「アップルーー、手伝ってくれてありがとう~。お陰で予定より早く終われそうよ~」
「ううん。居候させてもらってるんだから、これくらい当然よ。こちらこそいつもありがとうね、レヴェッカ」
魔王様のサンクチュアリデートを終えた翌日、この日テレワークがお休みだったわたしは、レヴェッカとシスター見習いのマミ、ユナと一緒に礼拝堂のお掃除を手伝っていた。
テレワークをしているものの、何せわたしは居候の身なのだ。サンクチュアリアプリで創ったハーブやお野菜なんかを定期的に教会へ届けるようにしているけれど、なるべくお休みの日もレヴェッカのお手伝いをするよう心掛けている。
「お掃除終わったらみんなでお昼にしましょう」
「ええ。アップルが届けてくれたお野菜でホワイトシチュー作りましょうか!」
神殿に務めている頃は人数も多く、料理は侍女達が行っていたため、こうやって仲の良いレヴェッカと一緒に料理が出来る環境も新鮮だったりする。三百六十日聖女としての務めを全うする生活も、それが当たり前だと思っていたが、こういう新しい生活は、日常の何気ない幸せをわたしに教えてくれる。
そのまま教会の礼拝堂からキッチンへと移動し、みんなでホワイトシチューを作ってランチタイム。教会で作った自家製パンは、生地に含ませたバターの香りが小麦の香りと素敵なハーモニーを奏でている。ホワイトシチューとの相性もバッチリだ。
「そういえば、アップル様~。この間いただいた化粧水。ありがとうございます! お陰でうち、お肌のハリも出て、モチモチになりました!」
「私もですー。あれ、本当にアップル様の手作りなんですか!? 聖女様って何でも出来るんですね!」
そうそう、サンクチュアリアプリで
わたしで試して有効だったため、レヴェッカやマミとユナにもプレゼントをしたのだが、気に入って貰えたみたいでよかった。
「いえいえ、何でもは出来ないわよ? わたしの出来る範囲でやれることをやっているだけよ」
「ねぇ、アップル。今度、私の牧場で採れたミルクを使って
「それいいわね、レヴェッカ。この際だから色々作っちゃいましょう」
お菓子作りだけでなく、化粧品開発なんて、神殿で毎日お務めをしている頃には考えもつかなかった。
ランチタイムを終えたところで、修道院へ戻るマミとユナとは此処でお別れ。教会からレヴェッカ邸へ帰ろうとしたところで、教会の正門付近を行ったり来たりしている女の子の姿が見える。ピンク色のワンピースを着た金髪の可愛らしい女の子だ。教会に何か用事なのだろうか?
「あら、君、どうしたの? 教会へお祈りに来たのかな?」
「あ、えっと……えっとぉ~~」
神官であるレヴェッカが入口付近で迷っていた女の子の傍へと駆け寄る。レヴェッカは女の子の背丈に併せて両膝へ手を置き、前屈みになって女の子の話を聞いているようだった。
「うんうん、そう。大丈夫よ、お祈りしていくといいわ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
女の子が右手を前に出している。連れて行って欲しいのだろう、笑顔でレヴェッカが女の子の右手を取る。
「ん?」
この時、ほんの一瞬、レヴェッカと女の子の動きが止まったように見えた。でも、それは一瞬で、レヴェッカは何事もなかったかのように優しく微笑んだまま、女の子と手を繋いで、教会の礼拝堂へと向かう。
「あれ? あれ……えっと?」
「どうしたの? 教会へお祈りするんでしょう?」
戸惑う表情を見せた女の子だったが、すぐにレヴェッカの後をついて行くように礼拝堂へ向かった。どうやら弟の具合が悪かったらしく、教会へお祈りに来たらしい。
「弟くん。体調よくならないのなら、今度ここへ連れて来るといいよ。きっと病気も治るわよ?」
「本当! じゃあ、今度連れて来るねっ!」
礼拝堂の入口で様子を見ていたわたしに向かってレヴェッカが軽くウインクをする。そうね、確かに弟くんの病気の原因が分かれば、わたしがそっと治してあげるくらいなら可能だろう。
こうして小さな訪問者はお祈りを終え、レヴェッカとわたしにぺこりとお辞儀をして帰って行く。たまにはこういうゆっくりとしたお休みも大事だなと思う一日だった。
この後は、レヴェッカからの熱烈な一緒にお風呂へ入ろうアタックを回避し、魔王様からのメッセージへ当たり障りのないお返事しつつ、一日を終える事となった。と思っていたら、
『アップル様~~! アップル様ぁああ! なななな何ですか、あの煌めく小瓶に入った聖水のようなアイテムはぁあああ!』
『あ、クランベリー。それはわたしからのサプライズプレゼントよ。わたしの魔力を使って化粧水を作ってみたの。こちらでも教会の子たちに好評だったから、クランベリーもよかったらどうかなって思って』
教会の子たちに化粧水が好評だったのでクランベリーへ贈っていた事をすっかり忘れていたのだ。彼女へは試作品も含めて化粧水の瓶を十本贈っておいたのだ。
『サ、サ、サ、サプライズ! アップル様からのサプライズププププレゼントぉおおおお! しかも手作り。アップル様の魔力入りぃいい。はぁはぁ……』
『ちょ、ちょっとクランベリー、呼吸が荒いわよ? 大丈夫?』
『ええ、ええ。ワタクシは至って冷静です。これからアップル様の魔力を毎日浴びる事が出来ると思うと涎……いや、幸せ過ぎて喜びの雫が溢れて来ます。ありがとうございます。大事に使わせていただきます』
『なに、その喜びの雫って。でも喜んで貰えてよかった。明日のテレワークもよろしくね、クランベリー』
『勿論です、アップル様。アップル様へ仕える事がワタクシの全てですので』
『もう、クランベリーはいつも大袈裟なんだから。じゃあまた明日ね、おやすみ、クランベリー』
『おやすみなさいませ、アップル様』
こうして、わたしは平穏な一日を終える。
わたしの周囲へ、既に平穏な日常の終わりを告げる足音が近づいて来ている事など、この時のわたしは知る由もないのである――