「アップル・クレアーナ・パイシート、あなたは国外追放! さっさと神殿から出て行きなさい!」
「え?」
突然、騎士団を連れて神殿へやって来たアデリーン侯爵令嬢は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わたしへそう言い放った。
困惑する司祭やシスター達を尻目に騎士団の者がわたしを取り囲んでいる。
どうしてこうなってしまったのか?
「あの……畏れながらアデリーン様。わたし、そもそも、国外追放される理由が見当たらないのですが……」
「何をおっしゃいますの? 罪人の口からは戯言か妄言しか出て来ないのですね。あなたは聖女という立場を巧みに利用し、国民を
アデリーンのドリル型ツインテールの金髪が揺れている。せっかく整った令嬢の顔も、これだけ引き攣っていては台無しだ。それにしても、国民を誑かしたとはどういう事だろう。わたしは毎日神殿にやって来る傷ついた民を癒し、懺悔室にやって来た民のお悩み相談を受けていただけだ。
そして、第ニ王子とは、此処アルシュバーン国の第ニ王子であり、わたしと
「あ……あの……アデリーン様。聖女、アップルは民の太陽であり、クレアーナ教の信仰の鏡なのじゃ。国外追放されては……」
「ヨボヨボ司祭は黙ってなさい!」
アデリーンに一蹴され、マロン司祭の顔が空気の抜けた風船のように
「午前のうちに今すぐ荷物を取り纏めなさい。命を取られないだけ幸運に思う事ね。オーホッホッホ!」
今時こんな高笑いを披露する令嬢は世界中探してもアデリーンくらいじゃなかろうか? と思いつつ、わたしはこの日、アルシュバーン国を去るのだった――
◆
「……とまぁ、こんなことがあったのよ」
三日間馬車に揺られ、隣国カスタードの宿場町へようやく到着したわたしは、宿屋で疲れを癒しているところだった。そんな中、わたしが持つ四角い
掌よりも少し大きいサイズの
〝成人の儀〟を行う際、神殿から渡される魔法端末は、己のステータス登録や、情報検索が出来るだけでなく、空間魔法を駆使して、遠くに居る者とこうして映像つきで会話も出来るのだ。
「アップル様。ワタクシが留守でなければ全力で止めましたのに。申し訳ございません」
「クランベリー。あなたが謝る事ではないわ。留守中の子供達の世話は任せたわね」
「はい、もちろんです。何かありましたら魔法端末で知らせます故、ご安心下さいませ」
「恩に着るわ。ありがとう、クランベリー」
クランベリーは神殿に仕える有能なシスターだ。
わたしが追放されたあの日、魔物と戦い負傷した騎士団員の治療のため、城へ出向いていた彼女は、わたしが国外追放された事を知り、魔法端末で連絡をしてくれたのだ。
「ですが、アップル様。今回の国外追放……アデリーン様の
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。アデリーンがわたしに嫉妬とは一体どういう事だろう?
「まさか……アップル様。心当たりがないのですか?」
「心当たりと言っても、あいつ……ブライツ王子とわたしは只の幼馴染だし、神殿へたまーにどうでもいい公務の報告をしに来るだけだし、いっつも口喧嘩してばっかだし、どうしてあいつの許嫁であるアデリーンに嫉妬されなきゃなら……あ……」
「ようやく気づかれましたか……」
宿屋の椅子に座ったまま頭を抱えるわたし。
腐れ縁とは言え、ブライツは第ニ王子。普通なら公務で忙しい王子が数日置き神殿へ赴き、聖女と会話をする。幾らフードで顔を隠しても、頭隠して尻隠さず。もし、その姿が国民の眼に留まったなら、聖女と王子が逢引しているように見えるだろう。
ましてやあの我儘放題のアデリーンの事だ。親である宰相へある事ない事吹き込んだに違いない。
「あのさ、わたし、ブライツがアデリーンと結婚しようがしまいが、どうでもいいんだけど」
「ええ、存じております」
「べつに、あいつのことなんかどうでもいいんだけど」
「ええ、存じております」
「クランベリー、何か言いた気ね?」
「フフフ……
「ちょっとクランベリー、どうして笑ってる訳?」
「コホン、これは失礼しました」
お似合いかどうかなど聞いていないし、それで国外追放されるなんてたまったもんじゃあない。『少々度が過ぎました』と一礼し、謝罪するクランベリー。話はわたしがこれからどうするのかという話題へと移行する。
「そうね、カスタードに住んでいる
「嗚呼、聖地巡礼でご一緒したレヴェッカ様! それなら安心で……えっ!? 大変!」
刹那、耳を塞ぎたくなる程の轟音が端末ごしに響き渡る! 端末の映像が乱れる。
「どうしたの? クランベリー!」
「いけない……アップル様……魔物です! 魔物が神殿へ……!」
「クランベリー落ち着いて! 端末で映像を見せて!」
神殿へどうして魔物が……。そもそも神殿は聖女のわたしが張った結界で護られていて、魔物が近づける筈も……ある。だって、結界を張っていたわたしは国外追放されてしまったのだから。
外へと出たクランベリーがわたしへ映像を見せる。それは黒光りする体躯を露出させた見上げる程の巨大な
――この世界には魔物が存在する
魔物は、人間の生活を脅かす危機レベルに応じて、初級、下級、中級、上級、超級、魔王級にランク付けされている。
今神殿の前に居る魔人。魔力の規模からしてきっと上級クラスだろう。
街へ出現した魔物は基本、王立騎士団や冒険者が対処する。しかし、騎士団が到着するのを待っていては、神殿は壊滅状態に追い込まれてしまう。
これは国外追放が決まった時に、こうなる事を予測して準備をしていなかったわたしの失態だ。わたしはゆっくり目を閉じ、今出来る事を考える。
「ダメ……あんなの……神官達の力じゃあどうすることも……」
「落ち着いてクランベリー。あなたは子供達と神殿の者を避難させなさい」
「アップル様?」
心配ないわ。わたしを誰だと思っているの?
女神クレアーナ様の神託を受けた聖女、アップルよ。
わたしがその場に居なくても……出来ることはある!
「大丈夫よ、クランベリー。魔人はわたしがEXスキル――