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四十七.クランベリーが色々動いてくれるようです

 その日、わたし――アップルとの通話を終えたクランベリーは魔法端末を渇いた布で磨きつつ、今後のことを思案していた。


 尚、神殿の魔法端末タブレットには、敵からの攻撃から備える防護コーティング機能と、盗聴や、魔法回線への外聞からの侵入を防ぐ防魔アンチマジック機能が備わっている。


 よって、クランベリーが魔法端末を床へ落とそうが、今回のようにラズベリージュースを思い切り吹き掛けようが、全く持って無事なのである。


「それにしても驚きました。まさかアデリーン様をサンクチュアリへ招待するお話になっているとは……」


 アデリーン令嬢の追放先が修道院だったという事実は、わたしが彼女へ報告していた。が、まさかアデリーンを歓迎するために、サンクチュアリアプリへ招待する話になるとは思ってもみなかったのだ。


 尚、補足だが、このときはまだサンクチュアリアプリ内でお友達になっているチェリーちゃんが、アデリーン侯爵令嬢だという事実をクランベリーしか知らない訳で、MRマジカルリアリティーというアプリの世界とはいえ、アデリーン令嬢がなぜだか宿敵ライバルとして敵視していた聖女とお友達であったなんて事実を知ってしまったなら、それこそ発狂ものでトラブル必至な訳で。


 クランベリーとしてはチェリーちゃんとみんなの仲が壊れないよう配慮しつつ、アデリーン令嬢の心を解きほぐす必要があると考えているようだった。


『クランさーん、チェリーですーー。すいません、最近ご無沙汰で。ちょっと現実世界で色々ありまして……』

『お元気でしたらいいのですよ、チェリー様。それより、どうかされたのですか?』


 そう、クランベリーはサンクチュアリ内で、チェリーちゃんから恋の相談を初め、現実のお話も相談を受けている仲なのである。


 わたし、アップルとの魔法回線を切ったあと、クランベリーは早速サンクチュアリアプリを立ち上げ、チェリーちゃんへ連絡を取ってみたのだ。


『実はですね、最近家がお引越しを致しまして、その流れで……わたくしは修道院へ入ることになったのです』

『成程、それは大変でしたね。チェリー様もお年頃、花嫁修業か何かですか?』

『かっ……花嫁……もう、クランさんまで恥ずかしいですから。修道院の皆様もみんなそう仰るんです。もう違うのに……』


 サンクチュアリのチャット機能ではアプリ内での彼女の顔が画面に表示されており、現実での感情や動きを感知して、顔の表情が変化するようになっている。


 ちなみに羞恥心でいっぱいのチェリーちゃんは、頬を赤らめた表情をクランベリーへ見せていた。チェリー=アデリーン自身から話題を出してくれたのはクランベリーにとって好都合だった。彼女の環境変化に対する今の心境を聞き出すチャンスかもしれないのだ。


『修道院となると、慣れない生活で中々大変でしょう?』

『朝も早いですし、与えられたお仕事は大変ですが、修道院の皆さんは優しくしてくれるので大丈夫です。ただ……』

『ただ?』


 チェリーちゃんが何かを考えているような表情へ変化する。ひと呼吸置いて、チャットの文字が表示される。


『わたくしはこうみえて貴族の出でして……。人との距離感というか、接し方が分からず、ついきつく当たってしまうのです。ですから、サンクチュアリアプリではこうして皆さんと素の自分というか、いつもと違う自分になれるのが嬉しくて』

『そうだったのですか。チェリーちゃんも色々ご苦労されていたのですね』


 彼女の心中を察するクランベリー。いつも高飛車で傲慢な態度を取り続けていた侯爵令嬢。同じく傲慢な父に育てられた彼女は、皆の前でそんな仮面を被っていたのだろう。チェリーちゃんは続ける。


『修道院という新たな場所での生活は、大変ですが、わたくしの今後を見つめ直す機会だとは思っています。ですが、どうすればいいのか分からなくて……』

『どうもしなくていいのですよ?』

『え?』

『だって、チェリー様はこうしていつも、わたしたちと素の自分をさらけ出してお話してくれているではありませんか?』

『それは……クランさんが優しい人だから……わたくしにとって恋愛の師匠ですし』


 そう、クランベリーは知っている。彼女は追放された身なのだ。もう、世間から疎まれるような悪役令嬢を演じ続ける必要もない。


『チェリー様。恋と一緒ですよ。仮面を被ったままで相手と接していては、心から向き合う事なんて出来ません。例えば凄く苦手と思っていた相手でも、素で話すと違った一面が見えるかもしれません。一歩踏み出さずにただ逃げてしまっては、冒険は始まる事すら許されない。そんな物語の主人公、チェリー様は嫌でしょう?』

『師匠……』


 敢えて苦手な相手の例を引き合いに出す事で、脳裏にアップルの姿を思い浮かばせるクランベリー。その真っ直ぐな言葉は、確かに彼女へ響いたようで。


『ありがとうございます、師匠。少しどうするべきか、見えた気がします』

『お力になれてよかったです』


『師匠、もうひとつご相談いいですか?』

『ワタクシで良ければ相談乗りますよ?』


『えっと、お引越しした関係で、好きな人と連絡取れなくなってしまって……実は国を跨いでのお引越しで、連絡出来なくなってしまったんです』

『それは大問題ですね……』


 国家反逆罪により、アデリーン令嬢は、国外追放恐らく王家の者と直接連絡をしてはいけないようになったのだろう。実際、わたし――アップルも、王子が毎回神殿に来て、クランベリーの端末を通じてあくまで王子が・・・・・・・直接話に来ていただけなのだ。


『はい、それだけならよかったのですが……』

『まだ他にも何かあるのですか?』


『いえ、実はですね。お引越しの前、わたくし、魔物に襲われかけた事がありまして』

『え? それは大丈夫だったのですか?』

『ええ、実は騎士をやっている幼馴染が助けてくれたので。ただ、それ以来、夢に出て来るんです。今迄気にした事もなかったのですが、わたくしには好きな人が居るのに……』

『それってまさか……』

『わからないんです。どうして胸が高鳴るのですか? 好きな人から連絡が来た時とはまた違うんです。なんか胸がドキドキして、何かが溢れてくるような……』


『チェリー!』

『はい!』


『今からMRマジカルリアリティー機能で逢いますわよ! 善は急げです』

『えぇ!? でも、修道院の就寝時間が……』

『そんなものベッドに潜っていたならどうとでもなります! このままときめいている乙女を放っておけません! それに、そんなんじゃ夜も眠れないでしょう? 恋する乙女の夜間遊泳ナイトクルージングをしますわよ!』

『は、はい、師匠! わかりましたわ!』


 恋のアンテナに敏感なクランベリーが、聖女の知らぬ間に色々動き出したのである――


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