テレワーク開始から数日。今のところトラブルもなく、順調だ。
この日はお勤めが休みだったので、自宅でレヴェッカのお仕事を手伝いつつお菓子作りをする予定だった。
礼拝堂と庭のお掃除が終わったところで、ランチにはベルガモットの紅茶とふわふわ玉子とハムのサンドイッチを嗜む。午後から家へと戻り、得意のアップルパイを作っていたところで、家主のレヴェッカからお声がかかった。
「アップル~。あなたにお客さんが来ているわよ?」
「え? わたしに?」
まさかあの王子の差し金だろうか? いや、それは流石にないだろう。監視がある中で、隣国へ出向く事もないだろうし、仮にあの王子なら、魔法端末を通じて通話を試みるだろうから。
「それがね、すっごいイケメンなの! どこか異国の王族のような雰囲気を醸し出していて、何か神秘的な雰囲気よ?」
「うーん。そんな知り合い心当たりはないんだけどなぁ~」
そもそもわたしが此処に居ること自体が機密事項なのだ。国外追放された聖女の引越し先は此処だよ~と教える者が居る筈もなく……。
「私は席を外しておくから。あ、他のシスターにも二人きりにしてもらうよう言っておいたよ?」
「いや、そんなウインクされてもねぇ~」
苦笑しつつ、完成したアップルパイはそのままテーブルに置いておいて、教会の礼拝堂へと向かう。教会の扉を開けたところで、古びた扉の擦れる音が中へと響き渡る。
礼拝堂の正面、異国の礼装のような衣装を、外側が黒、内側が赤の外套で覆った男が振り返る。燃えるような紅い髪。血の気がないミルク色の肌。髪の色と同じキレ長の紅い瞳。どこかの王族のような気品を感じる立ち振る舞い。けれども、わたしの肌は、その男からどこか近寄ってはいけない何かを感じ、警鐘を鳴らしていた。
「そうか。お前が聖女か」
「どちら様でしょうか? 礼拝でしたらご自由にどうぞ」
「質問に答えよ。お前が聖女か?」
「どうしてわたしが聖女とお思いで?」
いったい誰にわたしが聖女だと聞いたのか? 男もわたしの質問に答えることなく、わたしと一定の距離を保ったまま、礼拝堂へ並ぶ長椅子の間をゆっくりと歩く。彼の履いたブーツの音がカツカツと響く。
「配下の者に調べさせたからな。お前の魔力を追跡させた。探したぞ。まさか闇の上級魔人ニゲルを倒した者が隣国へ身を隠していたとはな」
「まさか……!? あの上級魔人を率いたのはあなただって言うの?」
わたしは眼前の男に警戒を強める。もし、上級クラスの魔人を率いていた者ならば、上級以上の魔族という事になるのだ。
王子から魔物の動きが最近活発になっているとは聞いていた。でも、まさか、わたしを追って此処までやって来る者が現れるとは思わなかったわね。
「女、そうだと言ったらどうする? この場で余と戦うか?」
「いえ。あの魔人は教会を襲いに来たため倒しました。ですが、このままあなたと争う事は望みません。このまま身を引いてはいただけませんか?」
礼拝堂の正面へ男が立つ。そして、片手を上へあげたため、わたしは懐に忍ばせていた小さな聖女の杖――
「ふっ。心配せずとも、此処を滅ぼすつもりはない。余が本気を出せば片手で国一つ滅ぼす事など容易いが、余はか弱い女へ手を出すような卑劣な魔族ではないからな」
「魔族らしからぬ発言ですね。でも、ひとつ間違っていますよ? 人間の女性が皆か弱いとお想いでしたら、考えを改めていただいた方が身のためですよ?」
敢えて魔族を牽制し、微笑むわたし。此処で嘗められてしまっては、相手の掌の上で転がされるのがオチだ。彼が本当に卑劣でない魔族ならば、身を引いてくれるだろうし、卑劣な魔族ならば、この後、この教会を焼き払ってこの場を去ろうとするに違いない。
わたしが此処で警戒を解いてしまっては、レヴェッカや教会の人々を巻き込んでしまう可能性があるのだ。
「ほぅ。面白い女だ。名を何と言う?」
「アップルよ」
「アップルか。良い名だ。余は名をグレイスと言う。興だ。ひとつ教えてやろう。この教会には、あの神殿同様、魔を寄せ付けぬ結界とやらを張っておいた。そうではないのか?」
「ええ、勿論。教会へ被害が出てはいけませんので、聖女特製の結界を……え? ……グレイスと言いましたね。どうやって此処へ入って来たのですか?」
そう、あまりにも自然に、礼拝堂の中へ最初から男が居たため失念していたのだ。わたしが神殿へ居た際も、聖女の魔力を使って魔を寄せ付けない結界を張っていた。わたしが追放された事で結界が消失し、あの魔人の侵入を許したのだ。
再びそうならないよう、神殿にも魔力が維持出来るよう、神殿の四方に
「何もしておらぬよ。ただ、結界へ手を触れ、歩いて来たのみ。しかし、見事な結界よ。魔力を均一に展開させ、一切のブレもない。アップル、確かにお前はか弱い女では無さそうだ」
「お褒めいただき光栄です」
グレイスが一歩ずつ、ゆっくりわたしに歩み寄る。教会の席間にして五つ分、四つ分……そして、三つ分のところまで近づいた時、わたしとグレイスの間にある
「なんだ……これは?」
指先に闇の魔力を籠めるグレイス。触れても弾かれる指先。掌を眼前の
「女……何をした?」
「何もしていません。聖女としてわたしが持つEXスキル――