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十八.どうやらわたし、夢を見ていたようです

 そこは一面に広がるお花畑だった。一人の少女が、白い花で冠を作っている。少女へ向かって、元気いっぱいの男の子が走って来る。走って来た男の子の頭へと白い花冠を乗せる少女。


「はい、ブライツ。これどうぞ」

「くれるのか? ありがとうアップル」


 鼻の下を指で擦りつつ、満更でも無さそうな少年。そんな少年の様子に優しく微笑む少女。それは懐かしい記憶。教会での生活は、お祈りやお勉強の毎日だったため、お昼に王子と抜け出しては教会の近くでよく遊んでいたっけ。


「よし、じゃあ今日は俺もアップルへプレゼントだ!」

「え? 何?」


 草の蔓で環を作り、王子がわたしの薬指へ草の指輪を嵌め込む。


「将来はアップルをお嫁さんにするからな!」

「え? えっと……あ、ありがとう」


 わたしの両頬は林檎のように真っ赤だった。この時、あまりにも恥ずかしくて、王子の事を直視出来なかった記憶だけは鮮明に覚えている。


 映像は白い光に包まれ、切り替わる。眼前には、大きくなった王子の姿。


「ふははははは、迎えに来てやったぞ、アップル」

「これ、どうなっているの?」


 わたしはテレワークのワンピース姿だった。教会の前に立つわたしへ手を差し伸べるブライツ。元気そうな彼の性格は今も昔も変わらない。目の前に現れた王子に戸惑っていると、わたしは誰かに手を引っ張られ、引き寄せられてしまう。


「若者よ。アップルは余の妃となる女よ。今すぐ此処から立ち去るがよい」

「え? グレイス!?」


 気づけばグレイスがわたしを抱き寄せていた。通常であれば魔回避維持結界ソーシャルディスタンスで、グレイスがわたしへ触れる事は出来ない。でも、何故か結界が発動していないのだ。凛々しい顔の男に迫られ、動揺を隠しきれないわたし。


 王子が訝しげな表情で剣の柄へ手をかける。


「お前、何者だ! その魔力……素人は騙せても、俺は騙せんぞ!」

「余は王であり、絶対的存在。グレイス・シルバ・ベルゼビュート。魔族の国、シルヴァ・サターナを統べる王よ」


 その言葉に王子の表情が変わる。


「何だって! 今すぐアップルを離せ!」

「何か勘違いしているな。余はアップルを攫うのではない。アップルもそれを望んでいるのだよ」


 グレイスがそう告げた瞬間、わたしの着ていたワンピースがワインレッドと黒が基調の妖しいドレスへと変わり、紅い口紅ルージュを引いたわたしがそこへ立っており……。


「アップル! 待て、魔王」

「アップル、余の者となるのだ」

「グレ……イス……ブライツ」


 今すぐ飛び掛かりそうなブライツを横目で一瞬見やるも、グレイスへ抱き寄せられたわたしは何故か身体を動かす事が出来なかった。そのまま魔王の顔がだんだんと近づき、紅い口紅ルージュを引いたわたしとグレイスの柔らかい部分が近づいていき……。




 アップル――


 アップル――



『……アップル、アップル!』

「あああああああ」


 わたしはベッドから飛び起きていた。そこには心配そうな表情をしたレヴェッカの姿。

 どうやらわたし、夢を見ていたようです。……って、何て夢を見ているのよわたし……。


 きっと昨日色々考えて寝付けなかった事が原因で、変な夢を見てしまったに違いない。


 思わずシーツで顔を覆うわたし。朝から全身が火照っている。きっと顔も真っ赤に染まっているに違いない。


「アップル、酷くうなされていたみたいだけど大丈夫?」

「ええ、大丈夫。どうやら夢を見ていたみたいで」


「そっか。無理しないでね。朝ご飯、出来ているから、落ち着いたら降りて来てね」

「あ、ありがとう、レヴェッカ」


 どうやら中々起きて来ないわたしを心配して、レヴェッカはわたしの部屋へ来てくれたらしい。


 レヴェッカが部屋を出た後、何も嵌めていない左手の薬指を見つめるわたし。夢の中でブライツ少年から渡された草の指輪を嵌めた感触が残っていた。


 身体にはグレイスに抱き寄せられた掌の感触。そもそもグレイスとはソーシャルディスタンスで一定距離から近づいた事はないし、そもそもあんな胸元が強調されるようなワインレッドと黒のドレスも、男の子を惑わすような紅い口紅も身につけた事がない。


 心の中には、二人のわたしが立っていた。


 一人は純白のドレスを着たわたし。背後ではブライツがいつもの笑顔でわたしを見つめている。

 もう一人はワインレッドのドレスを身につけ、妖しく嗤うわたし。最早聖女の面影もない、これでは魔の女王だ。


『アップル、聖女は最後まで聖女であるべきよ』

『アップル、ほんとうは、もっと冒険してみたいんじゃないの♡』


 ふたりのアップルがワンピース姿のわたしへ迫る。

 慈愛の表情で微笑む聖女と、耳元で吐息を吹きかけ妖しく誘惑する悪女。


「もう……わたしは此処で平和にアップルパイを作っていけたなら、それだけでいいんだって」 


 思いきり首を振ったわたしは、脳裏に浮かぶ聖女アップル×悪女アップルの姿を消し去る。


 何やら先が思いやられる展開だ。しかし、どんな時であれ、日常はやって来るのだ。ひとまず朝ご飯を食べて気持ちを切り替える事にしよう。


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