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五十五.どうやら歓迎はされていないみたいです

「アップル様、ようこそおいで下さいました。偉大なる魔王グレイス様直轄四天王が一人――ルベルのルージュと申します。この姿でお目に掛かるのは初めてですね」


 封印の洞窟、十階層ほど下へ降りたところでルージュさん率いる侍女部隊がわたしを出迎えてくれた。


 真紅色ワインレッドの髪に透明感のある乳白ミルク色の肌。紅宝石ルビーをそのまま嵌め込んだかのような透き通るような双眸そうぼう。真紅と黒のゴシックドレスにも見えるメイド服と折り畳んだパラソル。頭に映えた二本の角と特長ある瞳がなければ、美しい人間のメイドさんに見えただろう。


 あ、そうそう。何故わたしがルージュさんと呼んでいるかと言うと……わたしとルージュさんは初対面ではないからだ。果たして覚えている人は居るだろうか?


 グレイスと出逢って間もない頃、親睦を兼ねてわたしが行ったお料理教室。そこに当時人間のメイド姿で参加していた一人が、ルージュさんなのだ。


 あのときは、グレイスが常時発動していた垂れ流していた混沌魅了波動カオスフォールドのせいでレヴェッカ達がメロメロになっていたり、火加減を間違えたグレイスが林檎を丸焦げにしたりと、色々大変だった事を思い出す。


「そうですね、あの時はルージュさん、人の姿でしたものね」

「ルージュで構いません。アップル様はいずれ、魔王様のお妃となられるお方。敬語なんて滅相もございません」

「あはは……よろしくねルージュ」

「必要とあらば、部下である侍女達もお好きにお使い下さいませ」

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくわ」


 恭しく一礼するルージュ。背後に控えるメイド達も皆片膝をついて傅いている。いやいや、なんだか魔国の間で話が勝手に進んでそうだけど、わたし、魔王のお妃じゃないからね?


「それでは、此処からの案内はルージュへ任せる事にして、某はこのあたりで失礼致します」

「フォメットさん、ありがとうございます」


 フォメットさんはグレイス直属の執事であるため、色々と忙しいのだろう。尚、道中フォメットさんからこの封印の洞窟の現状は聞いていたのでだいたいの事は把握出来ている。


 あとはその超級の魔物・・・・・とやらが何処へ消えたのか? 魔力の残滓を追い、その原因を突き止める必要がある。


「ルージュ。それでその、氷魔神コキュードスって危険な魔物なんですよね?」

「ええ。常時垂れ流す魔力だけで一国を氷漬けにしてしまう程の魔物です。グレイス様が封印していなければ、今頃シルヴァ・サターナもアルシュバーン国も、世界は氷で覆われていた事でしょう」


 魔王の手に負えない氷の神様。グレイスが直接手を下し、相手が弱まったところで何重にも及ぶ結界を巡らせ、封印の洞窟最奥へと封印したんだそう。


「でもそれだけ厚い結界で覆った封印が、簡単に解けるものなのかしら?」

「それは我々も疑問に思っていたところです。そもそもグレイス様の結界がある以上、魔族は洞窟の最下層へ辿り着く事すら許されないのです。結界の中は本来空間転移も許されない場所。誰が何の目的で、一体どうやって封印を解いたのか」 


 最下層へ続く回廊手前、侍女部隊のメイド達が結界らしきものの前に立ち、何やら様子を窺っているようだった。成程、闇の魔力を基礎にした結界ね。中級程度の魔族じゃあ打ち破る事も難しいだろう。わたしを呼んだ理由がだいたい分かった。グレイスなら簡単に壊せるんだろうけど、そうしない理由も。


「入口が塞がっているということは、内側から・・・・封印が解かれた可能性があるってことよね?」

「そうですね。ですからグレイス様は、闇の魔力を相対する属性の同等レベルの結界で中和する・・・・事で、結界を壊す事なく中へ入る術が最善であると考えました」


 それが出来る一つの可能性――


 ――魔回避維持結界ソーシャルディスタンス


 いいわ、やりましょう。


 侍女達を結界の前から離し、ゆっくりと結界の前へと近づく。闇の魔力とわたしが纏う聖の魔力。そのまま近づけばぶつかり合う事で結界は消失してしまう。そうならないよう、わたしの纏う魔回避維持結界ソーシャルディスタンスと闇の結界が重なる部分より、聖の魔力を闇の魔力へゆっくりと流し込み、相殺していく。プラスとマイナスを重ね、ちょうどゼロにする要領ね。


 そして、扉を創るかのように、結界に人が一人入れる位の大きさの穴が空いた。


「わたしが通った後、穴はすぐに閉じます。急いでください」


「フレイ、グレンダ、レイク。我に続きなさい。残りは此処へ待機。結界に異常があればすぐに報告する事、以上」

「「「御意」」」


 わたしが結界の中へ入った後、ルージュが侍女部隊へと指示を出す。橙色、鳶色、水色、それぞれの髪色をしたメイド三名がルージュに続く。纏っている魔力からして、どうやらこの三名は上級以上のレベルらしい。


 結界の中へ入った瞬間、背筋の凍るような寒気が全身を襲った。コキュードスが持っていた瘴気に満ちた空間。生身の人間では通常入る事すら許されない場所。


 途中、結界の障壁を中和し、最下層へ向けて降りていくわたし達。中継地点となるよう、一箇所ドーム状の結界による安全地帯も準備しておいた。万が一命の危険が及ぶ場合に遭遇した場合も、これなら安心だ。


 そして、最下層手前、最後の結界があると言われる扉の前。かつて、何かの儀式に使われたかのような大広間。巨大な槍を持つ氷像と、数十体の真っ白な狼がわたし達の来る事を予測していたかのように待ち構えていた。


「どうやら歓迎はされていないみたいね」

「アップル様、この程度の相手、我々で充分です。アップル様は最下層へ向け、力を温存しておいてください」


 わたしが戦闘態勢へ入るよりも早く、わたしの前へ真紅色ワインレッドの髪を靡かせたルージュが立つ。その横にはフレイ、グレンダ、レイク。成程、どうやらこの子達に任せても問題なさそうだ。


「さぁ、獣の子ら。我が相手をしてやろう」


 右手にパラソルを持ったメイド・ルベルのルージュが氷の狼達へ牙を剥く――

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