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九.ソーシャルディスタンスは最強のようです

 魔回避維持結界ソーシャルディスタンス――魔物からの直接攻撃を防ぐ絶対防御。遠隔操作リモートは、単に遠くの場所へ向けて魔法やスキルを発動させる事が全てではない。この魔回避維持結界ソーシャルディスタンスは、戦闘において最強となるわたしの絶対防御なのだ。


 人間にして、三人分ほどの距離へドーム状に自動で展開される結界。わたしの魔力が尽きない限り、この結界が消滅する事はない。つまり、闇の魔力を持つ者を相手にした時、わたしは無敵となるのだ。


 勿論、このスキルにも弱点はある。あくまでソーシャルディスタンスは、闇の魔力を持つ者の攻撃に対して有効なだけであり、例えば、相手が人間の冒険者であったり、スパイのような闇の魔力を持たない者であれば無効となる。今回正体が魔族であろうグレイス相手であったため、自動発動したという訳だ。


 グレイスは見えない壁へ手を翳し、何やら色々試している模様。そして、一旦壁から距離を取り、右手を前へ出し、魔力を凝縮させて創り出した火球を放つ!


 ――滅ぼせ。崩壊の焔球カタストロフレア


 凝縮された紅蓮の火球がわたしの周囲を覆う結界とぶつかった瞬間、爆ぜる! 爆発音と燃え上がる火炎で、わたしの姿はグレイスから見えなくなった事だろう。


 それにしても、とんでもない魔法だ。闇属性と火属性を融合させ、圧縮させた灼熱の火炎。こんなのまともに喰らえば一瞬にして消し炭だ。周囲を全て爆発させるような範囲攻撃ではなく、喰らった対象のみを焼き尽くす炎にする事で威力も増してある。この魔法……間違いなく超級レベル。


「……ほぅ」


 でも、わたしは火傷ひとつついていない状態でその場に立っていた。目を見開いたのはグレイスだ。なぜなら、教会が吹き飛ぶ程の火球を放ったのにも関わらず、その場にあった木製の椅子・・・・・すら燃えていなかったのだから。


 やがて、事態の異常さを呑み込んだ魔族の男は、屈々と嗤い出す。そっかぁ、実際に対面したことはなかったけど、魔族のお偉い方って、こういうとき、本当に嗤うんだ。


「クックックッ……そうか。気に入ったぞ女! 余の最大火力の炎を打ち消すどころか、周囲にまで丁寧に結界を張り、被害が出ないよう抑えるとは。この魔法を完封した者はお前が初めてだ。先程か弱い女と言った非礼を詫びよう」

「そう。では引いて下さるのですね」

「そうだな……」


 魔回避維持結界ソーシャルディスタンスによる結界の破壊を諦めたのか、腕を降ろすグレイス。何か、思案するような仕草を取ったあと、男はわたしへこう告げる。


「よし、アップル。余の女・・・になれ」

「はい?」


 一瞬聞き間違いかと思い、思わず聞き返してしまった。って、この男、今なんて言いました? 幻聴ですよね?


「余の女になれと言ったのだ。お前のような強い女こそ、余の横へ立つに相応しい。配下の侍女もサキュバスもダークエルフも、余に尻尾を振るか、忠実なだけでつまらぬ。ちょうど、お前のような女を探していたのだ。今すぐ余の城へと来い。歓迎す――」

「お引き取りください」


 なるべく逆撫でさせないように、満面の笑みで恭しく一礼してみせるわたし。何なの? あの馬鹿王子といい、この魔族の男と言い、口説くのが趣味な訳?


「まぁよい。魔人を倒した相手を辿って此処へ来たが、想像以上の収穫だった。安心しろ。お前を気に入った以上、お前の周辺には手出しせぬ、それは約束しよう」

「まぁ、それはありがたい申し出ですが……」


 うーん、顔立ちは好みと言えば好みだけど、どこの魔族か分からないような男へ、出逢って五分でホイホイ付いて行くほど、軽い女じゃないのでわたし。


「余の者にならぬと言うならば、その気になるまでまた来るとしよう。さらばだ」

「え……あの、ちょっと!」


 グレイスが漆黒の光に包まれたかと思うと、その場から消失する。あまりの急展開な出来事に頭がついていかないわたし。


「それにしても、上級の魔人を操る程の魔族……どう考えても超級クラスよね……敵対しなかっただけでも良しとするしかないかなぁ……」


 魔族の言葉を信じるのも可笑しな話だが、本当にこの教会とあちらの神殿の無事が約束されたのならまだ良かったと考えた方がいいのかもしれない。でも、また来るって言っていた時点でもう嫌な予感しかしないのだ。


 わたしがゆっくり息を吐いたところで、教会入口の扉が開く。レヴェッカだ。


「あれ? あのイケメンさんは帰ったの? せっかく家でお茶でもどうかなって思ったのにぃ~」

「ええ。ただ礼拝をしに来た旅の男だったわ」


 まさか魔族の男がわたし目当てで教会へ来たなんて言える訳がない。適当に旅の男という事にすると、レヴェッカは首を傾げる。


「え? でも『隣国から此処へ聖女が来ていると思うが?』って尋ねて来たわよ? 知り合いじゃあなかったの?」

「え? ええ、初対面だったわ。でもまた来るとは言っていたから、もし来た時はわたしに知らせて。わたしが対処する・・・・ので」


「ああ~~。そっかぁ~。やっぱりあの人のこと、気に入ったのね!」

「そうじゃないわよ。ただわたしに固執しているみたいだったから、聖女としては無視するわけにはいかないでしょう?」


 どちらかというと、わたし不在のときに教会が吹き飛んでしまっては困るというのが本心です。きっと、遠隔操作リモートによるソーシャルディスタンスで対処しなければ、あの魔族の相手は務まらない。


「聖女も大変なのねぇ~。じゃあ、今度三人でお茶しましょうよ! わたしも特製のハーブティーを用意するから!」

「はいはい。わかりました」


 ブライツ王子に続いて、魔族の男グレイス……この日、わたしにとっての悩みの種が増えたのでした。


 そして……。


 ★★★


「お待ちしておりました。人間の聖女とやらは、いかがでしたか?」


 街外れの森の中、動物の頭蓋をそのまま被ったかのような背が低い黒づくめの男が外套を翻したグレイスを出迎える。


「嗚呼。想像以上に面白い女だった。聖女を余の者にする事に決めた」

「ほぅ。魔王様・・・が気に入る程の女性とは。これから楽しみですのぅ」

「そうだな。フォメット、城へ戻るぞ」


 漆黒の光に包まれ、この国から姿を消す、二つの影。

 教会へ訪れた魔族の男が、魔族の国シルヴァ・サターナを統べる魔王――グレイス・シルバ・ベルゼビュートであるという事実をわたしが知るのは、もう少し後の事になるのでした――

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