翌日、アデリーン令嬢をサンクチュアリへ誘おう作戦はひとまず置いておいて、お仕事の準備をする。
ただし、もう暫くは元々神殿へ通って下さっていた皆様の予約が入っていたため、〝国民全体へ聖女がテレワークをやってます〟と公開するのは、もう少し先の話になりそうだ。
ブライツに探って貰っては居るものの、アルバート第一王子の動きがまだ分からない点も気になるのだ。王家としては聖女が冤罪であると公表した以上、神殿の動きとしてわたしが出て来る事は必然。つまり、わたしの動きも必ず見て来る事は間違いないだろう。
そもそも王子はどこまで知っているのか? 元魔王直轄四天王――
一切の証拠を残さず、この国の表だけでなく、裏も掌握しようとしているのかもしれない。
「アップル様ぁああああああ! 暫くお話出来てなかったので、クランベリーは、クランベリーはぁ、寂しゅうございましたぁああああ」
「おはよう、クランベリー。クーデター事件直後で暫くお休みだったものね。今日から改めてよろしくね」
「はい、勿論です! 全力でアップル様をサポートします故。……あ、久し振りのご尊顔が眩しすぎて、鼻から血が……」
「ちょっと、大丈夫!?」
どうしてわたしの顔を見ただけで鼻血が出るのか、遠隔で回復魔法をかけましょうかと提案すると、『そんなことをしたら昇天してしまうので、やめてください』と言われました。クランベリー、あなたはアンデットか!? と思わず心の中で突っ込みを入れたわね。
「あ、そうそう。こないだクランベリーが送ってくれたラズベリーで、ラズベリーティーの茶葉を作ったのよ。今度レヴェッカが作った野菜と他のハーブティーと一緒にそっちにも贈るわね」
「ありがとうございます。その野菜とハーブティーで一ヶ月節約生活します! ふんすっ!」
「クランベリー、なんか鼻息が荒いわよ」
「通常仕様ですので、ご心配なく!」
「あと、今日のお仕事が終わったら、報告したい事があるのよ。時間取れる?」
「ええ、クランベリーの此処はいつでもアップル様のために空けておりますので、ご心配に及びません」
懐あたりを指して、空いてますよアピールするクランベリー。
いや、むしろ
騎士団長であるジークを以前
わたしが不在の状態でも、クランベリーを始めとするシスター達がしっかり神殿を守ってくれているため、わたしも安心して聖女としての職務を全う出来るという訳だ。
「そろそろ時間ね。今日もよろしくお願いするわね」
「承知いたしました。お昼休憩の時間になりましたらこちらへ参りますね」
クランベリーが最終チェックをして懺悔室から出ていく。
今日もわたしのテレワーク開始だ。
★★★
という訳で、午前中の業務は滞りなく終了した。
いつもの常連であるドリアンお爺さんの腰の治療は勿論のこと、わたしのアドバイスを実践したところ、なぜか百合っぷるが誕生した女の子が、晴れて友人から恋人となった女の子を連れて来たりもした。
リリンちゃんはドロップちゃんと一緒に住む家が見つかったらしく、引越しの準備をしているらしい。そういえば、何故かクランベリーにお礼を伝えておいて下さいとも言っていたわね。クランベリー、彼女達に何かしたのかしら? あとで聞いてみましょう。
一旦、通信回線を保留状態にし、食堂へ移動して、お昼ご飯を食べる。今日は、一日教会と修道院の往復で忙しいレヴェッカが朝からお弁当を作ってくれていた。持つべきものは同居人だ。
焼いた川魚にお米。お肉を丸めたお団子、卵焼きに緑色のビーンズ、ミニトマト。アルシュバーン国ではあまりお弁当という文化がなかったのだが、メロンタウンには異国との交流で取り入れた文化として根付いているらしい。
「凄いわね、まるでランチの宝石箱ね」
サンクチュアリ内で女子会したときも、慣れた手つきで野外でお肉を焼いていたし、彼女の料理スキルはかなり高いと思う。わたしも彼女が作る料理はいつも勉強になっている。
「テレワークとやらは順調か、アップル」
「ええ、ひとまずは無事に再開出来て順調よ」
「そうか、それはよかった。にしても、珍しいものを食しているな。それは何というものだ?」
「あ、これはお弁当って言うのよ。東洋の国から取り入れた文化らしいわ」
漆黒の外套を身に纏い、食堂の奥に立っている彼へお弁当を紹介してあげる。
「ちょっと
「余が突然現れても驚かなくなったな。流石、余の妃となる存在だ」
「だから妃じゃないですから……って、まだ諦めてなかったんですね」
「誰が諦めると言った? むしろアップルを迎え入れる準備は着々と進めているぞ?」
うーん、どうしたものか。魔族の国へ聖女が嫁ぐなんて聞いた事ないし、むしろ追放された事実も無くなった訳だし、まぁ、グレイスは悪い人じゃあないのは分かるんだけどね。魔王だけど。
「まぁ、わたしが作ったものではないですが、肉団子でも食べます?」
「うむ、戴くとしよう」
小皿へ肉団子を置いて、一旦テーブルの中央へと置く。椅子のある位置へとわたしが戻ったところで、グレイスが皿に置いた肉団子を手に取り、口へと放り込む。魔王が肉団子を食べるというこの光景だけで、なんだか貴重な気がするのは気のせいだろうか?
「美味いが、ドラゴン肉には劣るな」
「ドラゴン肉!? 流石魔王様ね。わたしは食べた事ないわ」
冒険者の間では、かなり希少な食材と言われているドラゴン。ドラゴンというだけでだいたい上級クラスな訳で。こないだブライツ王子がわたしのペットであるホワイト――聖獣グリフォンと倒した黒竜は聖なる力で肉体ごと浄化して消滅したみたいだったし。
「そうか? じゃあ余が今度ご馳走するとしよう。魔王城の庭にドラゴンは沢山飼っているからな」
「流石、魔王様ね……まぁ、考えておくわ」
ドラゴンを庭に飼っているって、番犬じゃあるまいし、魔王様は規模感が違う。いや、そんな話をしている場合じゃないのだ。眼前に何事もなく、魔王が居る訳で。何の用事かを尋ねる必要があった。
「で、グレイス。何か御用でしょうか? わたしも午後からお仕事があるので、お話なら手短にお願いしたいのですが」
「嗚呼、そのことなんだが、先日部下が起こした非礼のお詫びがしたくてな」
ん、この流れ。なんだか悪い予感しかしないぞ? グレイスは、テーブルの反対側に立った状態で両手をつき、真っ直ぐにわたしを見据えた状態でわたしにこう告げた。
「どうだ。またサンクチュアリ内でデートをすると言うのは?」