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二十四.チェリーちゃんには恋の悩みがあるようです

 無事に狩りを終えたわたしたちは森を抜け、ランチ女子会をするために丘の上へと移動する。


 丘の上へシートを広げ、ランチの準備。チェリーが作って来たサンドイッチと、わたしが保温魔法が施されたポットへ淹れて来たハーブティーとサラダ。そして、先ほど狩りでゲットした女王闘牛エリザベスカウの高級肉をみんなで食べようという事になったのだ。


 網焼きセットを持参していたクランクランベリーが素早くセット。お肉の扱いは、教会で牧場のお仕事までやっているライムレヴェッカが慣れており、捌いたお肉を手早く調理していく。


 アプリ内ではアイテムを保存しておく機能も備わっているため、巨魔猪の皮や肉、女王闘牛の皮や角、余ったお肉は保存してみんなで持ち帰る事にする。


「こ、これは……」


 丘の上、お肉を焼く香りが周囲に広がっていく。チェリーちゃんの口からは既に雫がゆっくりと落ち、糸を引いていた。


「こんな背徳的な行為、イケませんわ♡」


 恐らく令嬢として育ったチェリーちゃんは、野外でお肉を焼く行為なんて経験した事ないんじゃないかな?


女王闘牛エリザベスカウの霜降りがしっかり入った美味しい部分を焼いてみたよ。さぁ、熱いうちに食べましょう」


 ライムレヴェッカが焼いたお肉をお皿へ盛り、お塩とレモンを添える。見るからに分かる高級肉に、わたしも思わず喉を鳴らした。


「いただきます」


 口に柔らかいお肉を含んだ瞬間、女王の名を継いだお肉は舌の上で蕩け、溶けていった。幸せ成分がだんだんと広がっていく。これは……。


「美味しい」


 ライムレヴェッカクランクランベリーも満足そうにお肉を口へ運んでいく。そんな中、チェリーちゃんは恍惚そうな表情を浮かべたまま、全身を震わせていた。


「はぁー、だめよ、イケませんわ、女王様♡このままだとわたくし、女王様に蹂躙されてしまい……ああ!」


 右頬へ手をあてて、チェリーちゃんはそのまま昇天……じゃなくて女王印のお肉を満足そうに食べていた。


 チェリーちゃんの作って来たサンドイッチも卵サンドにハム、ポテトサラダが入ったサンドと、とっても美味しかった。女子会ということで自然と会話も弾む。


「最近オレンジアップル様とご一緒にランチが出来ずにワタクシは寂しゅうございました。こうしてご一緒にランチが出来てワタクシは天にも昇る気持ちですわ」

「もう、クランクランベリーはいつも大袈裟なんだから」


 わたしが淹れて来たハーブティーの味を堪能しつつ、クランはうっとりしていた。お酒は淹れて来てないんだけど、頬が桃色なのはサンクチュアリの仕様だろうか?


 まぁ、気にしないでおこう。


「あ、そういえばチェリーちゃん。このあいだ相談があった好きな人・・・・とはどうなったの?」

「その事でしたか……それが彼もお忙しいみたいで、最近中々お会いする事が出来ないのです」


 わたしが話題を振ると、チェリーちゃんの口からため息が漏れた。彼女からはよくリアルでの恋愛相談を受けていた。どうやら彼とは将来結婚を約束された仲ではあるのだが、相手には好きな人が居るらしい。


 振り向いてもらうべく、彼の下へ向かっても、最近忙しいらしく、取り入って貰えないらしい。魔法端末タブレットで毎日メッセージを送っても、元々不器用な相手らしく、返事はなかなか返って来ないのだそう。


 思い通りにならず、世話係の侍女や幼馴染の男など、周囲にあたってしまう事も多いらしく、本人もなんとかしたいと悩んでいるようだ。


「チェリーちゃんも大変ね。そうねぇー、相手が忙しいと余計に距離を縮めるのも難しいよね」


 立場上わたしは神殿で男女限らずこういった恋愛相談を受ける事が多い。自身の経験がある訳ではないが、人間関係をこれまで築いて来た経験からのアドバイスなら出来るのだ。


「チェリーちゃん因みに、そのメッセージって毎日送っているの?」

「勿論ですわ、朝、昼、晩と、寝る前も欠かさず送っていますわ」


 不意にクランクランベリーと視線が合い、互いに頷く。そうね、チェリーちゃんがこのまま今の行為を続けたなら、相手との距離はどんどん離れていく可能性があるのだ。


「チェリー様、お言葉ですが、押してダメなら引いてみるのはどうでしょう?」

「え? それは?」


 そう提案したのはクランクランベリーだった。彼女は続ける。


「実はワタクシも、長い間思い続けている方が居るのです。ですが、その方はいつもお忙しく、でも他人思いの心優しい方なのです。一方的に自分の気持ちを送り続けるのではなく、相手の事を思い、一歩引いた場所からそっと見守る。それが淑女というものですよ」

「クランさん……」


 少し考えるような仕草をしていたチェリーだったが、やがて意を決したように顔をあげる。


「そうですわね、クランさん。いつもお忙しいのに一方的にメッセージを送るのは迷惑ですわよね。ありがとうございます。わたくしは暫く彼を遠くからそっと見守るようにします」

「その意気ですチェリー様。恋する乙女は美しく輝けるのですよ? 例え、今すぐ成就せずとも、いつか幸せを掴む事が出来ます。応援していますよ」


 チェリーとクランが固い握手を交わす。クランクランベリーも思うところがあったのだろうか?


「さ、話も終わったところで、お肉の残りを食べましょう! 最後は女王様のお尻・・・・・・にあたる、ランプ肉よ」


 途中から肉焼き係に徹していたライムレヴェッカがこちらの様子を窺いつつ、こんがり焼けたランプ肉を持って来てくれた。


 柔らかくともしっかりとした弾力と肉厚を持った女王様のお尻は、とってもジューシーで、それはそれは美味だった。


 女子会を終え、みんなでお片付けをしている中、隣に居たクランへ小声で話しかけるわたし。


「ねぇ、クランクランベリー

「なんですか、オレンジアップル様」


「さっきの長い間思い続けている人って、今も思い続けているの?」

「なっ……え、はい。この想いは生涯消えることはありません」


「なんだー。クランクランベリーってそんな話普段しないから。水くさいわね。わたしとあなたの仲なんだから、相談してくれてもいいのに」

「そんな! アアアアオレンジ様のお手など煩わせる訳にはいいいきませんから! ご心配には及びませんから。でも……」


「でも……?」


 作業の手を止め、クランクランベリーが首を傾げていたわたしへ真っ直ぐ顔を向ける。


「時が来たらお話するかもしれません。そのときはお話聞いてくださいますか?」

「勿論よ」


「ありがとうございます」


 恭しく一礼するクランクランベリー。こうしてサンクチュアリアプリでの女子会は無事に終わりを迎えるのだった――


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