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七.どうやらわたしの身体、温泉と相性がいいみたいです

 初日の仕事が終わり、家の食堂へ足を運ぶと、家主のレヴェッカが自家製の生クリームとミルク、野菜をふんだんに使ったホワイトシチューを作ってくれていた。シチューにサラダとパン。美味しそうな匂いが部屋に立ち込めており、思わずわたしの顔も綻ぶ。


「あ、アップル、お仕事お疲れ様です。食事出来ていますよ? 冷めないうちに食べて」

「ありがとうレヴェッカ。いただきます」


 濃厚なクリームの味がじっくり染み込んだお芋に人参。柔らかく煮込んだお野菜がとっても美味しくて、疲れを忘れさせてくれる。文明の利器を使ったウーパーイーツで宅配してもらう料理も勿論美味しいけれど、家で作った料理には温もりがあり、家庭料理の良さというものがある。


「レヴェッカ、とっても美味しいよ。ありがとう」

「ぉおお!? よかった。アップルに喜んでもらえて私も嬉しい」


 こうしてレヴェッカと一緒に食事が出来る事もありがたい。国外追放された後、ずっと一人だったら、人の温もりが恋しくなっていたかもしれない。遠隔でのお仕事もそうだけど、人とこうして食事が出来て、お話が出来る――そんな当たり前の日常があるって事が素晴らしいんだなと改めて実感する。


「アップル、初日のお勤めはどうだったの? 遠隔操作はうまくいった?」

「うん。最後に少しハプニングはあったけど、問題なかったわよ?」


 ハプニングに一瞬首を傾げるレヴェッカだったが、何か察したかのように両手を叩いて頷く。


「ねぇ、それ。王子様案件でしょう?」

「なっ!? どうして分かったの?」


「アップルってば、いつも王子様の話の時、右斜め下を見つめつつ、溜息混じりで話すもの。わかりやすいなぁ~~聖女様」


 まさかそんな事になっていたとは……。無意識とは恐ろしいものである。それにどうやら大きな声で突っ込みを入れた時、部屋の外にまで声が漏れ出ていたらしい。わたしとしたことが……これは次回からは気をつけないといけないわね……。


「でもいいなぁ~。ブライツ王子と幼馴染だなんて……アップルは聖女であり、王女様候補かぁ~」

「なっ……ただの幼馴染だから! だいたいブライツにはアデリーンという許嫁が居るんだから。それに王女様なんて立場、わたしから願い下げよ」


 わたしはこうやって、人気のないところでのんびり暮らしつつ、人々のために役に立てることをして、たまにお菓子作りをしているのが性に合っている。王女様のように表に立って何かをするような立場は困るのだ。


「うーん。聖女様で王女様なら、きっと国民も付いて来るでしょうし、国家も安泰なんじゃないかなぁ?」

「……それを良しとしない人間が居たから、わたしが此処に居るんでしょう?」


 何はともあれ、わたしは追放された訳で、国へ還ることはきっとない。ええ、きっと。


「そっかぁ~。まぁいっか。だってそのお陰でアップルと一緒に暮らせるようになったんだし。あ、そうだ。今度ブライツ王子とお話する時は紹介してね?」

「まぁ、考えておくわ」 


「やったぁ~~! あんなにイケメンで頭がキレそうな王子様。さぞかし国民にも人気なんだろうなぁ~」

「……そうね。頭がキレるかは分からないけど、まぁ、人気には違いないわね」


 確かにあまりブライツ王子のことを悪く言う民は居ない。逆に第一王子であるアルバート・ロード・アルシュバーン王子の方が、知的で有能な反面、自国の利益が一番という考え方が垣間見える事があり、一部の民から不満を聞くことがしばしばある。


 このあと女子トークに華を咲かせるレヴェッカに相槌を打ちつつ、晩御飯を終えるわたし。神殿ではクランベリーや他のシスター達と食事をする機会は多かったが、傷の手当で誰かが遠征していたり、多忙な毎日が続いていたため、こんな和やかな食事が出来るようになったのは、久し振りだったりする。


 食事を終えたわたしとレヴェッカは、教会の裏にある温泉へと足を運ぶ。小さな教会とはいえ、敷地内は広く、教会の裏には資源豊富な森があり、その入り口付近には天然の温泉が湧き出ているのだ。


 これにはわたしも驚いたが、今ではわたしの生活内での貴重な癒しスポットの一つとなっている。


 湯船へ浸かる前に、石鹸で泡を立て、身体を洗う。すると、三つ編みをほどいたレヴェッカがわたしの背後へとやって来る。レヴェッカの柔らかい部分がわたしの背中に触れたため、驚くわたし。


「ちょっと! レヴェッカ!」

「お疲れのようでしたから、背中でも流そうと思いまして」


「え? いやいや、いいわよ。クランベリーにもされたことないからっ!」

「まぁまぁ遠慮しないで」


 されるがまま、レヴェッカに身体を洗われるわたし。背中を流したところで、わたしの髪に触れたレヴェッカが耳元で囁く。


「ふぅ~。アップルいい匂いがするぅ~~」

「もう、揶揄わない! それ石鹸の香りでしょう!」


 慌てて立ち上がって湯船へと浸かるわたし。レヴェッカもそれに続く。そして、わたしが湯船へ浸かった瞬間、透明だったお湯が黄金色の淡い光を放ち始め、やがて光はお湯全体を包んだところで収まっていく。


 レヴェッカが肩まで浸かったところでゆっくり息を吐く。


「はぁ~。気持ちいい~~。やっぱり聖女様って凄いよね~。その身体から溢れ出る聖の魔力で天然温泉が、回復の泉になるんだもの~。アップルが来てから、肩こりも腰痛もないし。私も教会のみんなも元気いっぱいだよ」

「嬉しいのか哀しいのか……まぁ、聖女のさがね……」


 どうやらわたしが入る事で、温泉の効能がわたしの力で増しているらしく、教会のみんなが自動回復しているらしいのです。まぁ、わたし自身にも効果は還って来るんで、悪いことはないんだけど、複雑な心境な訳で……。


「アップル~。やっぱり温泉へ溢れ出ているこの癒しの魔力って、その湯船に浮かんでいる二つの林檎から出ているの? アップルだけに聖なる林檎・・・・・みたいな……」

「へ? 林檎? 林檎なんてどこに……はっ!?」


 どうやらレヴェッカは、湯船に半分浮かんでいたわたしの胸を果実に例えたらしい。成程、名前がアップルだから林檎の果実……誰がうまいことを言えと……ってなるかぁ~~!


 頬を真っ赤にしたわたしは果実を湯船へと隠し、頭だけを出す。


「恥ずかしがっているアップルも可愛い~」

「もう、揶揄わないでよ、レヴェッカ……」


 そして、わたしの顔はそのまま湯船へと沈んでいくのでした。


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