「え?」
「え?」
「なぁ、アップル。今なんて言った?」
「ん? ブライツ。お断りします! と言いましたよ?」
お、イケメンブライツのご尊顔が、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいになっているぞ? これは画面を
どうやら隣に居るクランベリーはわたしの発言の意図を理解しているようで、一人ゆっくり頷いている。
「おいおい、第ニ王子権限で、濡れ衣の罪をどうにかしてやろうって言ってるんだぞ?」
「いやいやブライツ、
元はと言えば、あなたがこうやって神殿へ何度も足を運んだ結果がこれだよと問いたい。まぁ、この王子に問い詰めてもどこ吹く風だろうが。あー、何か腹立って来たわ。
「だいたい、許嫁が居ながら、女目的で外出ばかりしていたら、そりゃあ嫉妬もされるでしょうよ!」
「アップルも満更でも無さそうだったじゃないか?」
「いやいや、どこをどう見ればそういう解釈になる訳!?」
「顔に書いてあるぞ。ブライツと話していると楽しいって」
「会話、終わってもいい?」
「だが断る」
恐らくブライツは、わたしが断るとは予想していなかったのだろう。彼はわたしの罪 (まぁ、冤罪ではあるのだが) を無かった事にするなんて朝飯前だと楽観的に考えているのだろうが、アデリーンは宰相の娘であり、侯爵令嬢。王子のひと声でなんとかなるような話ではないのだ。
それに罪を着せられた事に対して納得している訳ではないが、隣国へ来たことで、現在わたしはお菓子づくりと長期休暇を満喫している訳で、今すぐ国へ戻ろうとは考えていないのである。
「よーし、わかった。そこまで言うのならアップル。国へ戻って来なくてもいいぞ」
「わかってくれて嬉しいわ」
「その代わり、此処に居るシスタークランベリーは、アップルが帰還しないことにより、このままだと過労で倒れてしまうだろうな。嗚呼、アップル。心配かけないよう、クランベリーが一人で通常の三倍以上の仕事を熟している事を隠しているなんて、君はこれっぽっちも知らないんだろうなぁ」
「なんですってっ!?」
クランベリーが『それ以上はやめて下さい、ブライツ様』と王子を止めに入っている。わたしの視線に気づいた彼女の表情が曇る。
わたしが居なくなったあと、聖女が居なくなったことで民衆が神殿へ殺到したらしい。わたしが国外追放されたことに暴動が起きないよう、国は民衆へ説明をし、その場は収まったものの、それでもわたしを求める民が入れ替わりで神殿へ訪れる度、対応に追われる日々なんだそうだ。
どうやらクランベリーはわたしへ心配かけるまいと、その事実をひた隠していたようだ。毎日聖女の務めを果たしていたわたしが長期休みを満喫出来るよう、気遣ってくれていたのだろう。
心なしかクランベリーが疲れているように見えたのは間違いではなかったらしい。
「そう……そういうことだったの……クランベリー」
「申し訳ございません、アップル様」
「わたしのことを思って黙っていたんでしょう? あなたが謝ることではないわ」
「アップル様はこちらのことは気にせず、カスタード国を満喫していてください。突然聖女様が不在となって、民も不安に思っているのでしょう。ですが、先日の遠隔で魔人を退けたケースもあります。きっと時間が解決してくれる問題もあります故」
「そう、それよ! クランベリー、簡単なことじゃないの!」
クランベリーの発言に対し、わたしの脳裏に妙案が浮かぶ。そう、簡単なことなのだ。
わたしはいつものように、わたしの務めをするだけでいいのだ。
今までと違うこと、それは神殿へ
「お、おいアップル。お前は一体何を言っているんだ?」
「ふっふっふ。あなたの頭でも分かるように説明してあげるわ。わたしは追放された身。先程も言った通り、それが冤罪だったとしてもそう簡単には覆らない事実よ。ならば、
「どうやってそんなこ……アップル、まさか!?」
そこまで言ってどうやら王子様も気づいたらしい。そう、わたしは、聖女として
「先日魔人を遠隔で倒した時のように、
「なるほどわからん」
王子が脳筋なことをすっかり忘れていた。どうやら魔法転送術式の説明は理解出来なかったようだ。魔人を倒した時のことを補足してあげると、なんとなく理解はしてくれたらしい。
「
「素晴らしいです、アップル様! やはりアップル様は私達の聖女様です」
わたしが熱く語ったところでクランベリーが拍手を送ってくれた。クランベリーはわたしの負担にならないよう、酷い怪我を負った者の緊急治療以外は、時間予約制にしてはどうかと提案してくれた。それなら、合間の時間でレヴェッカのお手伝いもしながらお仕事が出来る。
「早速明日からアップル様が遠隔でお仕事出来るよう、準備致しますね」
「ありがとう、クランベリー。よろしくお願いするわ」
「待ってくれ! それでは困るのだよアップル」
クランベリーと話を纏めようとしていたところ、ブライツが困ると言い出した。
「いやいや、どうしてあなたが困るのよ、ブライツ」
「お前が居ないと困ると言う民が居るだろう」
「そもそもわたし、追放されているんだから、顔を見ただけでも解決するんじゃないかしら?」
「いいや。少なくとも俺は困るぞ。お前の艶やかな銀髪から流れる甘い香りが堪能出来んだろう」
「なっ!? ちょっと何を言い出すかと思えば……」
不覚にも羞恥で顔が火照ってしまったじゃない。何とも思っていない王子様にドキっとさせられた自分が悔しい。今度セクハラで訴えてやろうか。
「ブライツ、あなたが何と言おうと、わたしは今の生活に満足しているの。神殿のお勤めはテレワークでさせてもらうわ」
「わかった。そうまで言うなら思う通りにやるといいさ。今日は帰らせてもらうぞ」
王子はそう言い残し、クランベリーの部屋より退室しようとする。帰り際、
「寂しかったら明日も通話しに神殿へ来てやるぞ?」
「来なくていいから!」