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第53話 麗子様は間接キスにトキめかない。

「どういうことだ清涼院!」


 あゝ、このガレット・デ・ロワ、ホント美味しいですわぁ。


「お前、体育祭に出ないそうじゃないか!」


 ふんわりと香油の香りが鼻腔をくすぐり、噛めばサクッと軽い感触が楽しい。今まで食べた中で最高の一品ですわぁ。ガレットあんま食べたことないけど。


「清涼院、勝ち逃げなど俺は絶対に許さん!」


 またこのアップルフレーバーの紅茶との相性も抜群ですわぁ。銘柄わからんけど。


 紅茶から立ち昇るりんごの香りとガレットのアーモンドの風味が絶妙なマッチング。口に含めばガレットの甘い余韻と混ざり合い甘美なハーモニーを奏でる。まさに五感に訴えるスイーツですわ。


「今年こそお前を打倒せんと俺は猛特訓してたんだぞ」


 チッペンデールに囲まれたクラシックなサロンに流れるゆったりしたカノンが私の午後を優雅に彩る。


 あゝ、なんてハイソなわ・た・し。


「おい、無視するな!」


 このエレガントさこそ私の求めていたもの。

 これこそ私が求める本来あるべき姿よ……


「聞いているのか清涼院!」

「……ちゃんと聞こえておりますわ」


 ったく、せっかくお嬢様を満喫してたのに、キャンキャンキャンキャンと子犬みたいにうるさく吠えて。ああ、こいつピットブルでしたわね。


「そんなにカッカせず少しは落ち着いて、滝川様もお茶を楽しんではいかがですの」

「何を飲んでいるんだ?」

「ふふふ」


 私は愛妹に笑う。チラッと給仕をしている西田さんにアイコンタクト。


 西田さーん、へるぷみー!


 私の救難信号をキャッチして西田さんが飛んでくる。さすがさゆりさん一押しの期待の新人。早くも私とツーカーの仲ね。


「こちらはマリアージュフレールのポムデュデジールになります」

「フランスの銘柄のフレバードティーか」


 ほへぇ、これってフランスブランドだったんだ。マリアージュフレール。麗子覚えた。


「まあいい俺も同じものを頼む」


 おい、なんだ私の西田さんに対してその尊大な態度は。

 なにさも当然のように私の前にドカッと座ってんねん。


 西田さん、こんな奴に茶なんぞ出す必要ないからね。ってアイコンタクト送ったら心得てますとばかりに西田さんがニッコリ。かわええのぉかわええのぉ。


 だけど西田さん、滝川にお茶を淹れて差し出しちゃったよ。ぜんっぜん私の気持ちが伝わってないじゃん。以心伝心はどこへ行ったの?


「……滝川様、席は他にも空いておりますわよ」


 どっか他へ行けよ。ほらほら、チラチラ女の子達がこっち窺ってんじゃん。あっち行って女子とキャッキャウフフしてこいよ。


「他へ行くと女子が鬱陶うっとうしいんだ」

「あの、私も女子なのですが?」

「清涼院は他の女子とは違うからな」


 なんだとキサマ、私は女子枠じゃないってのか?


「それに清涼院がいると他の女子は寄ってこないし」


 あたしゃ獣除けかい!


「瑞樹以外で自然体で付き合えるのは清涼院だけだしな」


 お前、もっとコミュ障改善した方がいいぞ。親友の早見をちょっとは見習え。お前が私の近くをウロウロしてると、私が女子のヘイト集めんねん。


「ガレット・デ・ロワか?」

「ええ、そうです――わっ!?」


 私が愉しんでいるスイーツを滝川がチラッと見たかと思うと、私のガレットをヒョイっと奪った。


「ちょっ、ご自分で頼めばよろしいではありませんか」

「いいだろ別に。一口味見したいんだよ」


 私の非難にも悪びれず滝川はパクリ。私の食べかけのガレットをだ。


 絶句!


「なっ、なっ、なっ」


 私と滝川が……間接キス!?


 中身アラサーの私は間接キスくらいって思ってたけど、イケメンの攻撃力を侮ってた。イケメンのは別次元だ。


 ぐはっ、なんつー破壊力。


 私と滝川が……間接キス!?


 やだやだやだ、顔が熱い熱い熱い!


 だけど、私の羞恥心をよそに一口ガレットを頬張った滝川の目がカッと見開かれた。ああ、またかよ。


「これはパティスリーポエミのガレット・デ・ロワだな」

「……そのようですわね」


 こいつ最近できたパティスリーまでチェックしてんのかよ。


「ここのガレット・デ・ロワはフィユタージュ・アンヴェルセで作られた至高の一品だ。アンヴェルセとは逆折り込みと呼ばれる製法でパイ生地を油脂で包み込むことで、より薄いパイでも濃密なバターの風味を感じさせる……」


 所詮、スイーツ評論家のコミュ障滝川に色っぽい話は無理だ。こりゃ美咲お姉様に子供扱いされるわけだ。


「さすがだな清涼院」

「は、はあ?」

「このガレット・デ・ロワとアップルフレーバーティーの組み合わせは抜群だ」


 いや、別に私が選んで組み合わせたわけじゃないんですけど。その功労者は西田さんなんだけど、彼女は何も言わずニコニコしながら私に新たなガレットを切り分けてくれる。


「それにポエミにポムとはなかなか洒落ているな」


 ポエミはフランス語でリンゴの木、ポムはリンゴね。だからポムデュデジールは憧れのリンゴってとこかしら。


 おーほっほっほ、私これでも日本語、英語、フランス語を嗜むトリリンガルでしてよ。絶対聴覚と絶対記憶の持ち主である私にかかれば語学の習得なぞお茶の子さいさいでしてよ。


 家族旅行でヨーロッパ行くから覚えたのよね。お父様やお母様は英語しかできないから、私とお兄様がいつも通訳してるの。そろそろイタリア語や中国語なんかにも手を出そうかしら。いや、そこら辺はお兄様に任せてヒンディー語やスワヒリ語を習得するのもいいわね。


「お気に召したのなら何よりですわ」

「ああ、実に美味かった」


 それにしても滝川のヤツ、このガレット・デ・ロワがよっぽど気に入ったようだ。私が再びフォークを入れたガレットを物欲しそうに眺めてやがる。


 私はテーブルのお皿を取り上げると膝上に置いて滝川からガレットを遠ざけた。


 これは私のだ。

 もうやらんぞ?

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