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十四.どうやらわたし、とんでもない相手とお茶会をしていたようです

 結局『聖女特製! ハイポーション』の出処はブライツには内緒にしておいた。


 今回結果的に騎士団員へ使った訳だが、緊急時用に準備していた純度の濃い回復薬という位置づけにしている。なるべく背後に聖女の存在をちらつかせないようにしなければならないのだ。


 問題はわたしが治療した騎士団長のジークだが、ブライツ曰く、彼は人望も厚く、信頼にたる人物だから問題ないだろうとの事であった。今は祝福聖域ブレスドーム横の治療室で眠っている状態。目を覚ましたらブライツを介して話をする予定だ。


 騎士団員も暫く療養が必要なため、礼拝堂はいつも通り開放するものの、緊急事態という事で、明日から暫く懺悔室を閉める形になりそうだ。


 暫くは箱庭アプリ〝サンクチュアリ〟へ魔力備蓄マジックサーブをして、今回使い切ったハイポーションをたくさん発注する準備をしておこうと思う。そして、現場で遠隔オンライン治療が必要な場合のみ、わたしが出動する形となる。


 その日はかなり疲れていたため、レヴェッカ邸の裏にある温泉でじっくりと疲れを癒した。

 わたしが疲れている事に気づいたのか、後から温泉へやって来たレヴェッカが肩や背中をマッサージしてくれた。


 勿論彼女が〝真の目的〟である『アップルのお胸に実った二つの林檎』マッサージへ移行しようとした瞬間、勢いよく立ち上がったわたしは『ありがとう』とウインクし、レヴェッカの攻撃をうまく躱す事に成功するのである。


「ぐはっ!? 聖なる雫が降りかかった聖女の林檎……禁断の果実が揺れて……ああああああああ!」

「ちょっとレヴェッカ! レヴェッカ!」


 立ち上がったわたしの身体を直視したレヴェッカは、鼻から赤い液体を噴射させ、そのまま湯船へと沈んでいくのでした……。



 ◆


 寝る前にカモミールティーとパウンドケーキを自室へ持ち込み、今日一日の出来事を振り返る。

 よくよく考えると、今回ハイポーションを届けて置いた事で、最悪の事態を回避出来たものの、もしハイポーションを発注していなかったらと考えるとゾッとする。


 騎士団長ジークを追い込む程の魔物が街のすぐ外まで迫っている。もし、そんな魔物が再びアルシュバーン国へ攻めて来たなら……これは国家が動き出しそうな緊急事態である。


「これはやはり、魔物の動きを把握する必要がありそうね」


 考えを巡らせつつ、わたしがパウンドケーキをひと口含んだその時、机上に置いてあった魔法端末マジカルタブレットがお知らせ音と共に明滅した。


「あれ? こんな時間にメッセージ? クランベリーかしら」


 そう思ってわたしが端末のメッセージを確認すると、メッセージの宛先は思っても居なかった相手からだった。


『アップルよ。事前告知が必要との事だった故、報せだ。今度いつ空いている。今度、アップルパイの作り方とやらを学ばせに侍女を連れて参ろうと思うぞ?』


 メッセージの相手、それはあの魔族の男、グレイスだった。


 タイミングが良いのか悪いのか、明日からは緊急事態で暫くテレワークはお休み。元はと言えば騎士団が魔物に襲われた事が原因。もし、背後で彼が操っていたのなら……そう思うとあまり気分は乗らない。むしろ、グレイスを疑ってしまう。


『残念ですが、母国の騎士団員が、魔物に襲われたため、暫く緊急事態となります。グレイスとお会い出来る時間は取れないかと思います』


 わたしがそうメッセージを書いて送ると、しばらくして文面からも驚いた様子が分かるメッセージが返って来た。


『なんだとっ!? ……余はそんな指示をした覚えはないぞ!』

『上級魔族様にはやはり管轄がおありなのですか? あなたの管轄外の魔物と母国の騎士団が交戦したのであれば、仕方がありません。ですが、お互い交戦した事実がある以上、暫く通信は控えた方がよろしいかと』


『待て、余を誰だと思っておるのだ。余に管轄外はない』

『それは一体どういう意味ですか?』


 厳しい表情を作ったままわたしは魔法端末へ淡々と文字を打つ。騎士団の者達が傷ついた事に怒っているのだろうか? 管轄外はないと告げるグレイスの意図が分からず、わたしは彼を問い質す。


『そのままの意味だ。余の名はグレイス・シルバ・ベルゼビュート。魔族の国シルヴァ・サターナを統べる現魔王だからだ』

『なんの冗談?』


『なぜお前に冗談を言う必要があるアップル』


 わたしの文字を打つ手がピタリと止まる。あの圧倒的な威圧感と膨大な魔力。確かに魔王と言われても遜色ない存在である事に間違いはない。


 だけど……え? ちょっと待って。じゃあわたしこの間、現代の魔王と教会で対峙して、しかも魔王に気に入られて、お茶会までやったって言うの……?


『ごめんなさい、ちょっと頭を整理する時間を下さい』

『その必要はない。余が魔王と明かしても、余の考えは変わらんのだからな。お前は、余の女となり、やがては魔王の妃となる存在だ』


 魔王のき、きさきぃいいいい!? ちょっと何言ってるか分からないんですけど。


 それって最早聖女じゃなくて、悪堕ちした魔女・・・・・・・じゃないの。魔王の横に立ち、漆黒の外套へ身を包んだ魔女姿のわたし。紫色の妖しいアイシャドーと紅い口紅をつけ、妖艶に嗤う自身の姿を想像し、思い切り首を振る。わたしはそんな人生望んでいないわよ? 


『待ってください! グレイス、あなたが百歩譲って魔王ならば、どうして配下である魔物と騎士団員が戦った事実を把握して居ないんですか?』


 わたしがグレイスを追及した瞬間、魔法端末マジカルタブレットより、音声回線を告げる音が鳴る。画面に触れ、応答許可をすると、グレイスの凛々しい声が画面ごしに聞こえて来る。


「も、もしもし?」

「アップル。文字で伝えるのは慣れん。余が直接説明しよう」


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