「なんだか不思議ですわね。アルシュバーンでの生活も優雅に過ごしていた筈ですのに、人工の空と海が、こんなにも美しく感じる日が来るなんて、思いもしませんでしたわね」
岩場に腰掛けた
令嬢としての彼女の生活は、果たして満ち足りていたのだろうか? 気に入らない事があると、すぐ周囲へと当たり、その傲慢さが故に悪役令嬢と言われていた彼女。
侯爵令嬢として威厳を保ち、振る舞い続けるためには、常に世間の目に晒され続ける必要がある。もしかしたら、窮屈な生活を少しでも紛らわせるため、彼女はチェリーちゃんとして、サンクチュアリアプリへもう一人の自分を創り出したのではないだろうか?
いま、彼女はチェリーちゃんの姿ではなく、アデリーン令嬢の姿で、このプライベートビーチに存在している。そんな彼女の許嫁であるブライツ王子と幼馴染であるジーク。少なくともわたしよりもずっと前から彼女の事を知っている二人。
全てを曝け出したいま、彼女は二人へ何を語るのか。
「ブライツ、いえ、ブライツ・ロード・アルシュバーン。あなたはわたくしのこと、どう思っていますの?」
「おい、アデリーン。ジークも居る場で何を……!?」
あ、彼女とブライツ、ジークが座る岩場より少し離れた場所で、わたしとクランベリーは息を呑みつつその様子を見守っています。ブライツが首から下げている
嗚呼、女神クレアーナ様。これは決して
「ブライツ、わたしの事は気にするな。お前の素直な気持ちを言ってくれたならそれでいい」
「ジーク……お前……」
ブライツ王子は岩場から砂浜へと飛び降り、下顎に右手の指を添えたまま、三歩進んでニ歩下がる。唸り声をあげつつ、暫く逡巡するかのように繰り返す。
その様子を見ていたアデリーン令嬢が痺れを切らしたのか、岩場から飛び降り王子の前に立ち、背の高い王子の顔を見上げた。
「はっきり言ってくださって構いませんことよ?」
「アデリーン……俺は……」
やがて、覚悟を決めたのか、王子は彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ、彼女の両肩へと手を置く。
「俺にとってお前は許嫁であり、幼い頃から知る存在だ。一時はその……だな。確かにお前の猛烈なアプローチを正直嫌に思っていた事もあった。だが、最近はそれも無くなり、時折素直な振る舞いを見せるお前を可愛く思った事もあった」
「えっ……!?」
螺旋状のツインテールが跳ね、彼女の頬が一瞬紅く染まる。
「だけどな。俺には……すまん。俺には大切に想っている相手が居るんだ。彼女ともずっと昔から一緒で。俺は周囲には常に笑顔を振り撒き、不安な様子を一切見せず、一生懸命に生きる彼女を放っておけないというかだな。だから……」
「もう……いいですわ」
アデリーンの肩が震えている。真っ直ぐ見つめていた彼女は下を向いている。砂浜に滴が零れる。王子は華奢な彼女の肩を支えたまま、黙ってその様子を見つめる。
やがて、震えが止まった彼女へ王子が語りかけようとする。
「アデリーン。すまない、お前の気持ちには……」
「何を言ってますの? あなたとの婚約だなんて、こっちから願い下げですわよ! ま、わたしはどの道追放された身ですし、婚約は既に破棄されてますわよね?」
「アデリーン……お前……」
彼女を慰めるかのように王子が肩から背中へ腕を回そうとするが、その手を払ったアデリーンは彼へと背を向ける。そして……。
「わたくしという極上の女を振ったんですもの。わたくし以上の女と結ばれないと、許しませんことよ」
「嗚呼、約束する」
王子のその言葉を聞いた彼女は、岩場でその一部始終を見ていたもう一人の男へと視線を向ける。満面の笑みを見せながら。
「ですってよ、ジーク。あなたはどうするの?」
「ふっ。そうだな。という事は、今宵姫は、自由の身になったという訳だ。ならば、英雄として、わたしは姫を生涯護る騎士として立候補しなければかな?」
「は? ジーク、今なんて?」
ジークのその言葉にいち早く反応したのは誰であろうブライツ王子だった。幼馴染とは言え、恐らくジークがアデリーン令嬢の事を想っていた事実を知らなかったのだろう。
しかもあろうことか、アデリーン令嬢は、ジークの方へと向き直り、岩場から降りたジークはアデリーンの前に片膝をつき、彼女の手にキスをしたのだ。
「ジーク・ヤマト・グランフォードは、騎士として、男として、アデリーン・チェリーヌ・ロレーヌを生涯護ると誓います」
「認めましょう。わたくしは暫く修道院で
「嗚呼、勿論」
そのままジークの手を引くアデリーン。立ち上がるジーク。そして、二人は自然と惹き寄せられるかのように近づいていき……。
「待て待て待て待てぃーー! お前等、いつの間にそんな関係になってるんだぁああああ!」
いつの間にか急展開に置いていかれた王子が思わず叫び、突っ込みを入れる。流石空気を読めないところはブライツ王子。と、わたしは心の中で彼へ突っ込みを入れていたのだけれど。
まぁ、これで
「もう、宜しいのですか?
「ええ、行きましょう、
ええ、これ以上は流石に居た堪れないし、彼女はもう大丈夫だしね。去り際、わたしは胸の当たりへ手を当てていた。おかしいな。アデリーン令嬢の無事を見届けただけなのに、どうしてこんなに……。
「
「えっ、あ。
声をかけられ、我に返る。クランは笑っているが、心無しか寂しそうな、そんな表情に見えた。
「
「あ、クラン、待って!」
高鳴る胸を押さえつつ、