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三十六.どうやら王子は仲間を護るため、戦っていたようです

 わたしが四魔将・ヴァイオレットのアナと自らを呼んでいたあの女魔族と対峙していたまさに同じ頃 、アルシュバーン国第二王子――ブライツ・ロード・アルシュバーンと王宮騎士団騎士団長――ジーク・ヤマト・グランフォード率いる選抜部隊は、順調に目的地へと向かっていた。


 前回敵と交戦した魔の森と呼ばれる森。中級クラスの魔物はジークによる雷刃で一掃し、一行は無事に魔の森を抜ける事となる。魔の森を抜けた先、そこは魔物の棲み家があると言われていた場所。


 四方を絶壁に囲まれたまるで大自然の中にくり抜かれた天然の要塞のような場所。正面の崖には洞穴のような入口も見える。恐らくこれが魔物の棲み家なのであろう。


「おかしいと思わないか?」

「嗚呼、俺も同じ事を考えていた。まるで此処へ誘い込まれているようだったからな」


 ジークの問い掛けに頷くブライツ王子。そう、初めからおかしかったのだ。このタイミングでの魔物討伐の指令も、魔物の動きが活発になっていると言う割に、道中強い魔物と遭遇しなかった事も。


「おやおや、厳選された魔物討伐部隊と聞いていましたが、意外と少数精鋭なんですねぇー」

「お前は! あのときの!」


 漆黒のローブに身を包んだその男は宙に浮かんだ状態でブライツ達を出迎える。


「お前……俺たちが此処に来る事、初めから分かっていたな?」

「だったらどうしますか? あなた達が国に残っていたなら、色々と困る事があった……それだけですよ」


 浮遊する魔族の男は、悠然と王子達を見下ろしている。王子とジークは考える。もし、討伐部隊が此処に来る事を予め知っていたのなら、敵の立場ならどうするか?


「ジーク! 民が危ない! おまえの雷瞬・・ならまだ間に合うかもしれん。行ってくれ!」

「だが、ブライツ、お前は!」

「いいから早く!」

「わかった……死ぬなよ、ブライツ」


 ジークは早馬ではなく、自身の足裏へ魔力を溜め、地面を蹴る。


「跳べ――雷瞬トールフォース!」


「させません!」


 黒衣の魔族は森を抜けた入口へと手を翳す。要塞の入口を囲む木が薙ぎ倒されるも、蒼白い光を放つジークの脚はそれを上回り、一瞬にして要塞から抜け出す事に成功する。


「ほぅ、面白い能力だ。まぁいいでしょう。冥途の土産に教えてあげます。我は魔王直轄四天王――四魔将が一人、アーテルのルーインです」

「この間、神殿を襲った魔人もお前の仕業だな? だが、俺が居る限り、お前の野望は此処で終わりだ。降りて来い、相手してやる」

「誰が相手すると言いましたか? 我は直接手を下さず、裏から世界を掌握するのが趣味なんでね。心配要りません。この子がお前の相手をしますよ」


 黒衣の男がそう告げた瞬間、禍々しい瘴気しょうきと共に漆黒の渦が巻き起こり、舞台上へ全ての深淵を呑み込んだかのような黒光りする巨大な体躯を持った黒竜が顕現する。


「黒竜カストロ。上級魔人ニゲルと超竜騎兵ドラゴンナイト・サーガ。皆我の可愛い下僕ペットたちですよ。サーガ率いる竜騎兵軍団だけでは物足りないでしょうから、我はアルシュバーンへ向かうとしますよ。先ほど羽虫・・を此処から逃がしてしまいましたしね」

「待て! 逃がさんぞ!」


 刹那、大地を蹴ったブライツがルーインと同じ高さへと飛び上がり、剣を振るうも、剣戟けんげきは黒竜の巨大な爪に阻まれ、ブライツは回転しつつ地面へと着地する。


「ほほぅ、いい動きです。きっとカストロも遊び相手が出来て喜んでいますよ。では、せいぜい死の苦しみを堪能しつつ、最後の生を愉しむとよいでしょう」

「くそっ、待て! ルーイン!」


 漆黒の渦がその場に出現し、捨て台詞を残したまま黒衣の四天王はその場から姿を消す。

 黒竜は王子達を出迎えるかのように咆哮と共に紅蓮の業火を放つ。一瞬にして絶壁に覆われた舞台は灼熱地獄と化し、王子と騎士団員を吞み込んでいく。


「聖剣ブリリアント。煌めけ――陽光旋回刃ヘリオストリーム」 


 騎士団員達の前へ立った王子が、白く輝く剣を回転させ、光の渦が紅蓮の炎とぶつかり合う。王子を中心に巻き起こる光のヴェールにより、騎士団員たちは消し炭とならずに済んだのだ。


「王子! 王子! 無事ですか!」

「嗚呼。お前達は俺の後ろへ下がっていろ! 安心しろ、お前達は絶対に死なせないさ」


「お、おれ達も戦います」

「無理だ。こいつは上級……下手したら超級・・だ」


 このとき既に、王子の肉体を捉えようと、黒竜の鋭い爪が振り下ろされていた。王子が剣で受け止めるも、その勢いに吹き飛ばされてしまう。王子が吹き飛んだ事を確認し、黒竜は騎士団員達へ向け、巨大な顎門あぎとから再び炎を吐こうと頚をあげる。しかし、その瞬間、竜の体躯へ衝撃がはしり、竜は自身の体躯へ傷がついた事に気づく。


 吹き飛んだ筈の王子が放つ、白く光る刃が、竜の硬い皮膚へ傷をつけたのだ。


「おい、どこを向いているんだ。お前の相手はこっちだぞ?」 


 カストロは激しく咆哮する。騎士団員へ向けて放つつもりだった紅蓮の業火を王子に向けて放つ。王子は高く飛び上がり、紅蓮の業火を回避し、竜の頭へ思い切り剣を突き出す。しかし、刀身は硬い鱗に阻まれ、激しい金属音が響くのみ。先程王子が放った光の刃も、黒竜には僅かな傷しかついていない。


 騎士団員を護りながらの戦い。王子のスキルによる光の刃で護らなければ消し炭にされる程の炎。爪に引き裂かれたなら致命傷は必至。更には超級以上の攻撃でなければダメージすら与える事の出来ない硬い装甲。


 この絶望とも言える局面で……王子は嗤う・・


「約束したからな。愛する者と。必ず生きて帰ると。だから……俺は絶対に死なないよ」


 黒竜の巨大な爪が王子に向かって振るわれた――



 ◆


「ブライツ! ちょっとブライツ! しっかりしなさいよ!」


 赤い溜まりの中に沈む王子。わたしは聖なる魔水晶ホーリークリスタルごしに思わず叫んでいた!


 いつもわたしの前に現れては、元気そうな笑顔を見せていた王子。頭が悪そうに見えて、いざという時は仲間のため、国民のため、信念を貫く王子。そんな王子だからこそ、きっと今回もちゃんと帰って来ると安心していた。眼前で起きている光景が信じられなかった。


「だめよ、目を覚まして!」


 わたしは目を閉じ、遠隔操作リモートで聖なる魔力で王子の身体に触れる。まだ身体が温かい。流れる血潮。僅かに聞こえる音……。


 まだ、息がある! ――


 聖なる魔水晶ホーリークリスタルごしに王子へ回復魔法を施す。どうやら身体に大きな爪痕があるらしい。これ以上、彼の身体から血が流れ出ないよう、早急に傷を塞いでいく。しかし、わたしの遠隔オンライン治療を嘲笑うかのように王子の前に立つ黒竜が腕を振るおうとしていた。だめ、幾らわたしでも、治療と同時に黒竜の攻撃を止める事は出来な――



「「「「凍てつく刃よ、彼の者を穿て! ――凍氷弾丸アイシクルバレット!」」」」

「「「「王子を死なせるな!」」」」


 黒竜の顔目掛け、四方から氷の刃が、そして、矢が放たれていた。黒竜の硬い装甲を破る事は出来ないが、王子へ向けて振るわれる竜の腕を止めるには充分な攻撃だった。


 魔法端末タブレットごしに映像を見てわたしは気づく。ジークがその場に居ない。という事は別の場所に居るのだろうか? そして、選抜部隊の騎士団員達は無事だ。まさかブライツは、黒竜の猛攻を一人で食い止め、団員を護りながら戦っていたというの?


 もう……無茶しすぎよ……。


「――グルゥアアアアアアア!」


 騎士団員達へ向けて、紅蓮の業火を放とうとする黒竜。が、それは叶わなかった。黒竜の顎門あぎとへ向けて、光の刃が放たれたのだ。ギロリと睨みつける黒竜の双眸そうぼう


「お前の相手は俺だと……言ったろう? カストロ」

「ブライツ、ブライツ! よかった!」


「おぅふ! その声はアップルか。おぉ! この魔水晶ペンダント凄いな。通信も遠隔治療も出来るのか? こいつの炎も俺のスキルだけでは軽減出来なかった。それと、身体引き裂かれる前に回復薬をかけておいた。アップル、お前のお陰で助かったよ。ありがとう」

「ブライツ……調子に乗りすぎよ。一人で何とかなるだなんて思わないで。あなたが死んだら困る人はたくさん居るのよ?」


「なんだ、心配してくれたのか、アップル!」

「もう、当たり前じゃない!」


 つい魔法端末タブレットごしに叫んでしまった。なぜかわたしの叫びを聞いて微笑むブライツに、『なにこんな状況下で笑ってるのよ!』と思わず突っ込みを入れるわたし。


「いやな、アップルがあまりに可愛くてな」

「もう、馬鹿!」


 頬を赤らめている場合ではないので、首を振り、眼前の黒竜へ集中する。王子もそのあたりの場は弁えているようだ。


 どうやら王子は爪で引き裂かれる直前に、予め回復薬ハイポーションを身体へ掛ける事で、致命傷を避けたらしい。聖なる魔水晶ホーリークリスタルの力で炎や黒竜の爪に含まれていた毒からも身を護れた事も幸いしたようだ。御守りを渡しておいて、本当によかった。


 この黒竜はジークが前話していた漆黒のローブに身を纏った魔族――ルーインが召喚したんだそう。神殿を襲った魔人リゲルも、この黒竜カストロも、ルーインのペットらしい。一体どういう趣味をしているのか。今、アルシュバーン国はドラゴンナイト達が侵攻しており、ジークは国へ戻ったという。そして、ジークの後を追ったルーイン。どうやら事態は急を要するらしい。


 こうしてわたしと会話している間も、ブライツは黒竜の爪を躱しつつ、聖剣を振るっている。傷が塞がったとは言え、ダメージは蓄積されている筈。まずは眼前の黒竜を早くなんとかしないと、彼もきっと、限界が近づいている。


「アップル、騎士団員達を防御結界で護っていてくれんか? それなら黒竜に集中出来る」

「馬鹿! 駄目よ、わたしも一緒に戦うわ」


「いや、こいつの鱗は硬い。アップルのEXスキルでも倒せるか分からん。せめて俺が持つ聖剣の力を引き出すと言われる伝説の聖獣・・・・・でも居れば一番楽なんだがな……ハハハ」

「ブライツ、いま、何て言った?」


「ん? 嗚呼。かつて、聖女と共に闇竜を倒したという聖獣――」

「ブライツ、それよ!」


 聖獣――居るじゃない。

 黒竜がそいつのペットだと言うのなら、わたしもペットを召喚するまでよ――


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