頭蓋から体躯まで、真っ直ぐに振り下ろされた
激昂しているのか、激しく大地を振動させ、尻尾を回転させ、咆哮する黒竜。紅蓮の火炎ではなく、灼熱の
「ホワイト!」
「ワンころ!」
わたしとブライツが同時に叫ぶ。でもその心配も杞憂だったようで。白いモフモフの毛並は燃えるどころか、ブライツが持つ聖剣の光と呼応するかのように輝いており、傷つくことなく火球のみが消滅していたのだ。
「わんわんわん!」
「よし、良い子だワンころ!」
「わん、わわん!」
その子にはホワイトって名前があるんだけど、それに、聖獣グリフォンであってワンころではない。でも、ホワイトも王子を気に入ったようで、王子がワンころと呼ぶたび反応し、尻尾を振っていた。
「コンナ……矮小ナニンゲント……獣ゴトキニ……」
「もう一人、聖女アップルを忘れるな、黒竜よ。魔を滅せよ――
「わんわんわん――
ホワイトの頭に乗ったブライツが、高く飛び上がった瞬間、聖獣の角より魔を浄化する光が放たれる。黒竜の身体が光に包まれる中、再び真っ直ぐ振り下ろされる聖剣。
王子と聖獣、二人が放つ超級スキルによる連携攻撃に、黒竜の身体は真っ二つに引き裂かれ、そのまま光と共に消滅していった――
「わんわんわん!」
「ちょ、ワンころ、顔がベトベトに……やめろ、やめんか!」
ホワイトに全身をぺろぺろされた王子は全身トロトロの涎だらけだ。何せブライツの顔より大きな舌でぺろぺろされているものね。でも、よかった。一時はどうなるかと思ったけど何とか間に合って。
「ホワイトにすっかり気に入られたわね、ブライツ」
「ちょ、見てないで飼い主なら止めてやってくれアップル」
「ホワイトも嬉しそうだし、面白そうだから暫くこのままにしておくわ」
「アップル……ちょ、ワンころ、そこはやめ……くすぐったいから」
「や、やったぞ! 王子が黒竜を倒したぞ!」
「ブライツ様ーーご無事で!」
「ブライツ王子、お怪我は……大丈夫……ですか?」
全身で喜びを表現するホワイトと戯れる王子の様子を暫く唖然とした表情で眺めていた騎士団員達。そろそろホワイトへ止めさせようかと思っていたところで、王子が大事な事をわたしへ伝える。
「待て、アップル! こんな事をしている場合じゃないだろう! アルシュバーン国が大変なんだ。早くあちらへ向かわなければ」
「いえ、その必要は無さそうよ?」
「なんだって?」
「大丈夫なの。今しがた連絡が来たから」
魔法端末の通知を見つつ、王子へ心配ないと伝えるわたし。いや、先程まで、わたしも黒竜を倒したならば、すぐにでもアルシュバーン国へ回線を繋ぎ、向こうの危機を救うつもりだった。
――魔法端末への通知は三つ。
ひとつはホワイトの召還時間がそろそろ終了すると言うこと。どうやら制限時間は十分間らしい。短時間で黒竜を倒せたのは本当によかった。
そして、二つ目の通知はクランベリーからだった。
『アップル様、昼刻より回線が繋がらなくなっており心配致しました。アルシュバーン国へも竜騎兵団の侵攻があり、何やらアップル様のクーデターだと
よくよく考えるとテレワーク中、お昼休憩の時間より、アナの封印結界に閉じ込められたんだった。どうやら同時刻より、アルシュバーン国へ攻め入る計画だったんだろう。
敵将とは、竜騎兵団を率いていたあのドラコンナイトの事だろうか? となると、あの漆黒の衣に身を纏った魔族ルーインはどうなったのか?
その疑問は三つ目の通知で全て解決した。
『ようやく回線が繋がった。フォメットに調べさせて全てを把握した。今回の一件は全て余の失態だ。後日改めて謝罪させて欲しい。そして、背後で手を引いていた余の配下であるルーインは、フォメットが先刻
グレイス 』
そう、最後の通知は魔王グレイスから直々のメッセージだったのだ。此処から予想出来るのは、グレイスの知らないところで配下が動き、今回の侵攻を企てたのだろうと言う事だ。
アルシュバーン国としても恐らく今回の侵攻に対して国として動くだろうし、わたしもうまく立ち回る必要がありそう。
ともあれ、先ずは窮地に追い込まれた緊急事態の中で、甚大な被害もなくこの戦局を乗り切る事が出来た事――それが一番だ。
騎士団も国民も疲れ果てているだろう。
まずは疲弊した心を休ませ、また前を向いて日常生活が送れるよう、希望の光を灯してあげることが大切だ。
「ようやくワンころが還ったぞ。こらアップル、服がベトベトになったではないか。クリーニング代を請求しに神殿へ出向くからな!」
「いや、ブライツ……神殿へ出向く口実作りたいだけじゃないの。それに、そんな口実作らなくても……」
「何だアップル? 何か言いたそうだな?」
「いつでも来てもらって……構わないから」
「ん、何だって? 今雑音で聞こえんかったぞ」
「もう、一度しか言わないから! ほら、民が心配してるでしょう、早く国へ還りなさい。はい、回線切るわよ」
「おい、ちょっと待っ……」
急いで回線を切ったわたし。部屋の全身鏡を見ると、わたしの顔は夕陽をいっぱいに浴びたかのように真っ赤だった。
(もう、何言ってるのよ、わたし)
思わず頭を両手でぽかぽか叩く。
いつも面倒な相手くらいしか、思わなかったブライツ。でも気づいてしまったんだ。あのとき、確かにわたしはブライツを失う事が怖かった。ブライツが助からないかもしれないと思った時の絶望感。まだ息があると知った時見えた希望の光。いつも通りの掛け合いが楽しく、その余韻が暖かく胸のあたりに残っている。
「ねぇ、わたしって……彼のこと……」
鏡ごしに映るわたしはただただ優しく微笑むばかりだった――