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三十一.どうやら侯爵令嬢は怒っているみたいです

 わたしの平穏な日常の終わりを告げたのは、神殿に響き渡る令嬢の高嗤いだった。


「オーーホッホッホッ! さぁ、平民。このわたくしアデリーンがわざわざ神殿まで出向いてあげたのよ? 今すぐ平伏し、居なくなった聖女の代わりにわたくしへ祈りを捧げるといいわ」


 女神ではなく令嬢へ祈りを捧げる事に果たして効果があるのかは分からない訳で、神殿に居た信者達は、突然の来訪者に顔を見合わせ困惑の表情を見せている。


 侯爵令嬢突然の来訪――


 アデリーン侯爵令嬢の馬車が近づいていると情報が入ってすぐ、懺悔室を閉め、相談の予約が入っている者へはクランベリーから説明をして貰っていた。


 わたしは魔法端末タブレットの画面を、遠隔操作リモートの魔力による結界を通じ、神殿内を監視している映像へと切り替える。


 わたしがテレワークをしている事実はブライツ王子や王宮騎士団の方々など、一部の人間を除き、アデリーン達貴族や王宮の人間には漏れないよう秘密にしてある。


 では、アデリーンの目的は何なのか? わたしを追放した時と同じく、侯爵令嬢は怒っているようにもみえるのだ。一体何があったのか? 暫くわたしは様子を見る事にする。


「アデリーン様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あなたは確か、聖女のお付きをやっていたシスターだったわね? ストロベリーだったかしら?」


「クランベリーでございます」

「まぁどちらでもいいわ。ではあなた達に問うわ。神殿は何か王宮に隠し事をしているのではなくて?」

「隠し事? 何の事でございましょう?」


 まるで何でもお見通しですわよ、といった表情で眉根を寄せたまま薄ら笑いを浮かべるアデリーン。クランベリーは全く表情を変えず、笑顔で返答する。


「隠しても無駄よ。わたくしのお父様から聞いたわ! あなた達わたくしのポムポム領の平民共に、何か良からぬ事を吹き込んでいるわよね? クーデターでも起こそうって言うの?」


 テレワークの事を問い質されるのかと思っていたが、どうやらあのウーパーイーツや生産者と酒場のマッチングを指しているのだろう。


「お言葉ですがアデリーン様、緊急事態で民は只でさえ自宅待機を余儀なくされている中、高い税金を払えといった無理難題を突き付けられていたのですよ? 困っている民へ平等に手を差し伸べる。これは女神クレアーナ様の教えであり、神殿の役目であります」

「元はと言えば、あの聖女が企てていたんでしょう? 最近の魔物の動きが活発になっている事も聖女が何か絡んでいるに違いないわ。民を苦しめているのは、この神殿ではなくて?」


 まるで高い税金を要求し、毎日美味しい食べ物をお腹に貯めている領主パパは悪くないと言っているように聞こえてしまう。そもそも神殿を魔人が狙って来たのはアデリーンがわたしを追放した事で結界が一時的に消えてしまった事が原因なのだ。神殿に責任を問うのは間違っている。


 本来であれば、わたしが直接出向くところであるが、追放されたわたしはこの議論に参戦出来ない。しかし、ここには有能なクランベリーが居る。今回わたしの出る幕はないだろう。


「アップル様も神殿も何もしておりませんよ。何か勘違いをされているだけです。それにこの緊急事態下でも経済を回そうと民も努力しているのです。経済が回れば高い・・税金も払う事が出来る。有事に必要な・・・・・・お金も領主であるバルトス様の下へ集まるという訳です。これの何が悪いというのですか?」

「わたくしは、あなた方が民と何か企んでるのではないかと考えているのです! 魔物の動きが活発なせいで、今朝王宮騎士団も魔物討伐へ向かう事が決定したのですよ。(せっかくブライツとのデートの機会を窺っていたというのに……)ブ……騎士団の者へ何かあったら……わたくしはあなた方を許しませんからね!」


 王宮騎士団が魔物討伐へ向かうとは初耳だ。今朝決まったという事は、まだ王子の報告が無いのも自然な流れだろう……ん、待てよ。何か大事なことを忘れているような……?


「成程、よくわかりました……アデリーン様、許嫁であるブライツ王子が心配なんですね?」

「なっ、ななななな! なんですって! ストロベリー、ブ、ブライツは関係ありませんわ!」


(いま、あからさまに動揺したわね、アデリーン)


 急に後ろへ飛んだアデリーンの金髪ドリル型ツインテールが驚きに揺れ、飛び跳ねた。


「クランベリーです。心配は要りません。ブライツ王子は強い。心配せずとも、あなたの元へ・・・・・・ちゃんと還って来ますよ?」


 まるでアデリーンの考えている事などお見通しと言わんばかりのクランベリー。流石の洞察力だ。アデリーンとは知り合い・・・・でもないでしょうに、彼女の意図を汲んで言葉を返す。今までの勢いが嘘のように動揺しているアデリーン。これはあとひと息だ。


 そのとき、魔法端末タブレットへ映していた幾つかの映像のうち、神殿入り口の映像に、白馬に乗った二人の男の姿が映る。


「あれはブライツとジークさん! そうか、適宜報告! いまは不味いわ!」


 そうだ。さっきの違和感の正体はこれだったらしい。何かあったとき、ブライツはわたしに適宜報告を必ず行うのだ。このあいだも『ホウレンソウ』は大人の基本だろうとか話していた。ジークさんも一緒という事は、魔物討伐の指令が入った事を報告に来たのだろう。


 扉を隔てた向こうでは、クランベリーとアデリーンが舌戦を繰り広げている訳で、今アデリーンとブライツの遭遇は非常に不味い。それこそわたしが追放されたあともブライツ王子が神殿に通っているとアデリーンが知ってしまったら、何をするか分からないのだ。


「どうしよう、何か言い方法は……そうか、ジークさん」


 機械音痴なブライツは魔法端末タブレットを持ち歩かない。そのため、いつも直接通話ではなく、神殿にあるクランベリーの端末を通じ、わたしへ報告をしている訳で。ここは隣に居るジークとコンタクトを!


 わたしは魔法端末タブレットを操作し、騎士団長のジークと回線を繋ぐ。魔法端末が突然鳴った事に驚いたジークさんだったが、わたしからの着信だと分かったのか、魔法端末をタッチする。


「アップル様。偶然ですね、ちょうどいま、ブライツと神殿の前に……」

「ええ、分かっています! まだ神殿の中へ入らないで! 中にアデリーン侯爵令嬢が居ます!」

「は? 中にアデリーンが居るだって?」


 ジークさんがアデリーンの名前を出した事で、隣にいたブライツ王子も事態に気づく。


「おいおいアップル、どうしてアデリーンが神殿に来ているんだよ?」

「ブライツ、どうやら、あなたが心配のようよ?」


 わたしはブライツとジークさんへ手短に状況を説明する。ジークさんは腕を組み、どうしたものかと思案している。


「魔物討伐の件を先に報告されてしまうとは……俺とした事がもう少し早くアップルの下へ出向くべきだったか」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう、ブライツ」


「アップル様。わたしに考えがあります。アデリーンがブライツを心配しているんなら、それを利用しない手はないかと」

「聞きましょう」


 アデリーンの幼馴染だけあって、ジークは彼女の扱いには慣れているようで、その作戦も見事な内容だった。ただし、隣で蒼髪の王子が不服そうな表情をしていたが。


「おいおい、ちょっと待て。俺の意見はどうなる?」

「まぁまぁブライツ、わたしが今度あなたへお菓子か何か送ってあげるから」

「よし。仕方がない。その作戦を呑もう」


 ブライツ王子も単純でよかった。こうして騎士団長ジークによる、アデリーン回収作戦が実行されるのであった――


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