やって来た金髪令嬢が聖女であるわたしと知り合いだという事実に、周囲の修道女がひそひそと会話を始める。身体を小刻みに震わせたままのアデリーンは、右手を真っ直ぐに突き出し、わたしの顔を指差し続ける。
「質問に答えていませんわよ、アップル! どうしてあなたがこんな辺境の修道院へ居るんですの!?」
どうしてだと言われても、国を追放されたんだから仕方ないじゃないと言いたいところだが、わたしは軽く咳払いをし、アデリーンへ微笑みかける。
「どうしてって……今の
「なっ!?」
ちなみに聖女が国を追放されたという噂はメロンタウンの教会までは流れて来ていない。まぁ、むしろわたしが此処に居ながらにして、神殿のお仕事をしている事実を修道女たちは知っている訳で、昔わたしがレヴェッカと聖地巡礼をした関係で、神殿から女神の教えを伝えるため、わざわざ此処へ派遣されて来たという話になっているらしい。
よって、この場でわたしが追放されていたという事実を知っているのは、教会の神官レヴェッカと、アデリーン、そして、この修道院の長である、カマンヴェール修道院長の三名だけなのだ。
「そう、あなたを散々愚弄したわたくしを此処で嗤おうと言うのですね、その手には乗りま……」
彼女がそこまで言いかけたところで、わたしは右手を前に出し、彼女の言葉を制止する。そして、そっとアデリーンの横顔へ自身の顔を近づけ、彼女にしか聞こえない程度の声で囁く。
「此処に居る子達は修道院長と神官長以外、わたしやあなたが
「なっ……それは……」
「わたしに言いたい事はたくさんあるでしょう。言いたい事は直接言いにくればよいのです。時間はたっぷりありますから、この場は引いて下さいますか?」
「……仕方、ありませんわね」
そう言い終わるとわたしは、一旦アデリーンの傍から離れる。それまでの様子を静観していた白髪の女性がゆっくり前に歩み出る。年齢不詳の修道院長カマンヴェールは、この教会を建てた神官――レヴェッカの父と共に、修道院を作った女性らしい。
「ようこそいらっしゃいました。メロンタウン――ラクレット修道院、修道院長のカマンヴェールと申します。よろしくお願いしますね」
「アデリーン・チェリーナ・ロレーヌよ。言っておきますが、あなた方とは違い、わたくしはある国の侯爵令嬢なの。すぐに国へ還る予定ですので、そのつもりでいらっしゃい」
侯爵令嬢である事を自慢気に話すアデリーンだったが、修道院長は『そうでしたか』と微笑んだまま。アデリーンがその様子に眉をひそめるも、ゆっくりとした口調でカマンヴェールは言葉を続ける。
「此処に来る者は、過去も素性も身分も関係ありません。女神クレアーナ様の加護の下、皆平等に暮らしております。あなたもすぐに此処の生活に慣れますよ」
「なんですって!?」
侯爵令嬢と聞いても一切驚かない修道院長。それになぜか周囲の
『あ、あの……! 侯爵令嬢さんなんて初めて見ました! 握手してください!』
「え?」
小柄なシスター見習いの子が瞳を輝かせながらアデリーンの両手を握る。
『あ、ずるーい。わたしも握手したーい!』
『わたしもわたしも』
「なっ、ちょっと」
堰を切ったかのように押し寄せる修道女達。気づけばアデリーンを囲む修道女の輪が出来ていた。
『わざわざ侯爵令嬢さんがどうして修道院へ?』
「関係ないでしょう?」
『あ、もしかして花嫁修業』
『きっとそうだ! ねぇ、お相手はどんな人?』
「は、花嫁ぇええええ!?」
『あ、アデリーンさん、赤くなったぁああ』
『可愛いーー♡』
「ちょっと、待ちなさい。ち、違いますから」
『そうだ、今日一緒に温泉入りましょう』
『たっぷりお話を聞かせて♡』
「ちょっと、あなた、距離が近っ、待って」
完全に輪の外に居るわたしとレヴェッカからは、中がどんな様子かが見えなくなってしまっているのだが、これではまるで魔法学園へやって来た転校生状態だ。
「はいはい、皆さん。アデリーン嬢は長旅で疲れております。このあと私が施設を案内しますので、皆さんはお務めに戻りましょう」
修道院長が両手を叩き、止めたところでようやく修道女の輪が解散する。中から出て来たアデリーン令嬢は、まるで長く温泉に浸かっていたかのように顔を真っ赤に染め上げていた。
「……花嫁修業……わたくしが……花嫁……」
「うちの子達が失礼しました。施設をご案内しましよう。って、少し休んでからにしましょうか」
「花嫁……衣装……はぁ……」
何やら妄想に耽って心此処にあらずなアデリーンの手を取り、そのまま修道院の中へと入るカマンヴェール修道院長。わたしとレヴェッカの前を通りかかったところで、互いに会釈をする。あとはまぁ、修道院長へ任せておけば問題ないだろう。
嵐が過ぎたあとのように修道院の前に静寂が訪れる。残ったのはわたしとレヴェッカの二人だけだ。
「ねぇ、もしかして、あの令嬢さんって、アップルを追放したっていう……?」
「流石にレヴェッカは気づくか。そうなの。でも結果的にあの子は父親の言葉を信じていただけで黒幕は他に居たみたい。だから、あの子を悪く言わないであげて」
「そうだったの。あなたを追放した子だというのに、アップルは優しいのね」
「そこで感情的になって争っても何も生まれないわ。これはきっとクレアーナ様があの子とちゃんと話す機会を創ってくれたんだと思うわ」
「聖女様が言うのならそうかもしれないわね」
修道院の前で、わたしとレヴェッカが話していると、アデリーンを乗せた馬車からもう一人、誰かが降りて来た。アデリーンのお付きの人……だろうか? 白と黒の清楚な王宮メイドのような格好した黒髪の女性は、ゆっくりとわたしの前へ近づいて来る。そして、わたしの前で頭を下げる。
「アップル・クレアーナ・パイシート様。幼少よりアデリーン様のお世話係をしておりますブロッサムと申します。アデリーン様のこれまでの数々の無礼。申し訳ございませんでした」
「……顔をあげてください。ブロッサム様」
「いえ、あろう事か、国の聖女様であるアップル様を無実の罪で追放してしまったという事実。本来であればアデリーン様も私も命を捧げても可笑しくない事実です。ですから……」
「大丈夫ですよ、ブロッサム様。わたしは、アデリーン様の事を恨んでおりませんし、むしろ感謝しているくらいですから」
「え?」
わたしからの予想だにしない言葉に思わず顔をあげるブロッサム。追放した張本人に感謝をしているなんて、まさかわたしが言う筈ないと思っていたのだろう。
「本当ですよ? わたしは毎日毎日神殿で公務を続け、こうして自分と向き合う時間なんてなかったのです。メロンタウンの空気はとても美味しい。自然に囲まれた場所で、趣味に没頭し、自分と向き合う時間を作る。素敵な事だと思いませんか?」
「アップル様……やはりあなたは聖女様です」
ブロッサムの瞳から雫が零れ落ちる。一族全員追放されたロレーヌ家。家に勤めていた者達も例外ではなかったのだろう。ずっとアデリーンの傍に居て、彼女の行動を見守っていた彼女もきっと、罪の意識に苛まれていたに違いない。
その場に沈みこむブロッサムの肩に手を添えてあげると、彼女の口から嗚咽が漏れ出す。
「此処では何だから、わたしの住んでる家へいきましょうか? レヴェッカ、いいわよね?」
「ええ、勿論」
「で、ですが、私はもう行かないと……」
「気にしない気にしない。さぁ、お茶でもしましょう。ちょうど昨日焼いたパンケーキがまだ残っているのよ」
こうしてアデリーンのお付きであるブロッサムを連れて、わたしはレヴェッカ邸へと向かうのでした。