目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
五十三.身近なところで色々と問題はあるみたいで。

 サンクチュアリアプリでのアデリーン令嬢歓迎会は無事に終わりを迎え、何事もなく数週間ほど経った。


 今まで気に入らない事があると、周囲へ辛辣な態度を取っていたアデリーン令嬢は、少し傲慢な態度が見え隠れする部分には変わらないが、物腰は以前とは見違える程に柔らかくなった気がする。


 悪役令嬢の仮面を被り、そう振る舞うよう侯爵家が、周囲の目が彼女へそうさせて来たのだ。今は家柄という縛りも、貴族社会という階級もない。


「さすがリーンちゃん♡ テーブルも女神像もピッカピカだぁー」

「令嬢たるもの、このくらいやれて当然ですわね」


 女神像を布でピカピカに磨き上げたアデリーンが額の汗を拭いつつドヤ顔を決めている。修道女達はアデリーンのことをリーンちゃんと呼び、身分関係なく互いに仲良くやっているみたい。


 悪役令嬢の仮面も侯爵令嬢の身分も、全てを脱ぎ捨てた今、修道院は彼女にとって自由に羽根を伸ばす事の出来る空間なのだ。


 午前中のテレワークを終え、アデリーンの様子が気になって彼女がお掃除をしている礼拝堂をのぞいてみたのだけれど、心配は杞憂に終わったようだ。


 さてさて、わたしはと言うと、ロレーヌ侯爵家が国外追放されたあとも、民からの相談事を懺悔室で聞き、聖女として導いてあげるお仕事を続けている訳で。


 ロレーヌ侯爵家失脚のあと、ポムポム領は第一王子自ら改革へ乗り出しているようだった。


 領主であるバルトスの懐へ脂肪と共に入っていた市民税は廃止し、他領同様の国税や貴族税へと統一。市民の不満が溜まらないよう、争い事が起きればすぐに分かるよう、騎士団直轄の出張詰所を設置したそう。


 本来ポムポム領には神殿はなく、小さな教会しかないため、第一王子としては恐らく、神殿の影響を受けない内に手を回そうと言った考えなのであろう。


「まぁ、手を回したところで、お散歩ついでにポムポム領の皆さんも最近は神殿へ足を運んでいるから意味はないんでしょうけど」


 民衆の言葉よりも自身の利権しか考えていない人間では、本当の意味で民を導くのは難しいのでしょうね。


 ポムポム領の民は、王都であるお隣のフルーティ領までお散歩がてら半日コースで神殿へと出向いているのだ。まぁ、ポムポムで圧政から民を救うべく、ウーパールーパーイーツやママゾン流行らせちゃった事で、王家の知らないところで神殿の評価は鰻登りだったりするからね。


 そんなこんなで、特に大きな問題もなく、テレワークは順調だ。あとはアルバート第一王子がどう動くか……だけど、今のところは怪しい噂なんかもない。むしろ表向きには民の信頼も厚い王子。中々尻尾は出さないでしょうね。


「本日もお疲れ様でした。ワタクシは神殿の仕事がありますのでこれにて。また明朝回線を繋ぎます」

「あ、待ってクランベリー。今度のお休み、サンクチュアリのカフェでお茶しない?」

「いえ、申し訳ありません、アップル様。今度のお休みは予定があるので失礼します」

「え、あ。そう……じゃあ仕方ないわね。今日もありがとう」


 魔法端末へ向け、一礼をするクランベリー。すぐに回線は切れ、真っ暗になった画面にはわたしの顔。お仕事も特に問題なく順調な筈なのに、なんだか疲れているような気がする。


「アップルーー、お疲れ様ーー! あれ、どうしたの? なんだかボーっとして」

「あ、レヴェッカ。なんでもないの」

「さては、王子と喧嘩でもした?」

「んな訳ないでしょ? って、王子と喧嘩って、王子とは何でもないんだからね!」

「はいはい」


 アデリーン令嬢の歓迎会以降、クランベリーの様子が明らかにおかしい。いつもなら、わたしとの会話も鼻を押さえつつ、大袈裟なリアクションで返してくれる彼女。最近はただただ淡々と仕事をしているような印象だ。やはり、あのとき、アデリーンの告白シーンを目撃したことが影響しているのだろうか?


 でも、どうしてクランベリーが気にする必要があるんだろう。わたしがそんな事を考えていると、レヴェッカがわたしの机に紅茶の入ったカップを置く。


「うちで採れた葡萄の皮で作った葡萄の紅茶よ。悩む聖女なんて、アップルらしくないぞっ!」

「ありがとう」


 レヴェッカが淹れてくれた葡萄の紅茶で心を落ち着かせる。両手でカップを持ち、ひと口含む。葡萄の甘い香りが口の中へと広がっていく。


 クランベリーにレヴェッカ。神殿に勤める神官の子に、修道院の修道女シスターの子達。わたしは色んな人に支えられて此処に居るんだと実感する。


「美味しい」

「やったね」


 わたしがレヴェッカへ顔を向け微笑むと、彼女も満足そうな表情に変わる。そして、彼女の口から発せられる次の言葉にわたしは思わず噴き出しそうになる。


「で、クランベリーと何かあった?」

「ウグッ……コホッ、コホッ」

「ちょっと大丈夫、アップル」

「ゴホッゴホッ、……大丈夫……よ」


 わたしのその様子にわざとらしく溜息をするレヴェッカ。どうやら此処最近のわたしとクランベリーのやり取りを遠目で見つつ、様子がおかしいことに気づいていたらしい。


「何かあったの? あったとすれば、チェリーちゃんの歓迎会のとき?」

「うん……まぁ……」


 アデリーン令嬢のプライバシーもあるから伏せておいたのだけれど、当の本人は魔法端末でジークと会話もしている様子をルームメイトに見られたらしく、以来あまり周囲へ隠していない様子となっている。


 今更隠すも何もないかと思ったわたしは、レヴェッカへ歓迎会でアデリーンとブライツとジーク、三人の会話を目撃した話を告げる。話している途中から、何故かレヴェッカも、全てを悟ったような表情へと変わっていった。 


 話し終えたあと、ひと呼吸を置いて。


「そう……クランベリーも一緒だったんだね」

「うん。それで彼女。わたしの様子を見て走り出してしまって」

「そりゃあ……そうなるわね……(人から恋愛相談なんかもいっぱい受けてるでしょうに。自分の事になると聖女さまは鈍感なのね)」

「え? 何か言った?」

「ううん、なんでもないよ」


 途中レヴェッカが、小声で何か呟いているように見えたので聞き返すわたし。


「ま、クランベリーとサンクチュアリで話すタイミングがあったら私からもそれとなく聞いておくよ」

「ありがとう、レヴェッカ。助かる」


「それと、疲れてるでしょうから、温泉で全身マッサージしてあげるわよ」

「ありがとう、レヴェッカ。気持ちだけ受け取っておくわ」


 彼女と話した事で少し気持ちは落ち着いた。よくよく考えるとブライツ王子ともあれからあまりまともに話していない気もする。そう思った矢先、魔法端末タブレットへ秘匿回線着信の通知。ブライツ王子は自分から連絡なんて普段しないのに珍しい……なんて考えつつ端末を見ると……。


「あれ? 違う。王子じゃない。グレイスから? ……もしもし」

「アップル。単刀直入に言う。今すぐ余の国へ来て欲しい」

「え?」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?