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三十四.どうやら女魔族の目的はわたしだったようです

「アナと言ったわね。そろそろレヴェッカの姿からあなた自身の姿へ戻ってくれないかしら?」


 黒髪を三つ編みしていたレヴェッカ姿のアナは三つ編みからストレートヘアーになっていた。しかし、本来の女魔族の姿を彼女はわたしに見せようとしない。


「それは無理な相談よ。わたくしは今、レヴェッカそのものだもの。今、わたくしは彼女であり、彼女はわたくしなの」

「それって……まさか、レヴェッカの中に憑依・・した?」

「ご名答。聡明な聖女様でしたら、心あたりはある筈よ?」


 ここ最近、レヴェッカは結界の外へ出ていない。このアナとかいう魔族がもし、レヴェッカの精神を乗っ取る、或いは身体に憑依していたならば、わたしの結界の内側へ入った上で実行したという事になる。


 ならば、外部からの来客に化け……いや、憑依する能力ならば、誰かの身体を介してレヴェッカの精神を乗っ取ったのか。なるほど……あのときの違和感・・・はこれか。


「この間、教会へお祈りに来た女の子。あれはあなたね」

「ふふふ、アハハハハ! 正解よ。この子が、手を握った瞬間、移動させて貰ったわ。流石魔王様が気に入るだけはあるわ。魔力も膨大で、しかも聡明。頭の回転も早い。あなたのそういうところ、気に入らないのよ!」


「ねぇ、周辺を囲んでいる子達は憑依した訳ではないんでしょう?」

「ええ、憑依なんかしなくても、この子達程度、わたくしの色魔魅了テンプテーションでイチコロよ。ほら」


 アナが指で合図をすると、修道女の一人が持ったいたクロスボウより矢を放つ。瞳の色が失われている。どうやら本当に操られているらしい。わたしの肩口を矢がかすめ、赤い血が飛散する。しかし、聖なる魔力に満ちているわたしの身体は、自然治癒により、傷口が塞がれていく。


「これだけ魔力を封印してもまだ自動回復出来るのね」

「こんなことをして、わたしをどうするつもり? こんな汚い手を使っても、わたしを倒すことは不可能ですよ」

「汚いですって? わたくしは高貴で美しい魔族よ! わたくしの手から魔王様を奪おうとするあなたこそ穢れているのではなくて。この間、魔王様と密会していたあなたになんか言われたくはないわね!」

「ん? どうしてそれを……」


 グレイスとのサンクチュアリでのあの密会は誰も知らない筈なのだ。知っているとすれば、お友達登録をしている相手が、今どこに居るか検索をかけるくらいしか……。まさか……。


「ふふふ、気づいたようね。あなたの動きは筒抜けなのよ。わたくしとサンクチュアリでお友達になっているんだから」

マリアンヌさん・・・・・・・はあなただったのね……」


 サンクチュアリアプリ内では、ゴスロリメイド服の女の子。おしとやかな淑女を演じていた女性は、全く正反対の性格だったらしい。これでサンクチュアリアプリ内のお友達で、わたしが正体を知らない子はチェリーちゃんだけになってしまった。


 アナは、グレイスとわたしの関係にいち早く気づき、早い段階からわたしをどうやら監視していたらしい。そして、機を窺いこうして聖なる結界を封じる術を構築し、わたしの前に現れたという訳だ。


「お前たち、この聖女の皮を被った穢らわしい魔女を狩りなさい!」

「「「はぁーい♡アナ様ぁ~♡」」」


 それまでわたしの前に立っていたアナが飛び上がり、屋根の上へ移動する。


 と、同時、結界の外部に居た女神官クレリックたちより火球が放たれる! 中級魔法のフレイムボールに、クロスボウ。どうやらこの結界、結界内部で放つ魔力を封印するらしいが、外側から放たれる魔法はそのままわたしへと届く。アナがこの子達へ魔族の術式を教えたのだろう。


 物理攻撃であるクロスボウの矢のみ・・・かわし、魔法はそのまま被弾する。わたしの聖衣は魔法による耐性があり、聖衣がなくとも恐らくこの程度の魔法でわたしはダメージを受けることはないのだ。


「避けてばかりじゃあ、何も出来ないわよ」

祝福の杖ブレスワンド!」


 屋根の上に立ったアナへ向け、祝福の杖からわたしの魔力を凝縮させ、聖なる魔力を球状にして放つ。しかし、彼女もわたし同様避ける事もせず、レヴェッカの腕を振るい、聖なる魔力弾を弾く。


「ふふふ。魔族には聖なる魔力。常套手段だけど、今のわたくしはレヴェッカなのよ? しかも弱い。こんなの子供騙しにしかならないわね」


 続けて威力を調整しつつ魔力弾を放つ。どうやら威力はかなり落ちるものの、全く放てない訳ではないらしい。ただし、覆われている結界に当たると魔力弾は消滅するため、超級レベルの魔法でも結界を打ち破れるかは分からない状況だ。


 問題はいま、アナはレヴェッカの身体へ憑依しているという事。魔力弾を放ったのはわざとだった。この程度弾かれる事は想定済。恐らく彼女の身体からアナを引き剥がさなければ勝機はない。


「ねぇ、魔力弾の威力もだんだん落ちているんじゃない?」

「そんなことはな……え?」


 刹那、全身に痺れを感じ、わたしはその場から動けなくなってしまう。肩口、左腕、脇腹、右太腿と、クロスボウの矢が通過する。魔力によって傷はだんだんと塞がれていくが、何か身体中を疲労感のようなものが伸し掛かり、頭がだんだんと重たくなっていく。


「ようやく、効いて来たようね……アップル……」

「あなた……何をしたの?」


 それまで屋根の上に居たアナがわたしの傍へと近づいて来る。結界の内部は、いつの間にか紫がかった霧で覆われている。


「わたくしの虜になってもらうため、細工をしたのよ。流石聖女様ね、まだ魅了のスキルを弾いているのね。普通は食べた瞬間わたくしとキスしていたわよ。サンドイッチ、美味しかったでしょう?」

「魔法は……使えない筈……」


「魔法ではないわ。わたくしの体内に宿した瘴気しょうきは魅了の力に満ちているのよ。ほら、わたくしの姿、魅力的でしょう?」

「そんな……こと……」


 眼前にはレヴェッカ姿のアナ。いつもより大人びた表情のレヴェッカがわたしに近づいて来る。神官の衣をはだけさせ、胸元を強調させる。わたしは身動きが取れないまま、近づいて来る彼女を為すすべなく受け入れるしかないのだろうか。


「さぁ、わたくしの虜になりなさい。そして、あなたはわたくしの物になるの。その穢らわしい身体、わたくしが使ってあげるわ」

「使って……そういうことか……」


 わたしの聖衣を一枚一枚脱がせていくアナ。そう、この女魔族、わたしを殺すつもりはないのだ。きっと、わたしの身体を乗っ取る事が目的……朦朧とする意識の中で考えるわたし。レヴェッカには聖なる魔力は通じない。ならば女魔族へ直接聖なる魔力をぶつけることが出来たなら……。


「ねぇ、アップル。私を受け入れて」

「あ、レヴェッカ……」


 上着をはだけさせたまま、レヴェッカがわたしの肩へ触れる。だんだん意識が朦朧として来る。レヴェッカの瞳、艶やかな頬っぺた。柔らかそうな唇。彼女に触れると幸せな気持ちになれる、そんな思考が頭の中を駆け巡る。


「さぁ、おいで、アップル」

「レヴェッカ……」 


 そして、レヴェッカの手がわたしの頬へ触れた瞬間、青白い光と共に彼女の手が弾かれる。


「なっ、何?」

「どうしたの? レヴェッカ?」


「な、何でもないよ、アップル」

「じゃあ、今度はわたしからいくね」


 わたしは彼女へそう告げると、彼女の両頬へわたしの手を当てる。何かが焼けるような音と、何かが焦げる臭い。同時に眼前のレヴェッカが、歪んだ表情で悲鳴をあげた。


「ぎゃああああああああ!」

「ねぇ、キスするんでしょう?」


 わたしは彼女の唇へとわたしの唇を近づける。桃色のリップを塗ったわたしの唇が、柔らかい彼女の唇へ触れようとした瞬間、彼女の身体は弾かれ、後方へと吹き飛ばされる。そのまま外界と隔絶された結界へぶつかったアナは、両頬が焼け爛れた状態で、わたしを睨み付けた。


「おまえ……何をした……!」

「わたしの意識が堕ちる前に、体内へ流れている魔力を呼応・・させたのよ。だって、憑依するとき、あなたは・・・・剥き出しになるでしょう? わたしの使っている化粧水とリップクリーム、そして、ハンドクリーム。全部わたしの魔力が入った特別製なの。わたしに触れる事の出来ないあなたは、わたしに憑依することは出来ない」


 異変を感じた神官達がクロスボウを放つももう遅い。素早くアナの背後に移動したわたしは彼女の身体を思い切り抱き締める。両腕にありったけの魔力を籠めて。


「レヴェッカ、もう大丈夫。あなたの身体は魔族に渡さないわ」

「やめろ、やめろぉおおあおお!」


 彼女の頭から紫色の瘴気しょうきが霧状に現れ、周囲の霧も取り込んでいく。やがて、一塊となった瘴気の中から、黒レースの下着とガーターベルトを身につけ、桃色の肢体を露にした女魔族が姿を現した。気を失ったレヴェッカの身体を抱き抱え、わたしは女魔族と対峙する。


「その子達も解放しなさい。さもなくば、あなたをここで浄化する事になります」

「……言うわね聖女アップル。よくもわたくしをコケにしたわね。お前を乗っ取って、悪魔に魂を売った反乱軍の魔女に仕立てるつもりでしたが、もういいわ。わたくしがあなたを滅ぼして差し上げます」


 彼女を囲んでいた紫色の靄が、無数の矢を創り出し、わたしへ向けて放たれる。しかし、わたしはレヴェッカを抱き抱えたまま、その場から動く事はしなかった。何故なら、正体を現した時点でアナは、致命的なミスを犯しているからだ。


「なんなの! あなたの魔法は封印されているはず……あ……」

「そう、あなた。レヴェッカ姿で迫っていたから忘れていたのね。魔回避維持結界ソーシャルディスタンスは常時発動型。瘴気しょうきに満ちたあなたの攻撃は、最早わたしに届かない。それに……」


 わたしが一歩一歩、近づくに連れ、彼女が後退する。身体が結界に弾かれる以上、そうせざる負えないのだ。そして、背中が外界と隔絶させるため創り出された結界にぶつかり、退路を絶たれる女魔族。


「さ、どうする? 女の子達に結界解除してもらわないとあなた、魔回避維持結界ソーシャルディスタンスと封印結界のサンドイッチになるわよ?」

「馬鹿な……そんなこと……あるわけ……」

「試してみましょうか?」

「やめ、やめ……あああああああ!」


 そして、わたしが一歩踏み出した瞬間、女魔族アナの叫声が木霊するのだった――


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