ブライツの報告にわたしも驚いた。
ジーク・ヤマト・グランフォード――アルシュバーン国王立騎士団を率いる騎士団長にして、かつてこの国を救った英雄の生まれ変わりではないかと呼ばれる存在。
銀色に煌めく重鎧に大剣を掲げる黒髪の騎士。その瞳が黄金に煌めいた時、光輝く閃光と共に、一瞬のうちに魔は消滅すると言われている。
そんな騎士団長ジークが重傷。そんなことが出来る相手なんて、超級クラスか魔王クラスしか考えられないのだ。
「負傷した者達は今、神殿の
「分かったわ。クランベリーへすぐそちらに連絡すると伝えて貰える? ブライツは先に
「了解。アップル、頼んだ」
画面越しのわたしへ一礼し、部屋を飛び出していくブライツ。普段何も考えて居なさそうな王子だが、仲間想いの彼だ。真剣な表情の王子は凛々しく、眼差しが眩しくさえ見えた。
わたしが聖女だからとか、そんな理由を抜きにしても、そんな真剣な眼差しを向けられると応えたくなっちゃうじゃない。魔法端末の通信回線を切り替え、クランベリーへと繋ぐ。
予想通りクランベリーは
「クランベリー、状況を説明して」
「アップル様。はい、街の外で暴れている魔物の調査に向かっていた騎士団の者が、東の森で魔物と交戦したようです。負傷した騎士団員が大量に運び込まれて来まして、こうして回復魔法で治療を施しております」
そこには目を伏せたくなるような惨状が広がっていた。魔物の爪のような傷痕を身体につけた者。中には手足や体躯の一部を損傷している者まで。
神殿の者総出で回復に当たっているようだが、これでは回復が追いつかない。
「クランベリー、騎士団長ジークが重傷って聞いたわ」
「はい、団員を庇って深い傷を負ったようでして……、ブライツ王子が合流した事で、魔物は逃走。魔物の爪には猛毒も含まれていたようで、マロン司祭が奥の部屋で懸命に治療を施しています」
猛毒……それは不味いわね。魔物の猛毒は毒の成分を解析し、体内から毒素を浄化、或いは取り除く必要がある。闇属性のスキルが施されているケースもあり、毒を取り除かなければ、回復魔法すら阻害してしまう事がある。ブライツ王子がわたしを頼った理由が分かった。
いまわたしがすべき最優先事項は猛毒を受けたジークの治癒。だが、わたしがジークを治癒している間に命が危うくなる騎士団員も現れるかもしれない。このままでは、神殿の者達の魔力も底を尽きてしまう。何かシスター達の魔力を温存させつつ、負傷者を回復させるアイテムはないだろうか……いや、ある!
「クランベリー! 傷の深い者へ、あのハイポーションを使って!」
「あ、そうか! あれはアップル様の魔力がいっぱい詰まった! 嗚呼、アップル様!」
光明が見えた事で、クランベリーの引き攣っていた顔が少し緩む。クランベリーの魔法端末をジークの居る部屋へ運んで貰い、わたしはジークの猛毒を治療する。騎士団員達にはハイポーション。これで最悪の事態は免れるだろう。
「マロン司祭、
「おお、クランベリー! アップル殿。何から何まですまない。ジーク様を冒しておる猛毒は、何種類もの毒を掛け合わせた猛毒のようじゃ。今、取り除こうとしておるのじゃが……」
「魔法端末でジークさんの身体を映してもらえますか」
「アップル、その役は俺がやろう」
クランベリーからブライツが魔法端末を受け取り、ジークの剥き出しになった肉体を映す。騎士団員ジークは普段、銀色の重鎧を身につけている。しかし、鍛え抜かれた肉体、右胸から左わき腹にかけて大きな爪痕が残されていた。しかも赤い血が滲んでいるだけでなく、傷口に黒い靄が渦巻いている。
それはつまり、魔物の攻撃が、鎧ごと引き裂く程の攻撃であったという事。ジークは苦しそうな表情のまま目を閉じ、気を失っている。
「なんとか止血まではしておるのですが、猛毒の治療が追いつかんのですじゃ」
「ありがとうマロン司祭。これは酷いわね。闇属性の魔法が邪魔しているわね。このまま強制的に取り除くわ」
自身の魔法端末へと手を翳し、わたしは目を見開いたまま、祈り始める。魔力の術式を解析し、聖属性の魔力をぶつけて相殺、浄化させる。そこから続けて猛毒の解析をし、体内の毒を取り除く。
――悪しき力よ、還るときは今。我は紡ごう。
わたしの五本の指から聖なる魔力が風に揺らめく糸のように発せられ、端末ごしにジークの身体を包み込んでいく。爪痕に蠢く靄へ光の糸がかかり、包み込んだ闇の魔力を取り除いていく。闇の浄化を確認したと同時に、爪痕より光の糸がジークの体内へとゆっくり入っていく。
聖なる糸は体内へ広がる猛毒を食べ、消化していく。ジークの身体を傷つけないよう、魔力量を調節しながら行う、精密な作業。一瞬の予断も許さない。
「う……うぅ……んん……」
苦悶の表情をしていたジークの表情が少しずつ緩んでいく。
こうして、わたしの数時間に
「ふぅ……」
まさかこんな形で
魔法端末の
「アップル、ありがとう。恩に着る」
「いつものふざけた態度のブライツだったら考えたかもしれないけれど、というのは冗談で、救いを求める者を目の前にして、放ってはおけないわ」
「それでこそ俺のアップルだ」
「俺のは余計ね」
ジークは安心した様子で眠っている。大きな爪痕は身体に残ってしまっているが、止血も完了し、数日間安静にしていたならきっと目を覚ますだろう。
「アップル様! ありがとうございます! アップル様特製ハイポーションのお陰で騎士団員の皆様も無事に治療出来ました!」
「よかったわ、クランベリー。暫くは大変だろうけど、よろしくお願いするわね」
「はい、承知致しました」
どうやら、運び込まれた騎士団員達も無事だったようだ。今後、交戦した相手が何者だったのかを問う必要はありそうだが、一先ずはこれで安心のようね。
「アップルよ、そのアップル特製ハイポーションとは何なのだ?」
「ふふふ、ブライツ。それは企業秘密よ」