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二十六.どうやら王子が適宜報告をしに来たようです

 無事にテレワークも再開し、暫く経ったその日、神殿の応接室にいつもの快活な声が響いていた。この日は懺悔室での仕事を終え、クランベリーに魔法端末タブレットを応接室へ移動してもらい、打ち合わせの予定だったのだ。


「アップル~~! アップルは居るか~~!」

「アップルはただいま留守にしております。ピーっという発信音の後に、お名前、ご用件をお話ください」


「いや、今俺の眼前に映っているのはアップルではないのか?」

「それは残像です。幻です。きっと王子様はお疲れなのでしょう。帰ってゆっくりお休みくださいませ」


「アップルよ……残像ならば、こちらが王子だとは分かるまい」

「ちっ、バレたか。で、ブライツ。あなた、ただでさえ緊急事態なんだから忙しいんでしょう? 神殿に来る暇ないんじゃないの?」


 普段は整っている蒼髪も心無しか乱れている気がする王子。以前は毎日のように神殿へ訪れていた彼も、本当に忙しいのだろう。最近は王子の適宜報告も数日置きとなっていた。


「ブライツ様。お疲れのようですので、紅茶を淹れて参りますね。ごゆっくりお過ごし下さい」

「うむ、感謝する、クランベリー」


 クランベリーが一礼し、一旦席を外す。魔法端末タブレットをテーブルのスタンドへ立て掛けた状態でソファーへ深々と座るブライツ。どうやらわたしに聞きたい事があったらしい。


「で、アップル。最近良からぬ事をまた企んでいるようではないか?」

「へ? 何のこと?」


 全く予期していない王子の発言に、思わず変な声が出てしまうわたし。

 王子は続ける。どうやらポムポム領を警護している騎士団員から報告が入ったらしい。最近民衆が不穏な動き・・・・・をしていると。


「ポムポム領に関しては、最近民衆の不満が溜まっているようだったので、こちらでも監視をしていたんだよ。そしたら最近、空飛ぶ両性魚スカイウーパールーパーが頻繁に飛び交うようになったらしい。魔法端末を使った宅配サービス――ウーパーイーツやママゾンの存在は俺も知っている。だが、若者だけでなく、年配層まで突然それを扱えるようになったのが妙でな。アップルなら何か知っているんじゃないかと思ってな」

「いえ、わたしは何も知らないわよ」


 そのタイミングでクランベリーが紅茶を淹れたカップを王子の前へそっと差し出す。『お話が終わりましたらお声かけください』と部屋の隅へと移動するシスター。王子はクランベリーへ周囲に誰も居ない事を確認して貰い、小声でわたしへ話しかける。


「アップル。民衆へアドバイス・・・・・するのはいいが、今まで飛来した事のない街に突然ウーパールーパーが大量出現したら目立つだろう?」

「まぁ、それもそうね」


 とは言え、流行はどこから流行るか分からないと言うし、『ウーパーイーツ、ポムポム領もサービス拡大しました~』のような適当な噂を流しておけば問題ない気もするけど。


「どうせ高くなった税金対策で色々やっていたんだろう? 何かあったらどうする? 俺に直接相談すればいいだろう? それこそ国家反逆罪で国外追放どころじゃなくなるぞ?」


 どうやら王子は、誰かが・・・民衆を誑かし・・・経済圏を操ってクーデターを起こそうとしているみたいな噂が流れる事を懸念しているらしい。ブライツは頭が悪そうに見えて、民衆の事になると、こういうところはちゃんと考えているのよね。


「うーん……わたしは酒場が閑古鳥で困っている人へランチの宅配サービスを提案したり、農作物が売れ残っている農家の方々と、新たな契約農家を探していらっしゃった商人さんをマッチングしてあげる程度の事しかやっていないわよ? あとは直接魔法端末タブレットで商売が出来るよう、老人会の皆様へ神殿で魔法端末タブレット教室を開いてあげているくらいかしら?」

「いや、それくらいやっていたら充分だろう……」

「仕方ないじゃない。民の事を想い、アドバイスするのが聖女の役目なんだもの」


 溜息をつくブライツ。ええ。あんまり目立った動きをするつもりはなかったんだけど、早く貧困から脱却させてあげたい一心でつい調子に乗りました……はい。


 税金対策の件は、色々騎士団でも領主である宰相バルトスを監視しているものの、何せこのロレーヌ家。あのアデリーン令嬢とブライツは許嫁同士なのだ。王家や他の有力貴族とも深い関わり・・・・・があるため、色々都合が悪いらしい。


「奴は金や利権の事しか考えていないような男だからな。バルトスの動きは見ておくから、民衆がクーデターを起こすなんて事態にはならないようにしてくれよ?」

「ブライツへ迷惑をかけるつもりじゃなかったのだけど……ごめんなさい」


「謝る事ではない。俺とお前の仲だろう。心配するでない! 俺が知ったからには、大船に乗ったつもりで居るといい」

「泥船の間違いじゃなくて?」

「何か言ったか?」

「なんでもないわ」


 彼の笑顔を見ていると、有事である事を忘れてしまうから不思議だ。一見頼りないように見えて、本当に大変な時には背中を預ける事の出来る。ブライツはちゃんと王子としての器を備えている。


「それはそうとアップル。この神殿へアデリーン令嬢は来ていないよな?」

「え? まさか! わたしを追放した彼女が此処へ来る訳ないでしょう?」


 追放されたわたしが神殿でテレワークをしている事実をアデリーンが知っているかどうかは知らないが、目の敵にしているわたしの所へ来る事態があるのならば、それこそ、神殿へ国家反逆罪がどうとか追及しに来る時のような気がする。


 その話をブライツへ告げると、何やら首を傾げている。アデリーン侯爵令嬢と何かあったのだろうか?


「いやな、アップル。つい先日までアデリーンからデートの誘いや朝の挨拶、夜の報告と、毎日メッセージが来ていたんだがな。最近ぱったり来なくなったんだよ。彼女と幼馴染であるジークへ聞いても何も知らないらしく、逆に気になってな」


 令嬢の身に何かあったのかと尋ねると、そういう訳でもないらしい。


「むしろ心配なら、ブライツからメッセージ送ってあげたらいいじゃない? 許嫁なんだから」

「そういう訳にもいかないだろう! それに俺はアップル一筋だ。それは今も昔も未来も変わらん」


「それとこれとは別でしょう? デートをしてあげろとまでは言わないけど、ただでさえデートの誘いも断っているんでしょう? 心配ならその〝心配〟という気持ちくらいは伝えてあげてもいいんじゃない? 言葉は相手へ直接伝えなければ、思っているだけ・・・・・・・では伝わらないものよ?」

「むむむ。まぁ、そうだな。わかった。そうしよう」


 ブライツは観念したのか、魔法端末タブレットでアデリーンへ今度メッセージを送る事を約束してくれた。自分を追放した令嬢の肩を持つのも滑稽な話だが、何故かこの時わたしは、アデリーンの事を放っておけない気がしたのだ。


 わたしを追放した張本人が悪とばかり最初は考えていたのだけれど、こうして王子がわたしの下へ出向いていた事が原因で嫉妬心が抑えられなくなってしまったのならば、こちらにも非がある気もしてならないのだ。今更アデリーンと直接話す機会が出来るとは考えにくいが、こうして神殿でテレワークを続けていく以上、アデリーンとの話もいずれ決着をつけなければいけない……そんな気がする。


「よし、ではそろそろ城へ戻るとするぞ。さらばだ、アップル」

「はいはい、ブライツごきげんよう」


 こうして今日もブライツは嵐のように現れ、嵐のように去って行く。


「ふふふ。ブライツ様は相変わらずですね」

「本当元気だけが取り柄の王子よね」


 思わず笑みが零れるクランベリーとわたし。このあと、オンライン会議という名の女子トークに華を咲かせ、わたしはこの日の通話を終えるのだった。


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