騎士団長ジークとの話を終えて数日が経った。
魔物の情報を魔王であるグレイスから聞き出してもよかったのだが、わたしが下手に動く事で、配下の者の耳に入ってしまっては、グレイスが意図しないところで神殿やレヴェッカの教会へ被害が出る事も考えられる。
この世界は思っている以上に情報戦だ。どこで情報が漏れるか分からない。国内に内通者が居た事で、国が滅びるなんてよくある話だ。
ジークを襲った相手の特徴は分かっているため、グレイスとはなるべく敵対せず、日常会話の中から情報を聞き出すようにしようと思っている。
ただ魔王様は不器用なので、メッセージを続けようとしても返事が返って来ないまま、翌日を迎える事もよくあるのだが。
「アップル様ー、朗報ですよ。週明けより、礼拝堂や懺悔室を開放する事になりました。アップル様の結界もあり、神殿内は安全と国が認めてくれたようです」
「本当! よかった! じゃあテレワークは再開出来るのね」
街の外で魔物の動きが活発だと言っても、国民の日常は続いていく。そんな中、緊急事態でお店を閉め、引き籠り生活をずっと送ってもらうなど、そう簡単に長期間維持する事は難しいのだ。
国内の警備を強化しつつ、緊急時の地域毎の避難区域の確保、ギルドへは冒険者へ緊急派遣用のクエスト準備と、背後で襲撃に備えた準備をしつつ、国民へはなるべく日常を送って貰う。教会はそんな国民の〝心の拠り所〟となりうる場所なのだ。こんな時だからこそ、わたし達の役割は大きい。
「来週末にはミサも開催しますので、アップル様も自宅から中継観ていて下さいね」
「ありがとう、クランベリー。わたしが不在の中、いつも頑張ってくれて本当に感謝してるわ」
「いえいえ、そんな! アップル様のため、みんなのために尽くすのがワタクシの全てですから」
僅かに頬を赤らめつつ、恭しく一礼するクランベリー。彼女には頼りっぱなしなので、今度何かお礼をしなくちゃね。
「そうそう、クランベリー。サンクチュアリでのポイントがまた貯まったから、ハイポーションと、毒や状態異常に効く万能薬も精製しておいたの。それから、いつも頑張ってるクランベリーに何か送ろうと思うんだけど、何がいいかしら?」
「あっ! アアアアアアップル様! ただでさえアップル様特製のアップルパイやお菓子をいただいているというのに、一介のシスターであるこのワタクシめに、おおおおお贈り物など。めめめめ滅相もないですよ」
先ほどまでほんのり桜色のクランベリーの頬が林檎色に染まり、頭から蒸気を発している。って、そんなに動揺しなくても。しかもなんだか呼吸が荒い……えっ、待って。熱でもあるんじゃない?
「ちょっと、クランベリー大丈夫? 様子が変よ?
「いえ、何でもありません。本当何でもありませんから。それにこの状態でアップル様の魔力を直接浴びたらワタクシは文字通り昇て……本当何でもないですから!」
最後何か言いかけた気もするクランベリーだったが、何もないというのなら大丈夫だろう。結局サンクチュアリから送る荷物に箱庭アプリ内でわたしが育てた特製のハーブを詰める事にした。
カモミールやラベンダーといったなるべく疲れを取る効果があるものを厳選しておく事にしよう。
このままクランベリーとはオンライン上で束の間のカフェタイムを満喫する。彼女は神殿の仕事が忙しいにもかかわらず、いつもわたしの事を気にかけてくれる心優しいシスターだ。
「そういえば、アップル様。サンクチュアリで思い出したんですが、ホワイトへ先程餌をあげたら、何だか様子がいつもと違いましたよ?」
「え、本当? じゃあ通話終わったらちょっと見てみるわね」
「はい、何やらホワイトの回りを淡い光が包んでいたんですよ。何かのお知らせかも」
「教えてくれてありがとう。貴重な休憩時間にありがとうね」
「いえいえ! 今日もアップル様のご尊顔を拝する事が出来たので、残りの仕事も頑張れます。では、失礼致します」
「はい、またね。クランベリー」
クランベリーとの通話を終えたところで、ハイポーションの発送手続きも兼ねて箱庭アプリ――サンクチュアリを立ち上げる。
わたしが留守の間もハーブや農作物への水やりと、ペットのホワイトへ餌やりをしてくれている友人達。
シスタークランベリー <ゲーム内ユーザー名/クラン>
シスターミリア <ゲーム内ユーザー名/ミリアン>
神官レヴェッカ <ゲーム内ユーザー名/ライム>
ゲーム内のみのお友達
マリアンヌさん♀
チェリーちゃん♀
ベルさん♂
ナナシの執事さん♂
尚、ブリリアントというユーザー名の某王子様は半年ログインしていない。
とりあえずお礼にペットへの餌やりと農作物やハーブの水やりを巡回していく。そして、摘んだハーブと一緒に精製依頼していたハイポーションや万能薬を神殿宛に発送手続き。
あとは今日分の
まぁ、50万ポイントあればハイポーションも充分精製出来るので問題はないのだけれど。
ひととおり巡回を終えたところで、ホワイトのところへ向かう。ホワイトは見た目子犬なのだが、聖獣という設定らしい。なので、いつもわたしの魔力Pで変換した餌を与えている訳だが、何やら確かにホワイトが淡い光を放っていた。
「わんわんわん!」
「ホワイトー来たよー、どうしたのかしら?」
画面のホワイトをタップすると、ホワイトの横へ文字が出て来た。
『現在、聖獣レベル30――進化可能です、進化させますか?』
「え、進化!?」