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第51話 麗子様は伝家の宝刀を抜く。

 ジャケットの内ポケットから抜いた伝家の宝刀——


 それは一本の変哲もない扇子。


 私はそれを右手に持ってパシッパシッと左手の平を打つ。なぜか二人はヒイッと悲鳴を上げると抱き締めあった。


 あらあら、何をそんなに怯えているのかしら?

 うふふっ、私はな〜んにも怒っていないわよ?


「ええっと、あなた達は粗忽そこつ君と迂闊うかつ君だったかしら?」

十河そごうです」

鵜飼うかいです」


 あら~、ごめんなさい。名前を間違えてしまいましたわぁ。


 おほほほ、なるほどなるほど。ヒョロっとしたスポーツ刈りが粗忽君で小柄な七三分けが迂闊君ね。麗子覚えた。


「さて、それでは聞かせてもらいましょうか」


 粗忽君の頬を扇子の親骨でポンポンと軽く叩くと、彼はビシッと直立不動の気をつけの姿勢を取る。迂闊君も慌てて同じ姿勢で彼に並んだ。


「大魔神とか悪夢とか何のお話なのかしら?」

「こ、これは僕らが言い出したんじゃなくって」

「ふ〜ん、で?」


 今度は迂闊君の顎を扇子でクイッと持ち上げた。


「昨年の体育祭で清涼院さんが見せた逆転劇に付けられた二つ名であります」

「洗いざらいお話しくださる?」

「「イエスマァム!」」


 二人は素直にペラペラと白状し始めた。まあ、良く喋ること喋ること。


 粗忽迂闊デコボココンビの話をまとめると、それは昨年の体育祭にさかのぼるらしい。


 体育祭終盤、清涼院陣営はにっくき宿敵滝川陣営に僅差で抜かれて負けそうになっていた。しかも、最終種目学年合同リレーで二年生の子が転倒してしまったのだ。


 最下位転落で私にバトンが回ってきたのだが、このまま敗北すれば転倒した子の責任となってしまう。そうなれば彼は一生の傷を背負うだろう。


 そんなのはダメだ!


 私は必死に走った。転倒した子の分まで力の全てを出しきって走った。そんな私は華麗にごぼう抜きして、ぶっちぎりのトップでバトンタッチ。


 おかげでリレーは大勝利。我が陣営は劇的な大逆転優勝したのだ。めでたしめでたし――と、なんて感動的なエピソードと、私のメモリーには記憶されている。


 しかーし、敗残兵どものメモリーは違った!


 後にヤツらは語る。


 コロネ(縦巻きロール)を振り乱し、鬼の形相で背後から迫られ恐怖しかなかったと。普段はニコニコ笑顔なのに、一変して憤怒の面になる様はまさに大魔神だったと。


 こうしてヤツらの記憶に私が恐怖を刻み込んだらしく、しばらくはコロネに追いかけ回される悪夢にうなされたらしい。なんでもそれが原因で購買部のチョココロネも売れ行き不振となって姿を消したとか。


 それで付いた二つ名が『コロネの悪夢』と『ドリル大魔神』!


「なんですのそれ!?」

「で、ですから僕らが言いふらしたんじゃなくって……」

「お黙り!」


 ペシッペシッと粗忽と迂闊の額を扇子で叩く。


「どうせあなた達も面白がっていたんでしょう」

「「……」」


 図星かい!


 くっ、酷いわ酷いわ。私は小さな後輩がトラウマを抱えないように頑張ったのに。その仕打ちがこれなんてあんまりよ。麗子泣いちゃう。


「わかりました。体育祭への出場は取り止めます」

「「そんな!」」


 粗忽と迂闊が悲鳴を上げた。周囲を見ればお前らが余計なことを言ったせいだと非難の視線で針のむしろ状態。この後、二人はクラス全員から吊し上げを食らうだろう。


「ちょうど菊花会クリザンテームの方から仕事を頼まれておりましたし、今年から裏方に回ることにしますわ」


 お忘れかもしれないが、菊花会はいわば生徒会。学園の催事を取り仕切る義務がある。大きな権力には大きな責任が伴うのよ。


 まさにノブレス・オブリージュ。


 一年生から三年生までは簡単な仕事だったけど、四年生からはお姉様方を見習って私もちゃんと雑用しないとね。


「ですが、清涼院さんが出場しないと我がクラスは負けてしまいます!」

「そうですよ。清涼院さんは勝ちたくないんですか?」


 男子どもが騒ぎ出すが、そんなの知ったことか。変な評判を立てられてる私の身にもなりやがれ。


「もちろん私も負けるのは嫌です。いいえ、我がクラスが常に勝利しなければいけませんわ」

「おお、それではやはり!」

「大魔神がご出馬か!」


 粗忽そこつがぬか喜びし、迂闊うかつが失言を漏らす。キッと睨めばアワワと口を押さえたが、もう遅いわ!


 クラス全員からタコ殴りされ土下座する粗忽と迂闊を私は睥睨へいげいする。


「私に出場する意思はありませんわ」


 途端、クラスの男子から「ええーっ!」とブーイングが上がった。


「シャーラップ!」


 バシンッと扇子で手の平を叩けば一瞬にして教室が静まり返る。


 これ、この間お兄様から修学旅行のお土産として貰った高級品。さすがお兄様、良いセンスをされておりますわぁ。きっと、今日この日のためにあつらえてくださったのですね。


「ですが当然この清涼院麗子が所属する陣営に敗北の二の字は許されませんわ」

「そんなこと言われても清涼院さん抜きで滝川早見に勝つなんて不可能です」


 粗忽と迂闊がすがるように懇願してきた。


「あなた達だけでなんとかなさいませ」

「無理です。あの二人は同じ人間ではないんですよ」

「そうですそうです、あれは人の皮を被った魔王と魔神なんです」


 滝川と早見もえらい言われようやな。

 しかしコイツらもなっさけないなー。


「何もあの二人に真っ向勝負を仕掛ける必要はないのではありませんの?」

「真っ向勝負をしない?」

「それはつまり一服盛ると?」

「おバカ!」


 ペシッペシッと連続で粗忽と迂闊の頭を扇子で叩く。


 あら、良い音しますわね。さすが京都の一級品。癖になりそうですわ。


「誰が卑劣な真似をしろと言いましたか」

「だって清涼院さんだし」

「僕達にできない事を平然とやってのけるかなと」


 粗忽と迂闊が顔を見合わせてなぁって。てめぇらなぁ!


「まったく粗忽君と迂闊君には呆れてものも言えませんわ」

「あのぉ僕は十河そごう……いえ、何でもありません」

「ぼ、僕も迂闊で良いです」


 これより彼らはクラスメートから粗忽君、迂闊君と呼ばれるようになる。しかし、これは決して虐めではない。なぜなら我がクラスには上も下もなく全員が平等だからだ。ゆえに我がクラスには虐めは存在しない。


 あえて言おう。清涼院麗子の前にはみな等しくカスであると!


「ですが、毒でも盛らねばあの二人に勝てる気がしません」

「総合力で勝れば良いではありませんか」

「その心は?」

「別にあの二人が全ての種目に出るわけではないでしょう」


 体育祭は個人競技ではないのだ。一人一人は弱くとも一致団結すれば勝機は十分にある。


「粗忽! 迂闊! あなた達に命じます」


 私はビシッと二人に扇子を突きつける。


「体育祭までに敵戦力を分析し対策を練ってクラス全員を鍛え上げなさい」

「「僕ら二人でですか!?」」

「当然でしょう」


 私は粗忽の頬をペシッペシッと親骨で叩き、続けて迂闊の顎を扇子でクイッと持ち上げた。


 そして、にっこり笑って彼らに激励の言葉を贈る。


「まさか、私の連勝記録をストップさせるような真似はしないわよね?」


 負けたらどうなるか分かっているでしょうね、粗忽君と迂闊君?

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