わたくしがどうしてこんな目に合わなくちゃいけませんの?
そもそもこの魔物の侵攻もきっと神殿の仕業なんですわ。クーデターを起こしつつ、表では民を避難させてあるで国の味方であるかのように見せておき、裏ではきっと魔族と繋がっていて、陰からこの国を牛耳ろうと目論んでいるに違いありません。
民は騙せても、わたくしアデリーンの目はごまかせませんことよ。
しかも魔物が街へ侵攻しているこの現状があり得ませんわ。騎士団員の者は一体何をしているの?
やはり王宮騎士団で使い物になるのはブライツとジークくらいのものね。他の騎士団員はなっていませんわ。木偶の坊が神殿へわたくしを避難誘導しようとしていますが、その手には乗りません。
わたくしは早く王宮へ戻って午後のティータイムを嗜むことに致します……そう思っていた矢先でしたわ。わたくしの背後から声をかけられたのは。
「――ソウカ、ナラバ此処デ死ネバイイ」
「何ですって? あなた……誰に向かってそんな口を……ひっ!」
わたくしが振り返ると、全身竜の鱗に包まれた男が銀色の鎧と剣を構え、わたくしを見下ろすかのように佇んでいましたの。思考が追いつかない状況のまま、重苦しい空気に耐えられず、わたくしは地面へ崩れ落ちるように腰から砕けてしまいましたわ。
「だ……れか……たす……け……」
息が苦しい。思うように声があがらない。何ですの、この状況は? どうしてドラゴンの魔物が目の前に。騎士団の方々は? ブライツは魔物討伐へ向かっていて此処には居ません。嗚呼、どうして。何、その剣を振り下ろすの? わたくし、どうすれば……ブライツ……ジーク……誰か……!?
「……どうやら間に合ったようだな」
「え……嘘……。ジーク?」
わたくしの声が彼に届いたの? そこにはブライツと魔物討伐へ向かっていた筈だった黒髪の騎士の姿。蒼白い光が彼を包んでおり、ドラゴンの騎士を見据える彼の横顔は凛々しく、耀いてみえましたわ。
「幼馴染ヒロインのピンチに駆けつけられないようじゃ、英雄ヒーローとは言えないだろ?」
「……ジーク、あなた……」
『アデリーンを守るため、ぼくは騎士になるよ!』
『ふふふ、よろしくお願いしますわね、ジーク』
幼い頃、いつも一緒に居たジーク。許嫁としてブライツと出逢ったあとも、ジークは何かあるといつも話相手になってくれましたわ。
ドラゴンの騎士とジークが剣を構えています。気づいた時には神殿のシスターであるストロベリーだったかしら? 彼女がわたくしの手を取り、避難させようと誘導しようとしていましたの。
「待って……ジークが……」
「ジーク様は心配要りません。ここは危険です、さぁ、早く!」
いいの、アデリーン……このままこのシスターについていって。目の前で幼馴染がわたくしのために戦っているというのに!
「ジーク……ジーク! 絶対……死ぬんじゃないわよ!」
返事は聞こえませんでしたわ。ですが、わたくしの言葉に彼は大きく頷いたように見えましたの。
地下道の入口まで離れたところで、わたくしの手を取っていた彼女の手を振り切ります。
「待って、ストロベリー」
「クランベリーです、アデリーン様、ここは言う事を聞いて下さいませ!」
「嫌ですわ。幼馴染がわたくしのために戦っていますのよ。それに、離れた場所である此処ならまだ安全でしょう? わたくしは最期までジークの戦いを此処で見届けますわ」
「アデリーン様……わかりました。危険と判断したなら、ワタクシめが責任持ってアデリーン様をお守り致しましょう」
「ありがとう、スト……クランベリー」
わたくしがクランベリーとそんなやり取りをしている中も、ジークは激しい戦いを繰り広げていましたの。
そして、二人が一旦距離を取り、構えを変えた瞬間、此処に居ても分かるくらい、周辺の空気が一変しましたの。なんだか、肌がヒリヒリするような熱い空気。
ドラゴンの騎士が燃え上がる炎を纏わせた剣を振るうと、炎は黒いオーラのようなものを螺旋状に絡ませたまま、ジークへ襲いかかりますの。
ですが……。炎はジークを捉えることはありませんでした。気づいた時にはジークは竜騎士の背後に立っており、竜騎士の肩口からは緑色の液体が飛散していました。
「ジーク……あの姿……」
黒髪だった彼の髪は蒼白い光を帯び、竜騎士が放つ炎を全て蒼き刀身でいなすその姿は、かつてこの地を危機から救ったとされる英雄のようで……。
「
「――
竜騎士の四方より黒く揺らめく炎が顕現し、ジークへ襲いかかると同時、天より穿つ轟雷を剣で受け止めたままジークは竜騎士へ向けて放ちましたわ。
黒い炎がジークへ届くよりも更に速く、竜騎士の身体は真っ二つとなり、それまでの轟音が嘘のようにその場を静寂が支配します。
「ニンゲンノ騎士、ジークヨ、見事ダ……」
そのまま真っ二つとなった竜騎士の身体は消滅し、その場の重々しい空気も次第に晴れていきます。
「ジーク、ジーク!」
「アデリーン無事か、よかった」
わたくしは自然とジークへ駆け寄り、そのまま彼の胸へ飛び込んでいました。彼が無事で本当によかった。
「ジーク、怪我はない? ブライツと魔物討伐へ行ったのではなかったのですか?」
「嗚呼、無事だよ。魔物討伐は罠だったのさ。わたしとブライツをそちらへ惹き付けておいて、街へ魔物を侵攻させる。だから、わたしだけ駆けつけた。ブライツもきっと無事さ」
「そうだったの。その……感謝……しますわ」
「今日はやけに素直だな、アデリーン」
そう言われてわたくしは気づきますわ。ジークの胸へわたくしの身体を預けたままになっていることに。
「か、勘違いしなくてよ! わたくしはブライツの許嫁よ。ただわたくしのせいで幼馴染が傷つくなんて事になったらわたくしの立場がないでしょう?」
「はいはい、お嬢様。まぁ、わたしはどんな事があってもアデリーン嬢を御守りします故、心配はいりませんよ」
「わかったわ。じゃあ、これからもよろしくお願いするわよ」
そう言ってわたくしがジークから離れた瞬間、再び重苦しい空気が襲って来ましたの。地面に脚を飲み込まれそうな感覚。わたくしが倒れそうになるのをジークが支えてくれます。
「おやおや、そろそろ人間共を殲滅した頃かと思ったのですが、まさかサーガが殺られてしまうとは? 流石は騎士団長、と言ったところですかねぇー?」
「お前は! ルーイン!」
漆黒のローブへ身を包んだ男が屋根の上へ立っていましたわ。先程の竜騎士でも恐ろしい相手だったのに、全身が寒く、震えが止まらなくなりそうになります。でも、わたくしの震える肩をジークが支えてくれたお蔭で、わたくしは正気を保つ事が出来ましたの。
「本来我は直接を手を出さないんですがね、仕方ありません。我が此処でお前だけでも始末して……」
『そうはいきませんなぁー、ルーイン殿』
その時でした。ルーインと呼ばれた男の背後に動物の骨を被ったような燕尾服のような衣装に身を包んだ人物が立っていたのです。
「貴様、フォメット! 何故ここに!」
「それはこちらの台詞です、ルーイン。あなたはやりすぎた。グレイス様がお怒りです」
「馬鹿な、我はグレイス様の繁栄を願い、こうして人間の国を我ら魔族の物にするため……」
「話は還ってから聞きましょう」
「なっ、待て! ぐぁああああああ」
動物の骨を被った男が持っていた錫杖を突き立てた瞬間、漆黒の渦が二人を包み込み、そのまま魔族の姿はその場から消失したのです。
「どうやら、助かったようだな……」
「え、ええ……」
あの魔族は何者だったのでしょう? わたくしには検討もつきません。その後、わたくし達の前へクランベリーが合流し、街を侵攻していた竜騎兵も制圧されます。
ブライツが無事だという報告も程なくして受ける事となります。
そして、この後、わたくしの父である、バルトス・ムーア・ロレーヌが魔物と陰で繋がっており、クーデターを企てていたという真実を知る事となるのです。
そう、これはきっと、神殿の存在を冒涜した罪だと言うのですね。
嗚呼、わたくしは一体どうなってしまうのでしょうか?