「なっ!?」
クワッと目を見開き驚愕する滝川。
何事かとどよめくオーディエンス。
「完璧だ……」
「おお!!!」
滝川が呆然としながらポツリと呟き、観衆が笑顔で拍手喝采を送る。なんなんだこの盛り上がりは?
「軽やかでいてサックリ、それでいて濃厚な味わい。だが、雪のように口の中で儚く消える。本場フランスで食べたものには及ばんが、本職でない者がこれほどのマカロンを焼くとは……」
ちっ、さすがに本場には勝てんかったか。
「清涼院!」
「なんですの!?」
突如、滝川に両肩を掴まれ迫られた。おいおい、いくら私がどんな男も獣に変える超絶美少女だからって襲いかかってくんなよ。
「どうやってこのマカロンを作った!?」
「どうやっても何も、手順を踏んで普通にオーブンで焼いただけですわよ?」
私は特別なことはしていないぞ?
スイーツ作りは基本が大切だもの。もちろん、新しいものや、より美味しくするために創意工夫は日々研究してるけど、全ては基本があってのこと。
「俺が聞いているのは高温多湿な日本の夏で、どうしてこんな美味いマカロンを焼けるのかということだ」
ああ、なるほど。マカロンは湿度管理が重要なスイーツ。これを
「我が清涼院家には、最新冷暖房完備で温度湿度を徹底管理した厨房があるのですわ」
「な……ん……だと?」
料理の中には室温湿度が重要なものも少なくありません。ゆえに清涼院家の厨房は春夏秋冬、一年中を通して温度も湿度も一定に保っています。
「清涼院家は食にうるさいとは聞いていたが、一家庭のキッチンにそこまでやるのか」
おまえ程じゃねぇよ。
「ふっ、やるな清涼院」
「それはどうも?」
なぜか清々しい笑顔の滝川和也。
「今日は俺の完敗だ」
「は、はあ?」
滝川突然の敗北宣言。
これ勝負だったんか?
パチパチ!
パチパチ!
周囲のギャラリーからも拍手喝采。どうやら私はいつの間にかグルメ対決をしていたらしい。
「だが清涼院よ、一つだけ解せんことがある」
「はい?」
「なぜだ清涼院」
笑顔から一転。ずいっと顔を近づけ滝川が真剣な眼差しを向けてきた。イヤン。
「なぜ豚なんだ、清涼院!」
ムカッ、誰が豚じゃい!
「どれも美味かった。しかも、こっちのケーキはデザインセンスも抜群だ。タルトなんて芸術の域に達している」
スマン、それらは飯田さんがデコしたヤツだ。
「だが、この中でダントツで美味かったのはこいつだ!」
ズバビシッと滝川がショーケースを指差す。
それは私の会心作クマさんクッキーチョコレートコーティングバージョン。
毎年バレンタインのたびに、お兄様への愛を込めて改良に改良を重ねた自信作よ。これには私の愛情と執念(必ずクマと言わせる)と怨念(どこがブタじゃ!)を全て注ぎ込んである。
グータラ社員の山岡やツンデレ帝王海原でさえ唸らせること間違いなしの一品。もはや究極で至高のクッキーだ。そんじょそこらの店ではこの味を再現できまい。
「このクッキーが何か?」
「何かじゃない! どうして豚なんだ、清涼院!」
おい! 私のお兄様への愛を豚呼ばわりすんじゃねぇ。
「味だけはどこの高級店より勝ってやがる。凄まじクオリティのクッキーだ。はっきり言って天下を取れる最高品だ。それがブタだと。ふざけてんのか!」
ふざけてんのはテメェの目だ。これはクマだ!
キサマは曇りなき
「失礼でしてよ、滝川様。こんな可愛いクマさんを豚だなんて」
「へっ? 熊……だと? これが?」
滝川はもう一度クマさんチョコクッキーをマジマジ観察してから早見に顔を向けた。
「豚だよな、これ?」
「ははは、僕は清涼院さんのセンスはとても個性的で素敵だと思うよ」
早見は同意を避けたが、それって暗に豚だって言ってるよな!
「ふんっ、二人とも本当に失礼しちゃいますわ」
「だけど、これやっぱり豚……」
ムカムカッ!
まだ言うか!
「和也もそれくらいにしとこうよ。店の前でこれ以上騒ぐと邪魔になるし」
「邪魔って言ったって、こんな閑古鳥が鳴いているような店で……って、えっ!?」
後ろを振り返った滝川がギョッとした。先ほどの観衆が列を成して並んでいたのだ。正直、これには私もビックリ。
どうやら滝川の食レポが客寄せになったようだ。かなり盛り上がってたもんなぁ。
ふわぁ、スイーツが売れる売れる飛ぶように売れる。いやぁ、良かった良かった。一時はどうなるかと思ったけど、おかげをもちまして完売いたしました。
わーい、商売繁盛で笹持ってこーい!
「どうやら全部売り切ったようだね」
ドキッ!
いつの間にか早見が私の背後に立っていた。脅かすんじゃねぇよ。
「え、ええ、おかげさまで大繁盛でしたわ」
「ふふ、ささやかながらテコ入れした甲斐があったよ」
ちっ、分かってたけど、やっぱり早見のお膳立てか。こいつ滝川を上手く転がして客寄せパンダにしやがったな。
「ありがとうございます。本当に助かりましたわ」
業腹だがこいつの援護で坊主の危機を脱したのは事実。誠心誠意、笑顔で感謝してやるか。スマイルは0円だからね……って、急に早見が真っ黒い微笑みを浮かべやがった。
「これは一つ貸しにしておくね」
タダじゃないんかーい!
菓子だけに貸しってか!
こっちの意向も聞かずに勝手にやった押し売りじゃねぇかよ。助かったけどさぁ。
チクショー! 腹黒相手にデカい負債を抱えちまったぜ。