応接室の台座へ魔法端末を置いたまま、ブライツとジークは応接室のソファーへと座る。
クランベリーがブライツとジークへ紅茶とクッキーを用意する。わたしも自室にて、アップルティーと先日作ったクッキーを準備しておいた。
このままブライツ王子と騎士団長ジークの
そう、ジークが接触したという魔物についてだ。
魔の森を調査していたところ、悪魔化した薔薇――エヴィルローズや、巨大な毒蜘蛛であるブラックスパイダーといった森に棲んでいる初級、下級の魔物以外に、中級の牛の頭をした人型の魔物――ミノタウロスや、巨大な熊の魔物――グリズリーなどの集団と交戦したらしい。
そこまでは騎士団の団員でも対処出来るレベルであり、問題はなかったのだが……。
「漆黒のローブに身を包んだ男が現れ、杖を振るった瞬間、鎧を着た竜の騎士が現れたのだ。奴が剣を振るった瞬間、紅蓮の業火が団員達を襲った。俺はそのドラゴンナイトと剣を交えたのさ」
ドラゴンナイトと騎士団長の実力は拮抗していたらしい。それでもジークは、炎を纏った剣戟を高速で躱し、瞳の色を
しかし、それまで手を出さず、戦いを静観していた漆黒のローブの男が動いたのだ。全てを吸い込むような闇の塊を団長の背後に控えていた団員達へ向けて放つ。
ドラゴンナイトの剣を思い切り弾き飛ばし、相手の剣が宙を舞った瞬間に、闇の魔法を背中から受け、団員達を守るジーク。
「仲間を庇うとは。ニンゲンとはやはり愚かですなぁ」
「貴様……卑怯だぞ……」
「あなたは此処で終わりです。竜騎士よ、魔竜の爪で奴を引き裂け!」
「……ゴゴゴゴ」
剣を捨てたドラゴンナイトの腕が巨大化し、巨大化した爪がジークの身体を引き裂いたのだという。意識を必死に保ちつつ、仲間へ「お前達は逃げろーー!」と叫ぶ団長。
止めを刺そうと再び振るわれる竜騎士の巨大な爪。そこへ、光輝く剣戟が竜騎士の腸を抉り、強制的に吹き飛ばす。
「ジーク、無事か! 俺が来た! もう大丈夫だ!」
「ブ、ブラ……イツ……」
光の一閃はブライツが放ったものだったらしい。そのままジークは気を失い、その後、ブライツが竜騎士へ剣を向けると、漆黒のローブに身を包んだ男と竜騎士はその場から姿を消したのだそう。
「ドラゴンナイトだけなら対処出来た。漆黒の男……背後で糸を引いているのはそいつに違いない。奴は危険だ。ドラゴンナイトが上級クラスなら、奴はきっと……」
「超級クラス……という事になる訳ですね」
漆黒のローブに身を包んだ男。これは魔王様へ
相手の特徴が分かっただけでも大きい。恐らく神殿を襲ったあの魔人を寄越した相手もその男なのではないかと思う。
「油断出来ない相手が背後に控えている以上、厳戒態勢を引いた上で、襲撃には備えておかなくてはならんのだ。アップル。お前には迷惑をかけぬよう、気をつけるが、万が一魔物が襲撃して来た時は……」
「ええ。その時は、神殿の神官とシスター、わたしの力を持って治療へ専念するわ」
これは〝サンクチュアリ〟アプリでのハイポーション精製も急ピッチで進める必要はありそうね。あとはわたしとは敵対しないというグレイスの言葉を信じるしかないけれど、あちらはあちらで色々ありそうだし、こっちも探りを入れる必要はありそうね。
紅茶とクッキーを食べ終え、騎士団長ジークも改めて追放されたわたしがテレワークやオンライン診療を行っているという事実は他言しないと約束してくれた。
「いま、アップル様の診療が出来ない事態になってしまったら、魔物が攻めて来た時の被害は避けられない。約束は守ります、アップル様」
「ありがとうございます、ジークさん」
画面ごしで握手は出来ないため、互いに一礼する。
「そういえば、先程のお話だと、追放の本当の原因は、アデリーン侯爵令嬢の嫉妬だったのですか?」
「ははは、表向きは国家反逆罪らしいんだけどね」
どうやら騎士団長は、有力貴族の者達からの報告で、わたしが国家反逆罪を犯した悪女と言い聞かされていたらしい。今回、ブライツとわたしの関係や、アデリーンの嫉妬という話を初めて聞く事となったのだ。
「民の者から一切悪い噂を聞いていなかったアップル様が罪を犯したと聞き、疑問には思っていたのですよ。今回の話で腑に落ちましたよ」
「こうしてお話出来たことで誤解も解けたみたいでよかったです」
するとジークは顎の下へ手を当て、少し何か考える様子を見せる。そして……。
「ひとつよろしいですか?」
「はい、何でしょうジークさん」
「いえ……
「あれ? ジークさん、アデリーン侯爵令嬢と交友が?」
そう、今ジークは侯爵令嬢の事をアデリーンと呼んだのだ。わたしが尋ねると、アデリーンのロレーヌ家と、ジークのグランフォード家は、アルシュバーン国の有力貴族同士で昔から交友があるらしいのだそう。
「アップル様が追放された原因がもし他にあるのだとしたら……考えすぎかもしれないですが」
「ははは。ジークは真面目だからな。まぁ、アップル。心配するな、何かあった時は俺とジークが居るから安心するといい」
「はいはい、ありがとうブライツ」
こうして、ブライツとジークとの魔法回線での通話は無事に終わる。二人が居なくなった後、紅茶のカップを片付けるクランベリーがわたしへ向かってひとつ報告をしてくれた。
「アップル様。ワタクシの友人に絵を嗜んでいる者がおります。今度、王子と騎士団長の絵を描いて貰えるよう、頼んでみようかと思います。製本出来ましたら、こっそりアップル様へお見せ致しますね」
とっても慈愛に満ちた笑顔で報告したクランベリーは、口から雫を垂らした状態で妄想を膨らませていたのだった。