チクショー、早見のヤツゥ!
せっかく浮かれ拍子でホクホクだったのに、テメェのせいで一気に奈落の底へ落とされた気分だわ。
だけど、
「穂浪様、売上金をお持ち致しましたわ」
バザーが終わり寄付金を持って行った時のこと。
「凄く売れたみたいねぇ」
穂浪様は恰幅の良いおおらかな有閑マダム。いつもニコニコ朗らかな笑顔を絶やさぬ方だ。なんと言うか、おっとりした空気を醸し出し、周囲の雰囲気を柔らかくしてくれる。
お母様も似たところがあるけど、穂浪様はそれ以上だ。そんなところが皆に好かれて、お母様や滝川ママ達が手助けをしようとするのかもしれない。
「とても評判になっていたわよ」
「いえ、そんなことは……」
ありありですけどぉ。ドヤぁ!
「おばさんも麗子ちゃんの手作りスイーツを食べてみたいわぁ」
「今日は全て売り切ってしまいましたので、次回は取り置きしておきます」
「ふふ、楽しみにしているわね」
穂浪様は茶目っ気たっぷりに笑われたけれど、売上金の入った簡易金庫と頼まれていた今回の台帳を手渡すと目を丸くされた。
「本当に凄い金額ねぇ」
まあ、腹黒眼鏡にデッカい借金作っちまったけどな。
「あら、麗子ちゃん、もしかして経費分を差し引いていないんじゃないの?」
「えっ、ええ、全て寄付しようかと思いまして」
清涼院家からすれば今回の経費など大した金額ではない。誤差の範囲どころか無いも同じなのだ。
それに経費分を回収しても私には返却する術がない。だって、全て私のカード決済だからね。まさか銀行のカードでもあるまいし、キャッシュカードに振り込みなんて機能はない。
それなら全部寄付してしまえば良いと考えたのだ。別に儲けようと思ってもないしね。きっと、お母様もそのつもりだろう。
「それはダメよ」
だけど穂浪様は受け取れないと突っぱねられた。
「チャリティーは慈愛の心で貧しい人達の手助けをするもの。でもね、だからこそ金銭的な面はしっかりしておく必要があるのよ」
「そうなんですの?」
うーん、よく分からん。
「ええ、募金など用途が分かりにくいものは詐欺も横行してしまうでしょう?」
「そうですわね」
「それが常態化したら誰も募金をしなくなってしまうわ」
まあ、街頭募金なんてホントに題目通りに使われてるか分からんから私は絶対しないものね。
「それに、無闇に施しだけしていては援助を受ける側も支援が当たり前と思うようになってしまう。それは自立する精神を奪うことよ。そうなれば際限無く援助をしないといけなくなるでしょう?」
「だから、お金を集めるのは容易ではないと示す必要があると?」
いかに清涼院家が超お金持ちでも全ての貧しい人を援助するのは不可能だ。
「そうそう、それに支援者側まで共倒れになるようでは意味がないもの」
うーん、やっぱめんどくせー。もともと支援とは国がすべきだし、その為の納税だと思うんだけどなぁ。
まあ、穂浪様が立派で高尚なお気持ちでチャリティーをしていることだけは理解した。共感はできんけど。
それなら、このお金は休日に付き合わせてしまった飯田さんや宇喜田さんの臨時給金とすればいいか。
「麗子お嬢様、私どもはきちんと手当を頂いておりますよ?」
「奥様はそういうところきちんとされてんで」
あら、そうなの?
んー、それじゃこのお金どーしよー、って、そうか!
「穂浪様、私とても感銘を受けましたわ!」
「ああ、麗子ちゃんもわかってくれたのね」
「はい、まさに目から鱗でしたわ」
「これで麗子ちゃんも立派なフィランソロピストよ」
フィランなんちゃら……って何じゃ?
まあ、いいや。問題はそこじゃない。
「そんな、私なんてまだまだですわ」
「そんなことはないわ」
「いいえ、もっと精進せねばいけませんわ。だから、これからも穂浪様の薫陶を胸に、バザーに参加させていただきとうございます」
「ありがとう麗子ちゃん。こちらからもお願いするわ」
うっ、そんなキラキラした曇りなき眼を向けられると罪悪感が。いやいや、これは恵まれない子供を救う為の善行よ。
その子供とはもちろん私だ!
穂浪様から渡されたお金を手に私はほくそ笑む。材料は全て高級素材。子供からすればバカにできない大金だ。
カードで材料を買い、バザーで商品を売り、寄付金は上納するが材料費は私の手元に。カードの履歴は残っているが、お父様もお母様もそれが返還されるとは夢にも思っていないはず。
穂浪様は寄付金を得て、お母様は面倒なバザーを娘に代行させる。その労働力の対価に私は材料費分を懐に。これぞ誰も損をしないカード決済を現金に返還する方法。
ふっふっふ、ついに手に入れたぞ、完璧なマネーロンダリングを!
いやぁ、ホント善行は積むべきものだ。
チャリティーバザー万歳!
恵まれぬ子供に愛の手を!
だが、思わぬ収入源を得てホクホクの私はまだ何も理解していなかった。
人間万事塞翁が馬。
てっぺんまで登ったら、次はドン底に落ちる番なのだと。
この日の夜、SNSを賑わせた話題は『あり得ないくらい美味すぎるブタさんチョコクッキー』だった。
豚じゃねぇ、クマさんだ!
だが、私の悲痛な心の叫びも虚しく、この話題は私のイングリッシュお嬢様コーデと共にネットに拡散されてしまった。誰だ、勝手に私の写真を流したのは!
おかげで学園でも養豚場の女として認知されてしまったではないか。
くッ、なんたる屈辱!
しかし、下手に騒げばかえって被害が拡大するのは目に見えている。ここは噂が沈静化するまで大人しくしておこう。
私はなるべく人目につかぬようサロンに入り浸ることにした。あそこは
しかし、カチャリと扉を開けてサロンに入室すると、腕を組み仏頂面で待ち構えていたのは私の宿敵。
「清涼院、今日はブタクッキーはないのか?」
「滝川様、あれはクマさんです!」
これも全てテメーのせいだ、滝川!!!