かくして、
とはいえ、わたしは国外追放された身。あくまで名目上、外部から出向して来た神官という位置付けになっている。冒険者だって、各国へ旅してはその国のギルドへ依頼を受け、魔物を討伐するなどといったクエストを熟し、生計を立てているのだ。
国という枠組みに囚われてしまっていては、聖女なんて務まらない。これはわたしの持論である。
レヴェッカの家に用意された自室の机に
魔法端末から見えない位置にハーブティーを準備。仕事環境が変わると心が落ち着かず集中出来ない可能性が高いため、カモミールティーの香りと効能で集中力を高めるようにする。
これで準備万端だ。
「おぉ~~、我らが聖女様! ご無事で何よりです。ワシは~ワシは~聖女様が居ないと、このまま天国へ逝くしかないと思っておったのじゃ。死ぬ前にその美しい尊顔を拝む事が出来て、ワシは幸せじゃ~」
「ありがとうドリアンお爺さん。わたしもお逢い出来て光栄です」
神殿礼拝堂横にある懺悔室。今回、その中にわたし専用の特別な部屋を設けてもらっている。
わたしのテレワーク最初のお客さんは、毎週欠かさず神殿へ通っていたご近所のお爺さん――ドリアンさんだった。
「みんな心配しておったのじゃ。聖女様がそんなワシらを騙すような事をする訳がないとな。じゃが、聖女様がこうしてワシらのために顔を出して下さっている事は、お城には内緒なんじゃろう?」
「ええ、皆さんにもそう伝えておいて欲しいの。お城に知られてしまうと、みんなのために姿を見せることが出来なくなってしまうかもしれないので」
「おぉ~、このドリアン。残り少ない寿命に変えても、約束は守りますわい」
これでご近所のお爺さん、お婆さん連合に秘密が共有されるだろうから、ひとまず安心だ。
追放されたはずの聖女が神殿に居るなんて噂が流れてしまうと、あのアデリーン侯爵令嬢が何をしでかすか分かったもんじゃないのだ。
あとはお忍びと言いつつ、バレバレな変装で神殿へ来るあの王子が問題ではあるけど……その問題は後々考えることにしましょう。
「それでドリアンさん。今日は何かわたしにお願いがあって来たのかしら? それとも女神様への懺悔?」
「おお、そうじゃった。一ヶ月聖女様へお逢い出来ておらんかったので、腰痛がまた酷くなってのぅ~。いつもの
「ええ、そういうことならお安い御用よ。そこの画面へ背を向けて、腰を見せてくれるかしら?」
懺悔室へ設置された鏡のような巨大な魔法端末へ、少し曲がった背中を見せるドリアンお爺さん。わたしが自室の魔法端末へ手を翳すと、魔法端末を通じ、淡く白い光が、懺悔室の魔法端末から放出され、お爺さんの腰を優しく包み込む。
「ほわぁ~~これじゃぁああ~~これなんじゃああ~~天国へ
暖かい聖女の光。EXスキル――
光を当て終え、治療を終えると、お爺さんの曲がっていた腰が伸び、こちらへドリアンお爺さんが恍惚そうな表情を見せ、頷いた。
「これでもう十年、二十年は生きられそうじゃわい。ありがたや~~聖女様~~」
「お役に立ててよかったわ。予約制になっているので、また来る時には事前予約をお願いしますね」
「これからもずっと聖女様を指名しますじゃ~。また来ますじゃ~」
こうして、最初のお客さまは満足した表情で、懺悔室を後にするのだった。
続けて来た女の子は、恋のお悩み相談だった。どうやら友達の好きな男の子を好きになってしまったらしい。
「うちは罪な女の子です。女神様、聖女様。うちはどうすればいいでしょうか?」
「そうね。女の友情を取るか、恋愛を取るか。難しい問題ね」
神殿の懺悔室、しかも聖女をご指名で恋のお悩み相談。でもこういった事例はよくある話だ。本人は友人の好きな人を取ってしまったら罪だと思っているのだ。それだけ少女は思い悩んで此処へ来たのだろう。わたしは少女の想いを汲み取り、優しく微笑みかける。
「大丈夫ですよ。友情も恋愛も、女神様は決して咎めることをしません。あなたは、今のカタチが壊れることが怖いんですね?」
「はい、そうかもしれません」
「ご自身の気持ちを押し殺して後悔するくらいなら、自分の気持ちに素直になるといいです。それに、そのお友達が本当にあなたのことを思ってくれている子なら、そう簡単に友情は壊れないはず。もう、あなたの中で答えは出ているのではないですか?」
「そうですね、ありがとうございます。何か心の中の靄が晴れた気がします!」
少女はただ、背中を押して欲しかっただけなのだ。世の中には色んな恋愛の形がある。アルシュバーン国は、同性婚も認められているし、中には一夫多妻制を取っている国もある。
少女がどういう答えを出すかは分からないが、どういう結果になっても、後悔のない選択をして欲しいなと切に願うわたしである。
シスターのクランベリーからは、国民一人一人の恋愛相談やお悩み相談は神殿のシスターや司祭へ任せて、聖女様は聖女としてのお勤めに専念してくださいってよく言われるが、これも立派な聖女としての役目のひとつだと思っている。
こうして、一日目のテレワークは順調に進み、この日最後のお客様となった。
懺悔室へ入って来たのは黒いフードを目深に被り、全身を黒い外套で覆った人物。椅子へゆっくりと座ったその人物がフードを取った瞬間、わたしはゆっくりと息を吐いた。
「聖女様、俺の話を聞いて欲しい」
「……はいはいブライツ、来ると思っていたわよ」