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十六.どうやら聖女のお料理教室が開催されたようです

 ♪聖女の癒しクッキング~~♪


「はい、本日もやって参りました。聖女の癒しクッキング~~。本日のメニューはこちら、聖女特製アップルパイとなっております」


 本日のお料理教室会場は、教会横にある修道院の食堂を借りて開くこととなった。

 まずわたしの住んでいるレヴェッカの家へ魔王様御一行を招くのも抵抗があったし、人数が多い場合にレヴェッカ邸だと広さが確保出来ないと考えたのだ。


 今、食堂に居るメンバーは全部で八名。


 人間サイドはわたしとレヴェッカ、お手伝いに修道院のシスター見習いの子――マミとユナの四名。


 そして、魔王サイドは魔王グレイスと白髪の執事――フォメットさん、ワインレッドのゴシック風メイド服を身につけた女性――ルージュ、艶やかな雪色髪の一見女の子に見える可愛らしい少年――モーリーの四名だった。


 当初は今回参加しているフォメットとルージュ率いる侍女達がたくさん参加する予定だったのだが、どうやらわたしから学ぶことに抵抗する女魔族の子も居たらしい。人間のわたしを気に入ったこの魔王様が特殊とも言えるのかもしれない。


 それに加えて、此処へ来るためには、人間の姿に化けて・・・・・・・・参加しないといけないため、わたしの魔回避維持結界ソーシャルディスタンスが自動発動される中で、人間の姿を維持出来る者自体限られているのだ。


「はい、まずは生地作りから始めていきましょうか。皆さん目の前にある容器へ小麦で作った粉をたっぷり入れます。塩をひとつまみ、隣にあるバターを入れ、バターをほぐすようにして粉と混ぜていきましょう~」


 こうして、不思議なアップルパイ料理教室が始まったのだが、白髪の執事――フォメットさんとメイドのルージュさんは恐らく魔王城の家事も行っているのだろう。覚えは早く、淡々とこなしている様子だった。


「はわわわわ……また失敗しちゃった……」

「モーリー。こうやるんですよ?」

「ありがとう、ルージュ」


 まるで男の娘なモーリーは、常に慌てている様子で、彼が失敗する度、横にスタンバっているメイドのルージュがサポートしていた。


「この林檎は潰せばいいのか?」

「え? ちょっとグレイス!」


 グシャリ――


 一瞬にして片手で林檎を握り潰すグレイス。無残にも周囲に飛び散る林檎の果肉と果汁。剥き出しとなる魔王様の筋肉にうっとりする女性陣。いやいや、林檎は潰すものじゃないから! 


「あ、ああああ、あの! グレイス様♡ よかったらうちの林檎を使って下さい」

「はぁ~、わ、私のも是非♡」

「グレイスさまぁ~」


「うむ。感謝する」


 うーん。なんだかレヴェッカとマミ、ユナ三名の様子が可笑しいぞ? よくよく思い返してみると、グレイスが登場した直後から、なんだか頬を赤く染め上げ、心此処にあらずな様子だったような気がする……。


 林檎を潰したグレイスの様子を横目で見やると、グレイスの隣に居た老執事のフォメットさんがわたしの視線へ気づいたのか、『ちょっとこちらへ』と手招きしてくれた。一旦隣の部屋へと移動し、フォメットさんがわたしへ教えてくれる。勿論、ソーシャルディスタンスは発動中のため、一定の距離は置いた状態だ。


「アップル様。グレイス様は知っての通り、魔族の国シルヴァ・サターナを統べる魔王様。あなた様が魔回避維持結界ソーシャルディスタンスを常時発動しているように、魔王様も混沌魅了波動カオスフォールドという周囲のあらゆる生物を魅了するスキルを発動しているのです。普段は威力が弱くなるよう魔王様も調整しておりますが、抑えきれない波動で、周囲の者はいつの間にか魔王様の虜になってしまうのですよ」


 嗚呼、そう言えば、グレイスと最初対峙した際、侍女もサキュバスもダークエルフも皆グレイスへ出逢って十秒で腰を振っているみたいな事言ってたっけ? ええっとつまり、この人にかかれば世に居る女性は皆落ちてしまうって事? なんだかとんでもないスキルだ。


「アップル様。ちなみに魔王様のスキルに、性別・・は関係ないですぞ?」

「え? それは……つまり……」


 魔族の男やモーリーのような少年が魔王グレイスへ抱き抱えられる……あらぬ想像を一瞬してしまい、思わず首を振るわたし。


「男女関係なく、魔王様の力へ魅了され、彼の下へ就く事に悦びを感じるようになるのです。勿論、高レベルの力を持った魔族の中には、混沌魅了波動カオスフォールドが効かぬものもおりますが」

「あ、そういうことですよね……ははは」


 魔王配下のイケメンが裸で魔王様へ忠誠を誓い合う……という展開ではなかったようだ。魔王の国が全て桃色ワールドという訳ではなくて何故か少しホッとするわたし。ええ、そんな想像なんかしていませんとも!


「幸いアップル様は、浄化の力や相手のスキルによる影響を取り除くような力もお持ちのようだ。後程、あの人間の娘たちには、影響浄化ディスクリーンのスキルでもかけてあげるとよいでしょう」

「フォメットさん、あなた〝解析〟スキル持ちですね」

「ふぉっふぉっふぉ。流石、アップル様。魔王様が認めた女性ですわい」


 流石、魔王様直属執事。わたしを視ただけである程度わたしの能力を解析した上で会話をしているようだ。ソーシャルディスタンスによって距離は保っているものの、もしかしたらこの執事も、超級レベルの力を持っているかもしれない。


 わたしとフォメットさんが部屋へ戻ると、魔王様とレヴェッカの距離が先程より近づいている気がし……いや、むしろ密着しつつあったので、ソーシャルディスタンスを駆使して、わたしが間に入る事で、強制的に二人の距離を引き剥がす事に成功する。


 呆けたような表情をしていたレヴェッカだったが、ソーシャルディスタンスの結界内へ招いた瞬間、混沌魅了波動カオスフォールドによる影響が一瞬解けたのか、我に返り……。


「あ、ごめん。アップル。あまりにグレイス様がイケメンだったものでつい……でもアップル、グレイス様のお知り合いだものね。ごめんね! 此処からは二人の邪魔しないようにするね」

「待って、そんなんじゃないから!」


 小声でわたしへ話したレヴェッカはウインクをし、そこからは、フォメットさんの相手をし始める。マミ、ユナの見習いシスターはルージュ、モーリーへ教える役となった。


 ええと、つまり。此処からはグレイス様へわたしがアップルパイ作りを直接教え込む事になる訳で。


「すまん、火加減・・・を間違えた」

「ちょっとグレイス! アップルパイは火魔法で焼かなくていいから!」


 周囲にグレイスが魔王様と悟られないよう、火属性魔法による爆発を結界で防ぐという器用な芸当をまさかお菓子作りの現場で実行することになるとは思わなかったですね。


 残念ながら、魔王様のアップルパイ試作品第一号は真っ黒焦げになったものの、レヴェッカとマミ、ユナの三名が頬を押さえつつ、うっとりしながら全部いただいていたので、結果オーライという事にしておきましょう。


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