「……という話があったのよ」
「ねぇ、ブライツちょっと聞いてる?」
暫く向こうからの反応が無く、相手からの反応が頷いているだけの様子だったため、思わず彼の名前を呼ぶわたし。
魔法回線の通話相手はアルシュバーン国第ニ王子――ブライツ・ロード・アルシュバーン。わたしにとっては腐れ縁の幼馴染。
アデリーン侯爵令嬢が修道女として、やって来たこの日。アデリーンのお付であるブロッサムとの話を終え、晩御飯やお風呂を済ませたあと、一日の終わりにブライツへ連絡。こうしてアデリーンが修道院へやって来た件を伝えているという訳だ。
「勿論、聞いているとも。いやぁ、まさかアデリーン嬢が修道女になって、お前が居る教会の隣にやって来るとは予想してなかったな」
「……棒読みみたいな感想ありがとうね」
王子は何故か、所々で
「何よ、わたしの顔に何かついてる?」
「いや、そうじゃなくて……」
「言ってみなさいよ?」
「いや、これまでクランベリーの魔法端末を使って俺から神殿へ出向かないと、直接話すら出来なかったアップルが、俺の魔法端末と直接回線を繋いで、しかも楽しそうに話してくれている事に感動してしまってだな……」
「なっ……」
まるで温泉からあがったときのように、一気に身体中の熱気が顔へと集まって来る。部屋の鏡を横目で見るとわたしの顔は林檎色に染まっていた。
「そ……それは、アデリーン嬢はあなたの許嫁
「アップルよ……感謝する。今日一日の疲れがお前の笑顔で一瞬にして吹き飛んだよ」
「もうっ……回線切るわよっ!」
ラズベリーティーを一気に飲み干して、平静を保とうとするわたし。
わたしが回線を切る仕草を取ると、画面ごしのブライツが慌てて止めに入る。回線を切るつもりはなかったので、わたしは彼の様子に思わず噴き出してしまうと、ブライツが『よくも揶揄ったな!』と怒ったような表情を作っていた。
今迄彼からの通話は日々の業務報告であり、それ以上でもそれ以下でもないつもりだった。
でも、今は明らかに違っていた。彼の作る表情、声、仕草、この時間をもう少し共有していたいと感じている自分が居る。あのとき、彼を失いそうになったから? わたしの心の中で何か変化があったのだろうか?
なんだが不思議な気分だ。
「こっちも重要な報告があったんだが、今日はもう遅いし、明日も
「あら、マイペースで一直線な王子様が、いつ女の子に気遣う術を学んだのかしら? って、ありがとう。大丈夫よ、重要な報告なんでしょう?」
「嗚呼、アップル、
「え? それは?」
わたしにも関係している話とは何の話だろうか? 今回の謀略に背後で絡んでいる可能性がある第一王子の話だろうか? と思ったのだが、そうではないらしい。今のところ第一王子は目立った動きをしていないようだ。その内、何か動き出す可能性はあるため、ブライツとしても警戒はしているのだそう。
「いやな、今話題にしていたアデリーン嬢の事だ。まぁ、当然と言えば当然の事なんだが、アデリーン嬢と俺の婚礼の話は無くなった。王家として正式に
「あ、その話ね」
「ん? 知っていたのか?」
「さっき話したアデリーン直属のお付であるブロッサムから聞いたのよ。アデリーンを一人にするため、ブロッサムはメロンタウンより更に山を越えた先、グレープフィールドの修道院へと送られるみたい。彼女から、アデリーンの生い立ちや、苦労話。そして、国外追放された今日、王家からの正式に婚約破棄を申し渡されたって」
★★★
――アデリーン・チェリーナ・ロレーヌ
世間から悪役令嬢として疎まれていた彼女。そう自ら振る舞う事で貴族の令嬢としての立ち位置を築いていったのだという。
父、バルトス・ムーア・ロレーヌはアルシュバーン国の宰相であり、有力貴族の一人。しかし、子に恵まれず、ようやく産まれた一人娘がアデリーンだったのだそう。
ブロッサムさんは元々ロレーヌ家に仕えていた専属メイドで、幼い頃からアデリーンのお世話をしていたのだそう。
バルトスは娘を溺愛していた。と、同時に、自身の地位や名誉のためなら手段を選ばなかった。アルシュバーン王と密に繋がり、第一王子であるアルバート・ロード・アルシュバーンが少年の頃から彼に取り入る事で、現在の地位を得たのだと。
『アデリーン様は、自身の権威を見せつける父のやり方を見て育ちました。同年代の女の子と優しく接する事が表向きには出来なかったのかもしれません』
そう、ブロッサムさんは教えてくれた。そして、周囲からは悪役令嬢と影で呼ばれるようになったのだと。
彼女は今も悪役令嬢としての仮面を被っているんだという。
『聖女様……アップル様なら……もしかすると、彼女の心の奥底を覗く事が出来るかもしれない』
そう言うと、わたしの両手を握り締め、お願いをして来たのだ。わたしを追放した家の者としてお願いするには烏滸がましいと充分承知の上だと。その上で頭を下げたブロッサムさんは、涙を流し、わたしへアデリーン嬢をお願いしたいと。
★★★
「まぁ、そうお願いされちゃあ、聖女としても断れないわよね」
「アップル、お前の性格ならそうするよな。で、どうするんだ?」
「そうね……」
心当たりはあった。彼女が直接話す時に悪役令嬢としての仮面を被っているんだったら、直接ではなく、
「彼女が普段仮面を被り、面と向かって話せないんなら、サンクチュアリアプリを通じて話すってのはどうかしら?」
「成程。だが、アデリーンが素直に応じるとは思えないんだがなぁ。それに俺はあれ放置していて全くやってないぞ?」
それは知ってます。毎日サンクチュアリへインしているわたしですから。
まぁ、王子はアバターを作るだとか、毎日の水やりとか、ああいうの苦手だものね。
「ええ、だから私に考えがあるの。王子、あなたにもその時は協力して貰うわよ?」
「なんだと!? 待て。俺は婚約破棄した身なんだぞ? 今更合わせる顔もないだろう」
「まぁ、国として決めた事は動かないでしょうけど、彼女を前に向かせる事くらい出来るでしょう?」
「う~~ん……」
どうやら、あまり乗り気ではないらしい。
此処は……人参をぶら下げるか。
「そう言えば、レヴェッカから聞いたんだけど。今、サンクチュアリアプリ内で水着イベントやってるみたいなのよね。時間指定でビーチのエリアをレンタルすれば、プライベートビーチで遊べるらしいわよ? わたし、聖女だし、水着なんて普段着る事はないけど。ブライツが協力してくれるんなら、アプリの中で水着を着てもいいかなぁ~って」
「よし、是非とも協力しよう! 全力で! 嗚呼、全力で!」
大事な事なので二回言ったらしい。
このとき、王子が握った右拳は、魔法端末ごしでも分かるくらい力が籠っていたのは言うまでもない。