わたしが四魔将・
前回敵と交戦した魔の森と呼ばれる森。中級クラスの魔物はジークによる雷刃で一掃し、一行は無事に魔の森を抜ける事となる。魔の森を抜けた先、そこは魔物の棲み家があると言われていた場所。
四方を絶壁に囲まれたまるで大自然の中にくり抜かれた天然の要塞のような場所。正面の崖には洞穴のような入口も見える。恐らくこれが魔物の棲み家なのであろう。
「おかしいと思わないか?」
「嗚呼、俺も同じ事を考えていた。まるで此処へ誘い込まれているようだったからな」
ジークの問い掛けに頷くブライツ王子。そう、初めからおかしかったのだ。このタイミングでの魔物討伐の指令も、魔物の動きが活発になっていると言う割に、道中強い魔物と遭遇しなかった事も。
「おやおや、厳選された魔物討伐部隊と聞いていましたが、意外と少数精鋭なんですねぇー」
「お前は! あのときの!」
漆黒のローブに身を包んだその男は宙に浮かんだ状態でブライツ達を出迎える。
「お前……俺たちが此処に来る事、初めから分かっていたな?」
「だったらどうしますか? あなた達が国に残っていたなら、色々と困る事があった……それだけですよ」
浮遊する魔族の男は、悠然と王子達を見下ろしている。王子とジークは考える。もし、討伐部隊が此処に来る事を予め知っていたのなら、敵の立場ならどうするか?
「ジーク! 民が危ない! おまえの
「だが、ブライツ、お前は!」
「いいから早く!」
「わかった……死ぬなよ、ブライツ」
ジークは早馬ではなく、自身の足裏へ魔力を溜め、地面を蹴る。
「跳べ――
「させません!」
黒衣の魔族は森を抜けた入口へと手を翳す。要塞の入口を囲む木が薙ぎ倒されるも、蒼白い光を放つジークの脚はそれを上回り、一瞬にして要塞から抜け出す事に成功する。
「ほぅ、面白い能力だ。まぁいいでしょう。冥途の土産に教えてあげます。我は魔王直轄四天王――四魔将が一人、
「この間、神殿を襲った魔人もお前の仕業だな? だが、俺が居る限り、お前の野望は此処で終わりだ。降りて来い、相手してやる」
「誰が相手すると言いましたか? 我は直接手を下さず、裏から世界を掌握するのが趣味なんでね。心配要りません。この子がお前の相手をしますよ」
黒衣の男がそう告げた瞬間、禍々しい
「黒竜カストロ。上級魔人ニゲルと
「待て! 逃がさんぞ!」
刹那、大地を蹴ったブライツがルーインと同じ高さへと飛び上がり、剣を振るうも、
「ほほぅ、いい動きです。きっとカストロも遊び相手が出来て喜んでいますよ。では、せいぜい死の苦しみを堪能しつつ、最後の生を愉しむとよいでしょう」
「くそっ、待て! ルーイン!」
漆黒の渦がその場に出現し、捨て台詞を残したまま黒衣の四天王はその場から姿を消す。
黒竜は王子達を出迎えるかのように咆哮と共に紅蓮の業火を放つ。一瞬にして絶壁に覆われた舞台は灼熱地獄と化し、王子と騎士団員を吞み込んでいく。
「聖剣ブリリアント。煌めけ――
騎士団員達の前へ立った王子が、白く輝く剣を回転させ、光の渦が紅蓮の炎とぶつかり合う。王子を中心に巻き起こる光のヴェールにより、騎士団員たちは消し炭とならずに済んだのだ。
「王子! 王子! 無事ですか!」
「嗚呼。お前達は俺の後ろへ下がっていろ! 安心しろ、お前達は絶対に死なせないさ」
「お、おれ達も戦います」
「無理だ。こいつは上級……下手したら
このとき既に、王子の肉体を捉えようと、黒竜の鋭い爪が振り下ろされていた。王子が剣で受け止めるも、その勢いに吹き飛ばされてしまう。王子が吹き飛んだ事を確認し、黒竜は騎士団員達へ向け、巨大な
吹き飛んだ筈の王子が放つ、白く光る刃が、竜の硬い皮膚へ傷をつけたのだ。
「おい、どこを向いているんだ。お前の相手はこっちだぞ?」
カストロは激しく咆哮する。騎士団員へ向けて放つつもりだった紅蓮の業火を王子に向けて放つ。王子は高く飛び上がり、紅蓮の業火を回避し、竜の頭へ思い切り剣を突き出す。しかし、刀身は硬い鱗に阻まれ、激しい金属音が響くのみ。先程王子が放った光の刃も、黒竜には僅かな傷しかついていない。
騎士団員を護りながらの戦い。王子のスキルによる光の刃で護らなければ消し炭にされる程の炎。爪に引き裂かれたなら致命傷は必至。更には超級以上の攻撃でなければダメージすら与える事の出来ない硬い装甲。
この絶望とも言える局面で……王子は
「約束したからな。愛する者と。必ず生きて帰ると。だから……俺は絶対に死なないよ」
黒竜の巨大な爪が王子に向かって振るわれた――
◆
「ブライツ! ちょっとブライツ! しっかりしなさいよ!」
赤い溜まりの中に沈む王子。わたしは
いつもわたしの前に現れては、元気そうな笑顔を見せていた王子。頭が悪そうに見えて、いざという時は仲間のため、国民のため、信念を貫く王子。そんな王子だからこそ、きっと今回もちゃんと帰って来ると安心していた。眼前で起きている光景が信じられなかった。
「だめよ、目を覚まして!」
わたしは目を閉じ、
まだ、息がある! ――
「「「「凍てつく刃よ、彼の者を穿て! ――
「「「「王子を死なせるな!」」」」
黒竜の顔目掛け、四方から氷の刃が、そして、矢が放たれていた。黒竜の硬い装甲を破る事は出来ないが、王子へ向けて振るわれる竜の腕を止めるには充分な攻撃だった。
もう……無茶しすぎよ……。
「――グルゥアアアアアアア!」
騎士団員達へ向けて、紅蓮の業火を放とうとする黒竜。が、それは叶わなかった。黒竜の
「お前の相手は俺だと……言ったろう? カストロ」
「ブライツ、ブライツ! よかった!」
「おぅふ! その声はアップルか。おぉ! この
「ブライツ……調子に乗りすぎよ。一人で何とかなるだなんて思わないで。あなたが死んだら困る人はたくさん居るのよ?」
「なんだ、心配してくれたのか、アップル!」
「もう、当たり前じゃない!」
つい
「いやな、アップルがあまりに可愛くてな」
「もう、馬鹿!」
頬を赤らめている場合ではないので、首を振り、眼前の黒竜へ集中する。王子もそのあたりの場は弁えているようだ。
どうやら王子は爪で引き裂かれる直前に、予め
この黒竜はジークが前話していた漆黒のローブに身を纏った魔族――ルーインが召喚したんだそう。神殿を襲った魔人リゲルも、この黒竜カストロも、ルーインのペットらしい。一体どういう趣味をしているのか。今、アルシュバーン国はドラゴンナイト達が侵攻しており、ジークは国へ戻ったという。そして、ジークの後を追ったルーイン。どうやら事態は急を要するらしい。
こうしてわたしと会話している間も、ブライツは黒竜の爪を躱しつつ、聖剣を振るっている。傷が塞がったとは言え、ダメージは蓄積されている筈。まずは眼前の黒竜を早くなんとかしないと、彼もきっと、限界が近づいている。
「アップル、騎士団員達を防御結界で護っていてくれんか? それなら黒竜に集中出来る」
「馬鹿! 駄目よ、わたしも一緒に戦うわ」
「いや、こいつの鱗は硬い。アップルのEXスキルでも倒せるか分からん。せめて俺が持つ聖剣の力を引き出すと言われる
「ブライツ、いま、何て言った?」
「ん? 嗚呼。かつて、聖女と共に闇竜を倒したという聖獣――」
「ブライツ、それよ!」
聖獣――居るじゃない。
黒竜がそいつのペットだと言うのなら、わたしもペットを召喚するまでよ――