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四十一.どうやら新たな波乱の幕開けの予感がします

「さて、いよいよね……」

「ええ、アップル……」


 わたしたちは今、新しい生活様式に順応する中、様々な困難を乗り越え、ここまでやって来た。


 そして、わたしたちは今、眼前に広がる光景を前に新たな局面を迎えようとしていた。


「いくよ」

「ええ……」


 わたしの居候先の主であるレヴェッカが、わたしの横に佇んだまま、生唾を飲み込む。彼女の黒い三つ編みだけが、開けた窓から入って来る外気に揺れている。


 わたしは両手に持ったあるもの・・・・を標的の下へゆっくりと滑り込ませる。そして、意を決して標的を乗せたまま、あるものを持ち上げ、そのまま回転させた!


「それっ!」

「やった!」


 バターの甘い香りが部屋に充満する中、程よい狐色をした丸い物体が宙を舞い、一回転の後、火魔法により熱された鉄板の上へと着地する。


 丸い物体はこんがりと焼ける音と共に、鉄板に面した反対側も狐色へと変化させ、わたしたちを出迎える準備をしていく。


 山羊のミルクから作ったバターを乗せ、生地へしっかり馴染んだところで、鉄板からお皿へと盛りつけたあと、苺のジャムとホイップクリームを凍らせて作ったグラス・ア・ラ・シャンティーを乗せ、ハチミツをトッピング。


 こうして、アップル特製の新菓子。ベリーホイップパンケーキ・・・・・が完成したのだ。


「完成ね」

「早速いただきましょう」


 パンケーキへとナイフを入れ、ひとかけらフォークへ刺す。ハチミツと苺ジャム、氷菓となったホイップクリームを掬い、口内へと持っていく。


「んんっ!」

「これは……」


 刹那……わたしとレヴェッカの前を爽やかな風が駆け抜けた。高山の山羊が鳴いている。山頂は雪の帽子を被っており、麓では涼しげな風に麦穂が黄金色の輝きを放ったまま揺れている。


 森でハチミツを取っている掌サイズの妖精さんがこちらの視線に気づき、笑いかける。そして、甘い苺色と蜂蜜色の風が、爽やかなメロディーを奏でたまま、わたしの口の中へ滑り込み、脳内を満たしていくのだ。


「美味しい。それに身体が涼しくなるわね」

「流石、アップル、最高だわ」


 ここまでわたしがパンケーキをひと口口へ含んだあと、脳内に浮かんだ映像でした。


 此処、カスタード国の中でもメロンタウンは丘陵の途中に位置しており、アルシュバーンよりも比較的年中涼しい気候にあるが、ここ最近日中過ごしていると汗ばむ事が多くなっていたのだ。そのため、この日お休みだったわたしのレヴェッカは、菓子作りを通じて納涼を試みる事にしたのである。


 今日の飲物はグレープフルーツティー。甘味がたっぷり乗ったパンケーキをグレープフルーツの酸味が中和してくれる事で、パンケーキの甘味を重たく感じる事もなく、何枚でも食べる事が出来る。グレープフルーツの抗酸化作用や、香り成分によって気持ちも落ち着くこと間違いなし。暑い日には冷やしてアイスグレープフルーツティーにする事もお薦め。気持ちがリフレッシュして、身体の溜まった毒素も外へ出してくれるグレープフルーツは、魔法の果実と言えるのだ。


「こういう気分転換の方法をすぐに導き出してくれるあたり、流石アップル、聖女様よね」

「最早これはわたしの趣味で、聖女は関係ない気もするんだけど……」


 グレープフルーツティーを口へ含み、苦笑するわたし。むしろ、神殿に居た頃はシスター達がわたしの身の回りの世話全てをやっており、ほぼ聖女のお仕事に追われていたのが事実……。こうしてお菓子作りをしながら紅茶を嗜む時間ってあんまりなかったのよね。


 追放されたことでこうしてゆっくり過ごす時間が出来るなんて皮肉なものである。結果的に、此処メロンタウンに居ながら魔法転送術式マジカルテレポートを利用してお仕事ワークが出来るスタイル――テレワーク・・・・・という手段を構築し、神殿のお仕事を遠隔でこなし、神殿へ迫る危機まで救う事が出来たのだ。


 まだまだ問題があると言えばあるんだけど、こればかりはわたし一人でどうにか出来る問題では無さそうだし、そこは周囲の協力を仰ぎつつ、少しずつ解決させていこうと思う。


「ねぇ、アップル。今度みんなを誘ってサンクチュアリのビーチへ遊びに行こうよ!」

「それいいわね。MRマジカルリアリティーなら水着で楽しめそうだし」


MRなら・・・・って……聖なる林檎を持ったアップル様が言うと、嫌みに聞こえますよ……」

「これでも最近お腹に溜まった脂肪とか気にしてるのよ?」


 そう、最近テレワーク中心の生活を送っていて、運動不足なのだ。お菓子作りに没頭するのはいいけれど、お腹の溜まり具合は気にした方が良さそうな今日この頃なのである。


 まぁ、サンクチュアリならば自身の体型なんかも気にする必要はないし、せっかくなら、サンクチュアリのアカウントを最近使っていなさそうな某王子様を誘うのもありかもしれないわね。……って、ちょっと。どうしてわたし王子を誘うなんて考えちゃってる訳……勝手に王子の水着姿を想像し、脳裏に浮かんだその姿を掻き消すように、思い切り首を振るわたし。


「ん、どうしたの? アップル?」

「いやいや、何でもないわ! あ、そう言えば、今度修道院へ新しい見習い修道女シスターが来る事になったんだっけ?」


 レヴェッカへ悟られないよう、咄嗟に話題を変えるわたし。先日彼女から、そんな話を聞いていたのだ。どうやらその子はどこかの令嬢さんらしく、何か理由があって此処へ来る事になったんだそう。


「そうなのよ。まぁ、令嬢さんが花嫁修業で修道院へ来るケースもある訳だし、可愛い女の子だったらいいねって、最近は修道院もその話題で持ち切りになってるわ」

「そう、それは楽しみね」

「そうだ! 数日後、こちらへ到着するみたいだから、アップルも一緒に同席しなよ! 一国の聖女様がこんな田舎の修道院に居るってなると、きっとその子も驚くわよ?」


 確かにそれは凄く驚きそうな気がする。でも幾らわたしがそれなりに有名だと言っても、その令嬢さんがどこの国から来るかも分からない訳だし、同席は問題ないだろう。


「わかったわ。クランベリーにはその時間、お仕事を調整してもらうように言っておくわね」

「そう来なくっちゃアップル。ありがとう」



 こうして数日後、修道院の子達が出迎える中、見習い修道女を乗せた馬車が到着する事となる。


 侍女らしき女性に手を引かれ、馬車から降りたその令嬢は、修道院の子達が見守る中、こちらへと向かって来る。

 修道服と対照的な檸檬色のドレスに身を包んだ令嬢が一歩一歩近づく度、ドリル型の金髪ツインテールが揺れる。そして、シスター長の横に立っていたわたしの姿に気づいた瞬間、黄金色の瞳を見開いたまま、ワナワナと身体を震わせたまま、真っ直ぐこちらへと近づいて来たのだった。


「ど……ど……ど、どうしてあなたが……こんなところへ居るのですか! アップル・クレアーナ・パイシート!」

「新しく来た見習い修道女シスターって……あなただったんですね、アデリーン・チェリーナ・ロレーヌ様」


 周囲がどよめく中、対峙するわたしとアデリーン。


 彼女へ微笑みかけながら、わたしは心の中で『嗚呼、これは波乱の予感しかないわ……』とゆっくり溜息をついたのでした――


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