『あり得ないくらい美味すぎるブタさんチョコクッキー』
それは私の可愛いクマさんが豚の厩舎にぶち込まれた忌まわしき思い出。
その裏で『あり得ないくらいドリルすぎるお幼女様』『養豚場のイングリッシュ縦巻きドリラー』などと不名誉な称号がSNSで流布されていた。もちろん称号を授与されたのは私だ。
これも全て滝川が悪い!
いつか仕返ししちゃる!
だが、当の滝川は悪びれもせずサロンに行くたびに「今日は豚クッキーを持って来てないのか?」などと
お前さん、ここんとこ妙に馴れ馴れしいぞ。
私達は敵同士だというのを忘れておらんか?
また変な噂を流されて、お母様と滝川ママが再び婚約させましょうって言い出したらどうするつもりだ。
こういう時は慌てず騒がず嵐が過ぎ去るのを待つように息を潜めておくに限る。
そんな私の涙ぐましい努力のおかげで不名誉な噂がやっと風化し始めた頃には季節も移ろい夏休みも終わっていた。
新学期が始まると学園で催される大きなイベントに向けての準備で
その催事とは――THE体育祭!
みんなからインドア派の深窓の令嬢と思われている私だが、こう見えて私は運動が得意だ。誰だ笑ったヤツは!
見た目カトラリーより重い物を持ったことのないような細腕だが、言ってはなんだが意外と身体能力は高い。なぬっ、みんな知っているだと!?
むぅ、私の個人情報がダダ漏れのようだ。清涼院家のセキュリティーレベルを上げる必要があるな。
さて、そんな私は毎年体育祭で目覚ましい活躍をしてきた。自慢ではないが我が陣営は三年連続で優勝している。
ふっふっふっ、圧倒的じゃないか、我が軍は。
この勝利の女神である清涼院麗子がいる限り、我が陣営の勝利は約束されている。
ところが、「一丸となって今年も我が軍が優勝よ!」と音頭を取ると、クラスの男子は盛り上がったのだが、楓ちゃんと椿ちゃんの顔色が悪くなった。
「どうかされましたの?」
「あの、麗子様……」
「その……いえ、なんでもございませんわ」
私が心配すると二人が悲壮感を漂わせ言葉を濁す。
「何か気がかりなことでもありますの?」
「椿さんが言ってよ」
「楓さん、それはあんまりですわ」
ホントに二人ともどうしたと言うのか?
二人はしばし互いに牽制し合っていたが、覚悟を決めたように頷いて私に悲壮な顔を向けた。
「そのぉ、非常に申し上げ難いのですが、今回の体育祭は……」
「あまり麗子様は張り切らない方がよろしいかと思いますのぉ」
何を言っているんだ二人とも。私が出場せずにどうやって滝川や早見のいる陣営に勝てると言うのか。
あの二人は君ジャスのヒーロー枠だけあって身体能力がバカ高い。現状は前世チートの私がお母様と共に宇喜田さんとトレーニング(お菓子作りのつまみ食いのせいで太ったので)しているから勝っているが、近い将来あの二人に追い抜かれるのは目に見えている。
そのうち勝てなくなるだろう。恐らく来年か再来年あたりが怪しい。勝てるうちに勝っておかねば。
いじめっ子のジャイ滝川とスネ早見め。今のうちに勝って勝って勝ちまくって、ぎったんぎったんのめっためたにしてやる。未来でイジメられるノビ麗子の恨みを思い知れ!
え?
やられるのは未来であって今はまだイジメられてないだろう?
お前の方が完全に大人げないいじめっ子じゃないかですって?
知るかそんなの。
先手必勝!
子供のうちに『清涼院麗子には勝てない』とヤツらの潜在意識に刷り込んでおくのよ。しからば、将来の断罪も回避できるやもしれぬ。
ふっふっふ、見てろ滝川早見、今年もキサマらをボロ雑巾にしてくれる。
というわけで、私は今回の体育祭でも大暴れしてやるつもり満々なわけ。
「麗子様の実力は全校生徒にもう十分伝わっています」
「そうですわ。これ以上麗子様が頑張る必要などございません」
そうかそうか。我が清涼院麗子の名は既に天下に知れ渡っておるか。
「少しは下の者に花を持たせるのも上に立つ者の責務ですわ」
「椿さんの言う通りです。今年のエントリーはダンスだけにしませんか?」
「まあ、お二人がそこまで仰るのでしたら……」
うむ、確かに昨年は成長著しい滝川陣営にあと一歩のところまで迫られた。ここは勝ち逃げするのも良いかもしれんな。
ここは地道にいこう……
「何を言ってるんですか!」
「そうです。清涼院さんが出場しなければ我が軍は敗北します!」
と思ったら、クラスの男子達から待ったがかかった。
「清涼院さん、勝たなきゃダメなんだ!」
「勝とうとせず逃げようとする事がそもそも論外です!」
むっ、男子の言うことにも一理あるな。
勝たなきゃ滝川の養分。それはマンガも現実も変わらない。やはりここは、倍プッシュでより多くの種目に出場するか?
「このスカポンタンども!」
「麗子様にばかり負担をかけるんじゃありませんわ!」
だが、楓ちゃんと椿ちゃんの反論にそうよそうよとクラスの女子が一斉蜂起。
「我々が勝つには清涼院さんの力が必要だ!」
「滝川、早見陣営は昨年より力をつけているんだぞ!」
「この体育祭、圧倒的不利!」
負けじと男子達もヒートアップ。
「それは男子達が情け無いからでしょう!」
「もっとご自分達を鍛え直しなさいませ!」
あゝ、ケンカをヤメテ〜、楓ちゃんと椿ちゃんを止めて〜、私のために争わないで〜。
「無茶言うな。あっちは魔王滝川だぞ!」
「あんな化け物にどう勝てって言うんだ!」
「早見の陣営だって軍師早見の調教でクラス全体が底上げされてるんだぞ!」
まあ、男子の気持ちも分かる。あの二人は君ジャスのヒーローだもんね。モブの君達では太刀打ちできまい。
やっぱり、大鳳の女王たる私自ら……
「麗子様は
「これ以上、麗子様にあらぬ噂を立てさせないわ!」
あらぬ噂? なになに? 何か不穏なワードが?
「だが、目には目を
ん? 化け物? 誰が?
「そうだ、魔王や軍師に対抗できるのはドリル大魔神のみ」
「今年もコロネの悪夢を再び!」
「「あっ、バカ!」」
楓ちゃんと椿ちゃんの叱責に、ハッと今しがた失言した二人の男子達が口を閉じて大人しくなった。けど……
ん〜? ドリル大魔神? コロネの悪夢?
「いったい何のお話ですの?」
私がにっこり笑うと生徒全員がさささっと距離を取り、その二人の男子は教室の中央で孤立無援状態となる。
見捨てられた二人はブンブン首を横に振って真っ青だ。
「あっ、いや、これは違うんです」
「決して清涼院さんのことでは……」
コツコツコツと足音を立ててゆっくり近づくと、二人はガタガタブルブルと震える。
「あら、何が違うのかしら?」
ふっと笑って私はジャケットの内ポケットから伝家の宝刀をスッと抜き出した。