目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
三十二.どうやら騎士団長は令嬢の扱いに慣れているようです

「アデリーン、探したぞ! どうして神殿に居るんだ?」

「なっ!? ジーク? あなたこそどうして神殿なんかにいらして?」


 アデリーン侯爵令嬢に続き、まさかの王宮騎士団長ジークの登場に、どよめく神殿の礼拝堂。それまでクランベリーと対峙していたアデリーンは、正面扉から入室して来た騎士団長幼馴染に驚きの声をあげる。


「どうしてって、お前を探していたからに決まっているだろう?」

「なんですって?」


 勿論ジークはアデリーンを探しに此処へやって来た訳ではない。むしろブライツ王子と共にわたしへ魔物討伐の遠征報告をしにやって来たのが真実だ。真実は伏せた状態で、ジークはあたかもアデリーンを迎えに来たかのように演技をする。


「魔物討伐遠征の件は聞いているのだろう? お前の愛しの・・・許嫁が暫しの別れを告げるため、わざわざお前の屋敷へ出向いたというのに、アデリーンはなぜかこの神殿へ向かったというじゃないか? だからわたしが此処へお前を迎えに来たという訳だ」

「なっ、まさか……ブライツが……わたくしに逢いに……」


 ジークの報告を受け、両頬へ手をあててうっとりとした表情となるアデリーンだったが、すぐに周囲の視線に気づいて我に返る。


「ブライツは遠征の準備で城に居る。お前のために食事の席を設けてくれるそうだぞ? だからわたしが王子に変わってお前を迎えに来たという訳だ」

「なっ、ブライツとお食事……それってもしかして……お食事デート……!?」


 そう、ジークの作戦とは、王宮で愛しのブライツ王子が待っているから早く戻った方がいいと、彼女の帰還を誘導するものだったのだ。


 尚、ブライツ王子は今、一足早く馬を走らせ、王宮へと戻っているところだ。ブライツが先程不服そうな顔をしていたのは、アデリーンとお食事デートをしなければならなくなったためである。


「馬車だと時間がかかるだろう。わたしの馬に乗るといい。王宮まで送ってやる。勿論、王子の誘いよりも、神殿での用事の方が大事なのであれば、断ってもいいんだぞ? それならわたしから王子へ直々に……」

「ジーク、今すぐわたくしを王宮へ連れていきなさい」


 全てを言い終わる前に、アデリーンは即答していた。クランベリーへ向かって『今日は命拾いしたわね。また参りますわ』と言い残し、まるで嵐のように颯爽と神殿を後にする。


「クランベリー殿、また改めてご挨拶をば」

「感謝致します」


 ジークがアデリーンに聞こえない程度の小声で囁き、軽く一礼するクランベリー。


「幼い頃は一緒に馬へ乗ったものだ。懐かしいな、アデリーン」

「そんなこともありましたわね。さぁ、参りますわよ」


 神殿の扉が閉まると、暫しの沈黙のあと、礼拝堂に来ていた信者達から一斉にため息が漏れる。


「なんなんじゃ、あの高飛車令嬢は?」

「ポムポム領はあんな我が儘令嬢とあのデブ領主に汚染されているのか?」

「あまりに馬鹿らしくて、クーデターなんぞ起こす価値もないわ」


「女神クレアーナ様の前ですよ。生きとし生けるものは皆、女神の子です。言葉は慎むように」


 信者達の言い分は最もだが、クランベリーが場を収め、神殿内は元の静寂を取り戻すのだった――


 アデリーン侯爵令嬢を送り届けたあと、ジークからわたしの魔法端末タブレット宛に連絡が入る。


「ジークさん、ありがとうございます。アデリーンを連れ帰っていただき、大変助かりました」

「いえいえ、とりあえず今はブライツと城の一室で食事をしているところですよ」


 流石幼馴染というだけあって、ジークさんはアデリーンの扱いに慣れているらしい。


「ブライツにも何か送っておかないとね」

「それなら、アップル様。魔物討伐遠征にあたって御守りか何かを送るのはいかがでしょう?」


「そうね……わたしの魔力を魔法結晶マナクリスタルに籠めたペンダントでも送らせていただくわ。それにしてもどうして魔物討伐なんて話になった訳?」

「どうやら王と王宮幹部が集まる重役会議で決まったらしいのです。この間、我々が対峙したドラゴンナイトが街のすぐ近くで暴れているという報告があったそうで」


 その話に違和感を覚えるわたし。一体どこからそんな噂が流れたのか……。何せ魔物の頂点である魔王グレイスから暫く魔物が攻め入る事はないといった話を先日直接聞いたばかりなのだ。


「ねぇ、ジークさん。その話……」

「嗚呼、もしかしたら罠かもしれません」


「でも、行かれるんですね?」

「民の平穏を守る事が、我々の使命ですから」


 それはブライツ王子も同じ気持ちらしい。国の実力派二人が直接討伐に向かう。アルシュバーン国はこの遠征でどうやら決着をつけたいようだ。


 もしかしたら魔王本人も知らない誰かの陰謀が渦巻いている可能性もある。ならば出来る限りの準備はしておくべきだろう。


「遠征メンバーへ、出発前に神殿へ立ち寄るようお伝え下さい。シスター達へハイポーションと毒消し、状態異常に効く万能薬を準備させておきます」

「アップル様、ありがとうございます」


「万が一のときは遠隔リモートで対処します故、緊急時には魔法端末タブレットで回線を繋ぎます」

「アップル様のお手を煩わせてしまい、申し訳ない」


「わたしも一国の聖女ですよ? わたしの魔力が届く場所で、仲間を傷つける訳にはいきませんから」

「聖女様は、本当に頼もしいですね」


 そう言うと、黒髪の騎士団長は画面に向かって微笑む。そんな中、団長の部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえる。


『ジーク居るか、終わったぞ』

「お、その声はブライツか」


 一旦魔法端末タブレットの画面を隠し、誰もブライツ以外誰も居ないことを確認した上で机上に魔法端末を出すジーク。


 ジークの部屋を訪れたブライツは心なしかげっそりしているように見えた。


「アップル……アデリーンに帰ってもらうのが大変だったぞ」

「それはお疲れ様。美味しいものを食べた割には痩せたように見えるわね」


「アデリーンの話をずっと聞いていたからな。なんだか魔力を大量に吸われたような気分だ」

遠隔リモートで回復魔法でもかけてあげましょうか?」


「いや、お前の顔が拝めただけで回復した。だから心配はいらん」

「そう、ならよかった」


 そう言いつつも今日は流石に疲れたのか、ブライツは元気よくわたしに日々の報告をすることもなく、自室に戻ると言って帰って行ったのだった。






 そして、数日後――


 魔物討伐遠征の当日、騎士団長ジークとブライツ王子率いる選抜メンバーが神殿を訪れる。団長不在の中で、国の警備が手薄になってはいけないという理由から、選抜メンバーは五十名近くの少数精鋭だった。


 団長と王子だけでも高ランクの魔物を倒す事が出来る訳で、通常の相手ならば問題ないだろう。警戒すべき相手は、ドラゴンナイトを率いていたという漆黒のローブを纏った男。いざという時は、わたしの遠征操作リモートの出番があるかもしれない。


「行って来るぞアップルよ」

「ええ、行ってらっしゃい」


 クランベリー達シスターが騎士団員へハイポーションなどのアイテムを配っていく。それぞれの団員へ祈りを捧げ、送り出す儀式を行っていく。


「ブライツ王子、こちらはアップル様からです」

「これは?」


 大気中の魔力を結晶化させて出来た鉱石――魔法結晶マナクリスタルを削り創られた魔除けのペンダント。これにわたしの聖なる魔力を籠め、魔法耐性をつけた特注品。この日のために準備しておいたものをクランベリーから王子へ渡してもらう。


「わたしの魔力を籠めた聖なる魔水晶ホーリークリスタルよ。ある程度の属性攻撃からも護ってくれるわ。こないだ言っていた贈り物よ」

「貰っていいのか、アップルよ」


「ええ、その代わり、必ず生きて帰って来なさい」

「嗚呼、勿論だ」


 こうして騎士団の選抜メンバーは魔物討伐へと向かっていく。


 このとき既に、アルシュバーン国の平穏を脅かす暗雲が立ち込めていたとは、わたし達は知る由もなかった――


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?