにしても……アップル様にとって、ワタクシは大切な存在……大切な存在だから……大切な存在だから……」


『わたしにとってあなたは大切な存在だから』


 シスタークランベリーの脳内で再生されるわたしの聖女スマイル。そのままベッドへダイブしたシスターは脳内でわたしの台詞を反芻し、ゴロゴロ転がり始める。


「ぁああああああああ、アップル様ぁああああーーー大切な存在って……ワタクシの心の準備がぁああああ、待ってください。はい……♡ワタクシも、アップル様のことを……って、ぁああああぁああああ!」 


 わたしの知らないところで夜中悶えるシスター。


 こうして平常運転に戻ったクランベリーは、自身の想いを取り戻す。そして、夜な夜な有事に備えた準備を始めるのだった。



 魔国にて封印の洞窟の調査をしているわたし――アップルは、まさかクランベリーがわたしの見ていないところでそんなことになっていたなんて全く知らないのでした。



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