「アップル様ーー! アップル様ーー!」
机に立て掛けた
「どうしたのクランベリー? そんなに慌てて!」
驚いた様子のクランベリーが落ち着くのを待ってから、話を聞く。シスターは大きな箱いっぱいに詰まったガラスの瓶を持って来る。キラキラと煌めく透明な液体の入った瓶を画面越しに見た私は合点が言ったように手を叩く。
「あの、アップル様! これ、ハイポーションですよね? ししし、しかも百本も! どうしたんですか、あんなにたくさん。しかも、あれ、相当純度が高い品物ですよね?」
「嗚呼、あれね。レヴェッカに教えて貰ったのよ? サンクチュアリアプリの
先日レヴェッカに教えて貰った聖域ポイントを現実のお野菜やハーブ、アイテムへ変換して届けてくれるシステムをクランベリーへ紹介してあげると、彼女も目から鱗と言った表情で驚いていた。
それもその筈、アイテムの精製は精製スキルを要するため、通常回復魔法が得意だとしても、これだけ純度の高いハイポーションを作る事は、聖女のわたしでも難しいのだ。
レアなハーブや薬草と聖属性の魔力、高ランクの精製スキルが揃って初めて完成する高級品。これなら欠損を修復するまでは至らないが、通常の回復魔法で追いつかない深い傷もある程度は回復させる事が出来るだろう。
もしかしたら、サンクチュアリアプリを運営している人の中に、精製スキルを極めている人が居るのかもしれない。
「アップル様、ありがとうございます。最近、騎士団や冒険者の方々が負傷して運び込まれてくるケースが多くなっておりまして、アップル様の
そう、わたしは追放された身。幾ら遠隔操作が万能スキルであっても、この身ひとつでアルシュバーン国に起きた緊急事態全てへ対処する事は難しいのだ。
「これからは、ハイポーションだけでなく、毒や状態異常なんかに効く万能薬なんかも頼もうと思ってるわ。デイリーで余った魔力をコツコツ
「アップル様。追放されても尚、民のこと、ワタクシ共のことを考えて下さっている。やはりアップル様はみんなの象徴であり、聖女様です」
「そんな褒めてもお菓子かハイポーションくらいしか出ないわよ?」
「いえ、癒しの眼差しが既にこちらへ届いておりますよ。嗚呼、眩しくて直視出来ませんわ」
大袈裟なリアクションでウットリしているクランベリーはさておき、わたしの魔力で創られた特製ハイポーションは有事に備えて神殿へ備蓄しておく事となった。
下手に目立つとわたしみたいに追放されるケースもある訳で、この世界で自由に立ち回る事って簡単なようで意外と難しいと実感させられる。
「アップル様がそのように仰るのでしたら、暫くは神殿の備蓄用として利用する事にしますね。有事の際は騎士団の皆様も神殿の回復魔法頼みになります故、問題はないかと思われます」
わたしの考えを汲み取って現場でうまく立ち回ってくれるクランベリーはとても頼もしい。彼女のような信頼における存在が居るからこそ、わたしは安心してテレワークに専念出来るというものだ。
「あ、貴重な休憩時間に失礼しました。そろそろワタクシも現場へ戻りますね。何かあったらご連絡ください」
「ええ。引き続き、神殿のこと、よろしくお願いするわ」
有意義な休憩時間を過ごした後、午後のお仕事を開始する。
常連のドリアンお爺さんから、老人会で知り合った隣のポムポム領に住んでいるお婆さんが最近困っている話を聞く。どうやら農作物にかかる税金を領主があげたらしく、ただでさえギリギリの生活を送っている一般市民の不満が溜まっているらしい。
「それは大変でしたね。お隣の領にいらっしゃるお婆さんやお友達を此処に連れて来てみてはいかがでしょう? こうしてお話を聞く事しか出来ませんが、何かご尽力出来る事があるかもしれません」
「おぉ~、聖女様。それはありがたき御言葉じゃ。ポムポムのトロフーワ婆さんも喜ぶわい」
このあと、いつものように聖女の光で腰痛マッサージを施してあげた後、ドリアンお爺さんは満足そうに懺悔室を後にする。
王都がある中心フルーティ領は神殿と王の監視下にあるため、民の不満は少ないように見える。だが、周辺の領は、領主である貴族が好き勝手やっているところがあり、民衆の不満が溜まっているケースが多いように感じる。
わたしが出来る事は、民衆の声に耳を傾け、不安な心へ安らぎを与える程度。直接政治へ介入するような事をしてしまうと、それこそ、今回の追放のように、貴族に目をつけられてしまう……そこまで考えてわたしはふと思う。
「あれ? よく考えると、わたし既に追放されているんだったわ」
今までは話を聞くことしか出来なかったわたしだが、神殿へ目をつけられない程度にアドバイスをしてあげるくらいならいいんじゃないかと思ってしまう。
このあと何人かの懺悔を聞き、聖女の言葉を優しく投げかけていく。そして、今日のお仕事を終えようかとしているタイミングで、いつもの快活な声が懺悔室へ響き渡った。
「アップル! アップル居るか!」
「本日の営業は終了致しました。またのご利用をお待ちしています」
いつもの調子で王子を受け流し、魔法端末の通信回線を切ろうとしたわたし……だったのだが、快活な声とは裏腹に全身に汗をかき、肩で息をする王子の様子に何かあったのかと問う。
「そんなに慌てていつものあなたらしくないじゃない。そこの聖水でも飲んで落ち着いて」
「嗚呼、すまないアップル」
わたしに促されるまま、王子はお客様用に置いてある透明な瓶へ手をかけ、聖水を一気飲みする。聖なる魔力が籠められた神殿の聖水は、精神を安定させ、魔力回復にも効果がある。
やがて、落ち着きを取り戻した王子は、何が起きたかをわたしへ告げる。
「騎士団が東の森で魔物と交戦した。騎士団長ジークが重傷だ」
「なんですって!」