目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
五十四.どうやら何かの陰謀が動いているかもしれません

 グレイスの予期せぬ発言に驚くわたし。彼が言う余の国とは……つまり彼が統治している国の事をきっと指しているのだろう。


 最近あまりにも普通に接して居るが、グレイスの正体は、魔族の国シルヴァ・サターナを統べる魔王――グレイス・シルバ・ベルゼビュートなのだ。


 レヴェッカは電話の相手を察してか、わたしへアイコンタクトしたあと、空になった紅茶のカップを下げ、キッチンへと戻っていった。


「二度は言わぬ。アップル。余の国シルヴァ・サターナへ今すぐ来て欲しいのだ」

「いや、二度言ってますよね? グレイス」


 サンクチュアリのアプリ内でグレイスとデート (?) のようなものをしたことはあるのだけれど、直接魔族の国へ出向くとなると話は色々と変わって来る。


 まぁ聖女とは言え一度は追放された身だし、魔族の国と言っても現在は国同士で敵対している訳ではない。お忍びで行くなら問題はないと思う。


 でもあのサンクチュアリでの出来事があった後での魔国への招待。意識するなという方が難しい訳で。


 と、わたしが脳内で色々と考えを巡らせていると……。


「何か勘違いをしていないか?」

「え?」


「アップルを妃として迎え入れる準備として招待する訳ではないぞ?」

「へ? そうなの?」


 どうやらわたしの早とちりだったみたい。ホッと胸を撫で下ろすわたし。じゃあ、グレイスはどうしてわたしに来て欲しいんだろう?


「まぁ、アップルがそこまて望むならそのまま魔国で婚礼の儀式を挙げてもよいが?」

「いやいやいやグレイス! 目的が違うんだったら早く本題に入ってください」


「そうか、まぁ良い。今から執事のフォメットをそちらへ送る。アップルはフォメットの空間転移でシルヴァ・サターナのある洞窟へ向かって欲しいのだ」

「洞窟? どうしてわたしなんですか?」


 グレイスからの説明によると、元々その洞窟はシルヴァ・サターナの僻地にあり、超級の魔物を封印していたらしい。しかし最近、封印していた魔物の魔力と瘴気しょうきが一瞬にして消失したらしい。


 いま、四天王の一人であるルベルのルージュさんが調査をしているそうなんだけど、もしかすると、誰かが意図的に封印を解いた可能性があるんだそう。しかも、その解いた人物が……。


「成程、アルシュバーン国の誰かの可能性があるという訳ね」


 しかし、どうやって魔国の奥地へ転移し、封印を解いたのか? しかも、何の目的で? 


「超級という事は相当危険な魔物という事になるのよね?」

「嗚呼、魔力量では余と並ぶ程だな。そろそろ時間だ。魔物の詳細は現地へ向かう道中でフォメットから聞いて欲しい」

「え、ちょっと!」


 わたしが話すよりも早く、グレイスとの通信は切れ、わたしの背後に漆黒の渦が出現し、動物の頭蓋を頭に被ったフォメットさんがその場に顕現する。恭しく一礼した魔王様直属の執事。


 サンクチュアリアプリ内では人の良いお爺ちゃん姿であった名無しの執事さん。しかし、今は闇の魔力を押さえているものの、魔王の執事として歴戦を積んだであろう、圧倒的な威圧感が毛穴の隙間から滑り込んで来るようだ。


「アップル様、お迎えにあがりました。現地のルージュ様と合流致します」


 常時発動の魔回避維持結界ソーシャルディスタンス。一定の距離を保った状態で、フォメットさんが漆黒の渦へとわたしを促す。


「すいません、少しだけ。メッセージを送る時間をください」

「承知致しました」


 危険な場所へ向かうため、緊急事態に備えて、メッセージを送っておく。有事にわたしが一番信頼を置く存在。勿論それは……シスタークランベリーだ。


 今は他のシスターの子達とお風呂に入っている頃だろうか? メッセージはすぐ既読にはならない。明日の朝までには戻ると伝えておいたので、きっと大丈夫だろう。


「あとはレヴェッカにどう伝えようか……」

「レヴェッカ殿には申し訳ないが、ソファーで眠って貰っております」

「あ、そうなんですね」


 まぁ、そうか。今のフォメットさんは明らかに魔物の姿。レヴェッカに見つかったら大変な事になるのは目に見えてるものね。ごめん、レヴェッカ。


 キッチン横の部屋、ソファーで気持ち良さそうに眠っているレヴェッカへそっと毛布をかけてあげて、わたしはフォメットさんの元へと戻る。


「お待たせしました。参りましょうか」

「アップル様、よろしくお願い申し上げます」


 そして、わたしとフォメットさんは空間転移で魔族の国――シルヴァ・サターナ奥地にある封印の洞窟前へと移動したのでした。




 わたしがカスタード国メロンタウンの教会より、シルヴァ・サターナへと移動しているまさにその頃、アルシュバーン国のとある一室にて、とある人物が誰かと会話していた。


 灯りの下で煌めく緋色の髪。髪と同じ燃えるような炎を宿したような眼差しで男が見つめる先には蒼髪翠眼そうはつすいかんの青年。


「お前にしか頼めない仕事だ。やってくれるか、ブライツ」

「ですが兄上。そんなに一大事なら何故俺一人へ頼むんです?」


「お前は先日、黒竜から国を救ってくれた英雄だ。西の森で消失した騎士団員。皆、中級〜上級レベルの者ばかりだ。ならば、討伐出来る可能性がある人物は、ジークかブライツ。お前達しか居ないだろう?」

「……行くしかないみたいですね」


 あくまで表情を崩さず、ブライツは兄へ返答する。部屋には居る人物は二人のみ。アルシュバーン王国第一王子――アルバート・ロード・アルシュバーンと、第二王子――ブライツ。ブライツはアルバートに自室へと呼び出されたのだ。


「ただし、深追いはしなくていい。お前達二人で対処出来ない相手と分かれば違う手段を取る。私は、この国で一体何が起きているのか知りたいだけだ」


 どの口が言うとブライツは思った事だろう。幾らいつも直情的なブライツでも、眼前に居る兄が黒幕である可能性をわたし、アップルから聞かされている以上、警戒しない訳がないのだ。


 もしかしたら、また罠かもしれない。だけど、上級以上の魔物が潜伏する可能性がある以上、対処出来る人物は確かにジークとブライツしか存在しないのだ。


(いざというときは、アップルのところのワンころを借りるしかないか。あとでメッセージでも送っておくとしよう)


 わたしのペットである聖獣グリフォンホワイトの姿を想像しつつ、断る選択肢がないと判断したブライツは、兄からの依頼を承諾するのだった。例えそれが、罠である可能性があると分かっていても――


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?