修道院の朝は早い。
そのあと皆で修道院のお掃除。女神信仰の聖典を読み上げたあと、お昼のお祈り、昼食。
午後は少しの自由時間と、教会の神官からの教えを乞う時間。此処でレヴェッカが、聖地巡礼の時のお話や、クレアーナ教の教え話すため、修道院へ出向くらしい。このとき、治療に使う聖属性魔法や回復薬の作り方なんかも教えてるんだそう。教会には自給自足出来るよう、畜産場に加えて菜園もあるのだが、この菜園ではレヴェッカ特製のハーブまで作られており、ハーブと魔法を駆使する事で、簡単な毒消しや、回復薬を精製出来るんだそうだ。
回復薬精製は聖女のわたしですら普段やってないのに、レヴェッカは聖地巡礼に選ばれた神官だけあって、出来る女の子と言えるのだ。
日替わりで、将来に役立つお料理やお裁縫なんかも午後の時間で
夕方のお祈りを終えたあと、みんなで夕食。少しの自由時間のあと、交替でお風呂に入って、日誌を書いて就寝という流れになる。ちなみに教会の奥にある天然温泉へ、見習い
そうそう、わたし、アップルはあくまでレヴェッカの居候なので、神殿のテレワークが主なお仕事。ミサがある週末はお休みだし、ある程度自由にさせて貰っている。レヴェッカは教会での仕事が主なので、見習い修道女の方がむしろ忙しいかもしれない。何せ此処は田舎の教会。礼拝に来る民なんて、一日一人~二人くればいい方で、人が集まる日は週末のミサの日くらいのものなのだ。
さてさて、ここまで前置きが長くなってしまったが、何が言いたいのかと言いますと、サンクチュアリアプリ内で『アデリーン令嬢歓迎会』をやるにしても、見習い
毎週末、ミサがある
まぁ、かく言うわたしも、神殿に居る時は、一年三百六十日休まず働いていたため、サンクチュアリアプリ内の水着イベントとか、ましてや誰かとデートなんて、考えもしなかった訳で。こうやって、ゆっくり自分の趣味と向き合う時間も出来たからこそ、時間は有限、毎日を大切に過ごさなきゃいけないなと思うようになったわたしなのである。
「アデリーン令嬢は、文句を言いながらも頑張ってるよ」
「そう、それはよかった」
レヴェッカの作ってくれたホワイトシチューを食べつつ、彼女から修道院でのアデリーン令嬢についての報告を受ける。
今日はテレワークでほぼ一日を終えたわたし。わたしより教会と修道院とを行き来しているレヴェッカの方がアデリーン令嬢と接触する機会は多いのだ。
「でも……」
「何か気になるところがあった?」
「アップルから聞いていたイメージの彼女なら、不平不満を声高々にあげて、周囲へアピールするんだと思うのだけれど、文句を言いつつ、寂しそうな表情を見せているような時がたまにあって……」
「そう……」
それはやはり、国から追放されて、王子との婚約も解消となった辛さや、今迄近くに居た者が居なくなった事による寂しさから来ているのだろうか?
世間から悪役令嬢と言われても自分の存在を誇示していた彼女からすると、そんな心の弱い部分を一瞬でも見せていること自体、想像つかないのだ。
「やっぱり早急に作戦を実行すべきね」
「ああ、水着イベントの件よね! 元婚約者であるブライツ王子様にも協力取り付けたんでしょ? 流石、聖女様よね~」
と、感心した様子のレヴェッカ。いや、王子はただわたしの水着姿に釣られただけとはいいづらいわね。まぁ……此処は王子の面目を保ってあげるとしましょう。
「昨日お昼にクランベリーへも協力を仰ぐ予定だったんだけど、ちょっと来きゃ……じゃなかった別の者とやり取りしちゃってたから、この後魔法回線を繋いで話しておくわ」
「アップル、了解。クランベリーさんにもよろしく伝えといて!」
アデリーン令嬢の幼馴染であるジークと、あとはそうね。アプリ内のお友達である、
晩御飯を食べたあと、お風呂へ入る前に自室へと戻り、クランベリーへ連絡をする。魔法端末で回線を繋ぐと、いつもの元気そうな声が聞こえてくる。
「クランベリー夜にごめんね、いま大丈夫だった?」
「勿論です! アップル様からの
なんなら、魔物が襲って来ていようが、お風呂に入ってようがいつでも問題ございません!」
魔物に襲われていたら流石にそれどころじゃない気もするが、それはさておき、先日の昼は自宅への
改めて謝罪した上で、彼女へ話を進める。
「アップル様はただでさえお忙しいんですから、ワタクシヘ謝る必要はございません故!」
「ありがとうクランベリー。でね、話というのが、アデリーン令嬢の件なんだけど」
「その件だと思っておりました」
アデリーン令嬢が修道院へ来た件は、予め報告はしていたのだ。アデリーン直属のお付きから彼女の事を頼まれたという話も。
「自身を追放した張本人に愛の手を差し伸べる……嗚呼、アップル様、あなたはどうしてそんなにも聖女様なのでありますか?」
「なんか、似たような事をレヴェッカにも言われたような気がするわ」
またクランベリーが斜め上を見上げつつ、演技じみた事を始めようとしたので、『まぁまぁ落ち着いて、ハーブティーでも飲んで』と薦めておいた。
「承知しました。ハーブティー飲みます。飲みまくります!」
机の上に置いてあったハーブティーを口に含む彼女。先日わたしが送ったラズベリーの茶葉が神殿へ届いたらしく、ラズベリーティーを早速淹れていたみたい。
わたしは簡単に追放直後で寂しい想いをしている可能性があるアデリーン令嬢の歓迎会を開きたいんだという旨を伝える。それはいいアイデアだとクランベリーも肯定し、頷いてくれた。
「でね、その歓迎会をね、サンクチュアリアプリでやりたくて! 彼女、アデリーンをサンクチュアリへ招待しようと思うの!」
わたしがそう告げた次の瞬間――
「ブフォオオッ!」
「え!?」
クランベリーが盛大に口へ含んでいたラズベリーティーを噴き出し、魔法端末の画面へ薄紅色の液体が降りかかったのだった――