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二十七.どうやらクランベリーにも悩みがあるようです

 わたしアップルとの魔法端末タブレットでの通話を終えたクランベリーは、夕食の支度を終えたシスター達と合流し、食事を取る。


 今日の食事は野菜たっぷりのホワイトシチューにパンとサラダだ。新鮮野菜のポムポムサラダは、隣のポムポム領で売れ残った野菜で作ったサラダをウーパーイーツで注文したものだ。勿論この日のホワイトシチューの野菜もポムポム産だ。


 ポムポム領の農家と神殿があるフルーティ領で人気の酒場の店主をマッチングした事で、ポムポムサラダは酒場の新商品として既に人気の逸品となっている。わたしから提案された際、クランベリーもそんなにうまくいくのかと半信半疑だったようだが、神殿へ訪れる者たちは基本、聖女の言葉を真っ直ぐ信じる者ばかりなのだ。


 こうして、わたしアップルによる、悩みを抱えた者たちを内容によって振り分け、マッチングさせる作戦は見事成功したのである。


(嗚呼……アップル様。やはりあなたは民を想い、世界を救う事の出来る力を持った、最高の聖女様ですわ♡)


 わたしの姿を脳裏に浮かべ、クランベリーはうっとりしつつホワイトシチューの残りを口にする。食べ終えた食器をシスターと神官みんなで片づけ、お風呂で一日の疲れを取ったあと、自室へと入るクランベリー。快眠を誘導するカモミールティーを淹れ、一日の出来事を日記へ書き留めようとした時、魔法端末タブレットからの通知に気づく。


「サンクチャットのお誘い――あら、チェリー様から?」


 サンクチュアリアプリにはチャット機能があり、アプリ内でリアルタイムに会話が出来るのだ。クランベリーはサンクチュアリを立ち上げ、メッセージを確認する。


『こんばんは、夜に失礼しますわ。クランさん! いらっしゃいますかー?』

『はい、チェリー様。おりますよ、こんばんは』


 あのとき恋愛相談を受けた後、チェリーちゃんとクランベリーはアプリ内で会話をするようになったらしい。勿論このことは、わたしの知るところではないのだが。


『クランさん、今日はお礼が言いたくて! ありがとうございます』

『お礼? 何かあったんですか?』


『はい、なんと好きな人から連絡が来たんです!』

『あら、それはよかったですね!』


 最近チェリーちゃんは、クランベリーやわたしのアドバイス通り、好きな相手へ頻繁にメッセージを送る事を止め、遠くから彼の事を見守っていたらしい。そして今しがた、好きな人から『最近連絡がなかったので連絡をしてみた』とチェリーちゃんを心配するメッセージが届いたんだそうだ。どうやらチェリーちゃんの身に何かあったのか心配してくれたらしい。


『クランさん、あなたわたくしにとっての〝恋愛の師匠〟ですわ。押して駄目なら引いてみな作戦、素晴らしいですわ』

『師匠だなんて、滅相もございません。でもよかったですね、此処で毎日メッセージを送るようになっては以前と変わりません。相手が心配してくれる位の距離でやり取りを続けるのが一番ですよ』

『成程、そういう事ですわね。ありがとうございます師匠』


 『何もなかったのならよかった』と今日は相手とのメッセージを終えたらしく、チェリーちゃんは上機嫌のままアドバイスをくれたクランベリーへ報告を入れたらしい。


『言葉は相手へ直接伝えなければ、思っているだけ・・・・・・・では伝わらないもの……いい言葉ですわよね』

『え?』

『あ、好きな人がわたくしへ言ってくれたんです』

『そうなんですか、素敵な言葉ですわね』


 その言葉に既視感を覚えるクランベリー。朝昼晩毎日送られてくるメッセージ。デートの誘い。距離を取る作戦を実行したチェリーちゃん。そして、心配した相手からのメッセージ。その既視感の正体に気づいたクランベリーは思わずカモミールティーを噴き出した。


(いや、待って。その言葉って……さっきアップル様がブライツ様へ伝えていた言葉じゃない? じゃあサンクチュアリのお友達、チェリーちゃんって……アデリーン侯爵令嬢!? じゃあ、好きな人って……ブ、ブライツ様!?)


 魔法端末タブレットへカモミールティーが掛からないよう机をタオルで吹きつつ、平静を装うクランベリー。そのまま自然な流れでチェリーちゃんとの会話チャットを終え、サンクチュアリアプリを閉じたクランベリーは深い溜息をついた。


「なんだか、大変な事になって参りました……」


 わたしもチェリーちゃんもお互いの正体を知らない中、クランベリーだけがその事実を知ってしまったのだ。追放された聖女と追放した侯爵令嬢が、アプリ内でお友達。しかも、侯爵令嬢の王子様との恋をみんなで応援しているという事になる訳で。


「王子様はアップル様一筋ですし、チェリー様の恋が仮に実る事があったとして、もしこの関係性をチェリー様が知ってしまったら何をするか分かりません」


 『わたくしを騙して弄ぶなんて……許しませんわ!』と神殿に雷が落ちる様子を想像し、首を振るクランベリー。


「やはり、この事実はワタクシの胸に留めておかないといけないようです。むしろ王子様がチェリー様と結ばれて、フリーになったアップル様がワタクシと……嗚呼。いけません。そんな欲に塗れたような穢れた考え。アップル様……嗚呼。駄目です……いえ、ワタクシはいつでもアップル様を受け容れる準備は出来て……ああ! そこはまだ……ああ!」


 クランベリーの妄想が始まり、彼女はそのまま自室のベッドへ飛び込み、シーツへ包まり暫く悶えているのだった。





 その翌日――


「おはようございまぁす……アップル様……ふわぁ~」

「え? どうしたのクランベリー!? 昨晩眠れなかったの?」


 朝からテレワークのために神殿と通信回線を繋いだのだが、普段あまり見る事の出来ない眠そうなクランベリーの姿に驚くわたし。


「い、いえ! 何でもありません。昨日色々考え事をしていて眠れ……あ、アップル様、そんなに見つめないで下さい。昨晩の事を思い出して……ワ、ワタクシは準備をして参りますね!」

「え? ちょっとクランベリー。……変なクランベリー」


 真っ赤になった顔を両手で覆い、高速で部屋を出ていくクランベリーを見つめ、わたしは首を傾げる。まぁ、彼女にも色々あるんでしょう。深く考えない事にした。


 こうして、チェリーちゃんがアデリーン侯爵令嬢であるという事実は、クランベリーのみが知る秘密となったのである。


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